カテゴリー「武漢コロナ」の45件の記事

2021年4月 8日 (木)

コロナ禍で期限1ヶ月遅れの所得税確定申告を完了した。オイラに関係の二人の脚本家の死

所得税確定申告を完了しました。

コロナ禍で、1ヶ月提出期限が伸びた今年の確定申告、昨日午前に税務署に行き、提出し納税もしてきました。毎年「excel確定申告」をダウンロードして、シェアーソフトなので、ライセンスキーをネット購入して、前年度のデーターの中で毎年変わらない項目は転移させ、項目の一部はコピーで、本年度分のデーターを入力です。不動産所得用、農業所得用はこれがあるので、少なくても1日分は助かります。農業所得は当然赤字です。特に昨年は防除用のエンジンをとうとう買い替えました。ヤフオクで中古品ですが、元気に稼働します。また防獣用の様々な用具も購入し、例年よりさらに赤字が膨らみました。それにより、所得計算での控除額が増へ、全体として節税の働きをします。ソフトの入力、プリントアウト編集・提出などで、今年も通算4日程掛かりました。次は法人確定申告が待っていますが、こちらはより簡単です。毎年赤字ですから。eタックスでネットアプリで作成と送信が出来るのですが、前年度のデーターをどの程度利用できるのか解らないことと、毎年すでに慣れているので、新しいやり方に慣れるのに面倒くさい。また、税務署に出向くというアナログを大事したいという思いもあります。税務署内の雰囲気を体で感じることも良いものです。

有名脚本家二人の死

橋田壽賀子が本年4月4日午前9時ごろ、自宅で逝去した、95歳で。合掌!

彼女は熱海市民ならほとんど馴染みがある。オイラと彼女は会ったことはないが、思い出がある。1986年ごろだったか、ウチの地区の隣に上多賀という地区があり、そこに山の上半分を宅地造成された熱海自然郷という別荘地がある。そこに建築開始の建物があり、市内の建築業者で懇意にしている現場監督が、「先生は、確か北米のツーバイフォー工法に詳しいですよね。知り合いの業者が自然郷で現場をやっていて、それがその工法なのだが、現場を案内しますので、アドバイスしてください」と。それが後から聞いたら、橋田壽賀子の自宅だった。・・・・・・・

 

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2021年3月21日 (日)

柑橘栽培 父の命日 LINE問題

柑橘栽培

今日は一日中雨降りです。柑橘園での作業は、午後3時間前後ですが、9日間連続で続けた柑橘の枝葉の間引き剪定が、昨日やっと終わりました。柑橘栽培というと、一般には収穫作業の場面を思い浮かべるでしょうが、この間引き剪定が一番手間を喰う作業です。1本の成年木には作業に30分以上掛かり、切り落とした枝の処理にも時間が掛かります。ほとんど半割ドラム缶で焼却しますが。

裾成りといって低い位置に長く伸びた太枝の撤去と切り口を雑菌から守るトップジンなどの塗り殺菌剤処理。枝葉が混み合っている処の間引き、樹形の中心の方に伸びている枝葉の切断、すぐ近く平行に走っている枝のどちらかの撤去、曲がりくねったひねくれた枝葉の撤去。先々他の枝葉の邪魔になりそうな枝の撤去、そして前期夏・秋に急速に成長した夏秋梢(かしゅうしょう)の枝元撤去。5月に花が咲き、実が成るのですが、春梢(春枝)に成るのです。夏秋梢には実は成りませんが、ぐんぐん伸びて他の重要な枝葉に日陰をつくります。また風通しも悪くします。この後、春肥撒き、除草剤噴霧、マシン油防除、かいよう病防除、4月の防除が続きます。

父の命日

今日21日が、19回目の父の命日です。18日に墓掃除と墓参り、菩提寺への付け届けを済ませました。・・・・・

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2021年3月12日 (金)

柑橘栽培カネのためならやっていられない。 1ミリシーベルトの呪縛

柑橘栽培

今日の午前中、ネーブルのJAへの出荷をしてきました。これも亡き父が、約35年頃前に4本の苗木を植えたものです。正確には、森田ネーブルオレンジです。父親は嫁と孫達に食べさせたいとバラエティーを増やしました。隔年結果で、1本が表年、3本が裏年で、昨年より収穫量は減りました。収穫しても約3割は、枝擦れ、病害跡、形崩れもあり、出荷したのは約50キロです。JAから来る、これの代金は労務者の1日分の賃金にも満たいでしょう。まぁ、亡き祖父・父への供養と運動と趣味でやっていますので、カネのことは考えないことにしています。カネのことを考えたら、バカらしくてやっていられません。柑橘全てで、経費を引いたら赤字すれすれなのです。自分の人件費などありません。

ウチの規模の5倍の柑橘栽培をしたとしても、経費を引いたら日本のサラリーマンの平均年収の半分ぐらいでしょう。ですから続けられる人は、年金収入や不動産収入など不労所得のある人しか出来ません。若い現役の人は、とてもそんな時間は取れない。だから農業従事者は高齢者ばかりというのは当たり前なのです。面白い話しですが、JA(農業共同組合)の正組合員は年間60日以上3000㎡以上の農地で、農業に従事すると書かれています。経費込での人件費だと、2万円/日で計算して、60☓2で120万円/年の売上。実態は12~24万円/年が現実です。アホらしい。

林業も輸入材木に押され、採算的に手入れさえ出来ない状態です。平地の少ない地方の農業は、どんどん縮小していき、将来の可能性を考えれば、南側斜面に太陽光パネルを敷きつめ、太陽光発電に移行していくのは、自然の流れかもしれません。不動産バブルの頃は、山を削り道路を造り、別荘住宅街の開発も多くありましたが、当分あの頃のブームは起きないでしょう。さらに人口が減るなかです。そもそも別荘というのも、その必要性はなくなりました。掃除をしに行くような別荘という負債資産を抱えるより、自由に国内・海外に行ったほうが良い時代です。柑橘栽培はオイラで終わりと考えています。しかし、柑橘類の木枝と果実と、毎回戯れることは、自分の人生を豊かにしてくれます。

東日本大震災から10年 1ミリシーベルトの呪縛

昨日午後、ウチの柑橘園で柑橘の木の枝の剪定をしていましたら、午後2時過ぎにサイレンが鳴り響きました。ちょうどあの東日本大震が起こった時の慰霊のサイレンだったのでしょう。・・・・・・・・・

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2021年3月 8日 (月)

紅甘夏収穫の開始 ポストコロナ禍

柑橘栽培紅甘夏の収穫

昨日は紅甘夏の収穫を午後から3時間掛けて行いました。約5コンテナーで100キロ程度。亡き父親が約35年頃前に植えた木で、毎年たわわに紅甘夏の実を成らせます。この木は、2019年10月の台風19号で強風に煽られ、斜め横倒しとなっているのを、台風後発見し、仲間のケン坊の助けを借りて復旧させました。以後順調に回復して、今季も沢山の実を付けました。4月・5月まで成らせておける(木成り)のですが、その間に大風が吹くと、揺れて枝擦れが実の表面に付いたり、ポロっと落ちてしまったり、害虫の被害が出たりで、ちょうどこの頃収穫をします。そして予措をしてその後貯蔵庫に貯蔵保管をしておきます。この間に熟成が増します。以下は、この木が倒れ、復旧させた時(後半)の記事です。

台風19号の爪あとが、半端ではなかった。オイラの柑橘園でも起こっていた。

まだこの木に半分ぐらい実が残っているのですが、本日雨降りだとは気が付かず、現場に収穫したのをコンテナーに入れたままにして引き上げました。害獣が食べに来ないか心配なのですが、昨年1年掛けてボツボツでしたが、害獣防止の柵砦も完了して、「アリの一穴」でもない限り大丈夫なはずと思っていたら、昨日この木の近くで、なんと鹿らしい糞を2ヶ所見つけました。まだ新しい糞です。近くを点検すると、柵にしているトタンの合わせ目が少し開いている。子鹿だったら、なんとかすり抜けることが可能だ。そこで早速針金で補強しました。他にもありそうなので、改めて総点検をしなくてはならない。イノシシは太枝まで折り、鹿は低い枝の若芽若葉を食い尽くす。これをやられると、数年その枝の葉は新葉再起が出来ません。紅甘夏はこの木以外、若木1本と接ぎ木1本があります。・・・・・・・・・

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2021年2月28日 (日)

2月朝ナマ レジ袋の有料化について やっと孫と対面することができました。

2月朝ナマ の自動録画を再生して観たのだが、相変わらずの田原総一朗。ますますボケが悪化してきたのか、今や精神分裂のような気配だ。せっかくパネラーが良いことを言っているのに、言をかぶせ、話題を変え流れを変えるは、自分が何とか首相にこう言ってやったと手柄自慢を次々言い募る。オイラも怖いもの見たさで、自動録画を解除していないのだが。もはやまともな番組ではない。テレ朝よ、なんで田原を降板させないの?出来ないの?それとも、田原を用心棒として温存しているのか?番組を観ていてあまりの無茶苦茶ぶりに、テレビを蹴っ飛ばしたくなったが、やめといた。このキチガイをテレビの討論の司会者・進行にいつまでしておくのか。またこの番組に出演して、スケベ根性で知名度が上がるからとのパネラー達。こんな番組で知名度をあげようというパネラー達のスケベさにあきれてしまう。もし勇気があるのなら、番組中に田原の進行に強烈な批判を加えるべきだろうが。いままで一切ない。これをしたら、別の番組からもお呼びが掛からなくなるからね。

レジ袋の有料化

昨年2020年7月1日から始まったレジ袋有料化。これ欧州で始まった海洋への流出で問題化し、カメさんが、海鳥さん、おさかなさんがこれを食べて死んじゃうよ!、マイクロ・プラスチック・チップスがさかなに影響を及ぼし、これが人間にも影響を及ぼすと。国際的「出羽守」で、ドイツでは・・、おフランスでは・・・・英国では・・・・が世論形成で世界的な風潮のもとに、日本も遅くなりましたが、合わせますと。あの環境大臣小泉進次郎が音頭を取ってなのだが(初仕事?)。その結果スーパー、ドラックストアーで会計の時、「袋は付けますか?」と聞かれ、「付けて下さい」で、1枚3円または5円が加金される。現金支払の場合、この1円玉、5円玉がお釣りで入ってきて、実に煩わしい。カード決済の普及推進には役立つのかもしれないが。

我が家では、料理の生残材はこのレジ袋に小分け入れして、ゴミ大袋に集め一括処理をしている。また収穫した柑橘類を小分けして人にあげるのにも重宝なのだ。熱海市では数十年前にゴミ処理工場で、レジ袋を一緒に入れてOKなような処理工場施設にしてある。そこの職員に聞くと、生ゴミは燃えにくいので、重油をぶっ掛けて燃やすそうで、そこへレジ袋自体が可燃性なので、返って助かるそうだ。柑橘園の倉庫には、今までレジ袋をカミさんがとっておき、それをまとめて予備用に置いてあった。この頃はカミさんマイバックで買い物をするので、そのレジ袋が極端に減った。どうしようかと思ったら、そこは捨てる神、拾う神で、なんとレジ袋と同じものが、ドラックストアーに売っていた。M・L・LLサイズ、1袋100枚の単位で200余円、300余円、500余円だ。こりゃ重宝だと、これを買って利用している。また買い物の時もこれをポケットに入れ、レジ決済が終わったら、ポケットからレジ袋を取り出し、これに入れて帰宅する。用の済んだレジ袋は以前より逆に多くなった。なにか「サルにどんぐりの朝三暮四」のような政策のような印象だよ。シンガポールでは屋外でのゴミのポイ捨ては、見つかれば罰金を徹底してる。日本では法的に難しい。・・・・・・・

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2021年2月15日 (月)

森会長辞任にまつわるジェンダーフリーの大合唱の日本のマスゴミ。自分の雇い主の会社にはなぜか口を噤む差別

今日は午前中大雨で、昼過ぎからは止み太陽が出てきました。ウチの地域では、今年になって、初めての大雨でした。雨量計では71ミリありました。一日をほとんど、ネットのサイトでの読書とネットビデオです。まったく便利な世界となりました。今や紙の本の読書というのは億劫になり、モニタ画面での読書専門です。もはや、数十年ネットサイトでの読書、ここ十年はyoutubeでの動画視聴です。とにかく日増しに、コンテンツが天文学的に増え、過去検索で出てこなかった事項がバンバン出てきます。youtubeも同様です。PCの前に座って、一日中飽きなく楽しめます。アナログ読書と言えば、毎月宅配される月刊WILLだけ。いまやこれも半分ぐらいしか読破しません。

今日もTVのワイドショーでは未だに森会長辞任に関して、差別発言だとまだやっていました。さらに後任は誰にしたほうが良いかと候補者を並べていました。ほとんどがアスリートばかり。オリンピック出場で良い成績を上げれば、その後はコーチ職、なんとかスポーツ委員会の委員職や理事職が待っています。出世街道です。そこには、様々蠢く我欲の世界です。オリンピックを「平和の祭典」と美辞麗句で謳い上げますが、ヒットラーのドイツ・ベルリン大会は戦争への国威発揚に使われました。ソ連でのモスクワ大会では、アフガン侵攻の正当性をとのプロパガンダに使われ、日本も含めてボイコット運動も起こりました。アスリートの我欲、開催地の我欲、開催国の我欲です。そこに参加スポンサーの我欲、放映参加企業の我欲、インフラ企業の我欲、参加ボランティアの我欲、更にIOC欧州のオリンピック貴族の我欲。まぁ、様々な我欲が蠢く世界の中で行われるということを、少しは頭に隅に置いて、発言すべきと思います。その点に於いて、森 喜朗(もり よしろう、1937年〈昭和12年〉7月14日 - )は、そのドロドロとした世界で、7年に渡って、何とか成功へと引っ張って来た。最後の仕上げの時期にこのコロナ禍でドロドロになってしまったのが今回の顛末だろう。・・・・・・・・

 

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2021年2月 2日 (火)

1年経って、やっとWHOによる中共武漢でのコロナ発生源の調査が始まった。それも中共に邪魔されながら。まぁ、やったふりになるだろう。

ウチら地域は、今日真夜中激しい雨が降りました。冬の嵐のように。午前5時半ごろ目覚めた時はすっかり上がり、やがて眩しい太陽が。コロナ禍も、ワクチンが世界でだんだん普及しているという朗報に、トンネルの出口の光が見えてきました。日本での感染者も現在は少しづつ山から下り坂のような、3月後半には65歳以上のワクチン接種が始まる予定と。しかしなんだかんだで一波乱、二波乱は起きるだろう。

ようやくWHOのコロナ発生源の調査が始まったと。まぁやっと中共がそのための入国を許したそうだ。発生後すぐ閉鎖された海鮮市場、武漢に出来たコロナ克服記念館など訪れているシーンがTVで披露されていたが。しかし、中共は以前からコロナに関するSNSやHP・個人メール・論文まで徹底的に削除していると。次に発生源と言われている武漢ウィルス研究所・P4ラボ(研究所)の調査を行うとかの報道。交通事故はすぐその場で警察が調査するから正確に結果がでるが、1年もたって調査したって何の意味もない。こんなことは世界中の良識のある人なら常識だろうが。このブログでも半年前に連載でこのP4研究所が怪しいと記事にした。NHKスペシャルでやっていたのだが、雲南省に「死の山」と言われている山があって、大昔から村人がその山の洞窟に入ると何故か病に襲われ死んでしまうと。やがてそこに生息しているキクガシラコウモリではないかと調査団の見解だった。なぜかそのコウモリ自身は感染しない。これには特別な抗体があるのではないだろうか?サーズウィルスが流行したとき、中国調査団はそのコウモリを捕まえ、なんとかその抗体を解明しようと、ウィルス研究所に持ってきて、このコロナウィルスの研究をしていた。それには米国、フランスからの多額の資金提供もされたと。その後、米国、フランスの研究者が武漢にあるウィルス研究所を視察したのが、このままではウィルスが外に漏れる恐れがあると忠告した経緯があったそうだ。・・・・・・・・

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2021年1月14日 (木)

コロナ禍の毎日。シンガポールに赴任滞在していた娘家族が帰ってくる。NZからコロナ情報が届きました。

コロナ禍の毎日

オイラと同様の団塊世代の人たち、コロナ禍の中、毎日どうのような生活をしているのだろうか。オイラは少々の年金と不動産賃貸収入、リモートワークでの建築設計アドバイス、柑橘栽培での少々の収入(純利益は4人の孫へのお小遣い合計と冠婚葬祭費程度)で生きています。昔の現役のころのように外出打ち合わせも皆無となり、様々な会合・親睦会もなくなり、さらに今は自粛、外出といえば近所の店舗に行くだけの生活です。まぁ、カミさんとは毎日濃厚接触をしていますが。

それでもPCという、まこと便利な世界を享受してインターネットの世界で楽しんでいます。インターネットの世界はまさに無限です。この世界には30年近く楽しまさせてもらっています。同輩のなかでも、この世界にはまったく縁のないのが数多くいます。せいぜい読書かテレビを楽しむことぐらいかもしれません。いわゆるデジタルディバイド(情報弱者)といわれる人たちですが。町内の人たちと話しても、それらの人とは話が通じないことが多いです。この世界を満喫するのは、ある程度の諸費用が掛かりますし、なによりどうしてもの必要性がないと、面倒くさいで取っ掛かりがなかったのでしょう。

テレビですがライブで観ると、とにかくCMが煩わしい。特に最近は叫びまくるようなCMの演出が多すぎて、CMになると消音ボタンを押します。おバカそうなタレントがバカ踊りしながら、叫びまくっていて、せめて音声だけでも聞かなくてすむようにしています。またCMの数も増え過ぎているような。だからライブで観るときは忙しいのです。もちろん50に2つか3つは耐えられるようなCMもありますが。テレビ番組はレコーダーに自動録画設定をしておいて、就寝時に再生し、CM飛ばしで観ています。昨夜のBSフジのプライムニュースの真田・鈴置コンビの出演は楽しみました。1時間遅れの追っかけ録画の再生で。

昨日は退屈なので、同輩の町田のお喋り男のユタ坊と1時間ぐらい携帯でお喋りをしました。お互いお喋りなので、話は尽きません。彼とは高校時代の同級生なのですが、当時のお互いの環境を話し合い、改めて初めて聞くようなことが多かったです。彼、父親の起こしたレンズの会社(大成功)に属して、アフリカのケニヤや米国のペンシルベニア等にそれら仕事の関係で長期赴任をしていたので、話題は豊富です。ただ彼末っ子だったので、結局兄さん達のサポート役の人生だったと。末っ子の悲哀が一部伝わりました。まぁ彼はそれを楽天的にとらえていましたが。

そうそう、赴任といえば・・・・・・

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2021年1月10日 (日)

どんどん焼き?どんど焼き? ますます勢力を拡大の武漢コロナ

小正月の風習、「どんどん焼き」と「どんど焼き」とは

昨日、2つある玄関の正月お飾りも外しました。毎年正月には海岸でこれらお飾りなどを持ち寄り、「どんどん焼き」をするのですが、未だその詳細な知らせが来ません。どんどん焼きも中止になるのか?と思って海岸に行ったら、町内会の各組長が総出で「どんどん焼き」の準備をしていました。来週の日曜日にこれに火を付け「どんどん焼き」とします。それまでに正月のお飾りを各自ここに持って行ってくくり付けます。そして来週17日の日曜日の早朝に火を付け、団子を火で炙り、これら食しながら無病息災を祈ります。

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この風習はいつから始まったのか誰も知らないようです。調べて見ますと、市内では古くから「どんどん焼き」と言い伝えられていますが、全国的には「どんど焼き」が正解なようです。

どんど焼きの意味と歴史。名前の由来は?地域別の呼び名は?

どんど焼きという名前の由来については諸説あるのですが、「尊(とうと)や尊(とうと)」と囃しながら櫓で火を燃やしたのが、

後に訛って「どんど」に変わったという説と、どんどんと燃える様子から名付けられた説(どんどん焼き)の二つが有力な由来です。

どんど焼きの呼び方は地域によって違います。代表的なものを紹介しましょう。

東北や、四国や九州の西日本の幅広い地域では「どんど焼き」「とんど焼き」、主に京都や北陸、中部などでは「左義長」と呼ぶことが多いようです。

山形や神奈川では、「道祖土焼(さいとやき)」

長野では道祖神を統括した神主の名前から「三九郎(さんくろう)」と呼ばれています。

これらは、ほんの一例で、同じ県の中であっても名称が違うこともあります。

よくあるのですが、最初に、このような村の行事をやってみようというリーダー達がいて、つい用語を間違って広めてしまうことがよくあります。「どんど焼き」を「どんどん焼き」(たしかにどんどんと燃えるので説得力あり)で広めてしまう。祭りで縄に付ける半紙を稲妻形にしたもの「おしだ」をここの地域では「おしめ」と言っています。しめ飾りの「しめ」からそうなってしまったようです。調べてみますと、ここの地域以外でも「どんどん焼き」で通しているところもあるようです。しかしオリジンとしますと「どんど焼き」が正解なようです。なぜかといいますと「どんどん焼き」とは「水に溶いた小麦粉を主体とする日本の鉄板焼き料理である。」になってしまうからです。

衰えるどころか、ますます勢力拡大の武漢コロナ

NZのデンコさんに、コロナについてNZではどうなっているのかeメールをしました。まだ返事は来ないですが。先程朝食時に観たTVにNZの年越しの模様が出てきて、北島のオークランドでは、花火を打ち上げ、数万人が広場に集まりカウントダウンをしたとか。それも大半がマスクなしでワイワイ、ガヤガヤとか・・・・

 

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2021年1月 4日 (月)

新年おめでとうございます。元旦は年長孫とポンカン狩り、2日は正月BBQ このコロナ禍で怖いもの知らずに。

新年おめでとうございます。このブログに訪れてくださいまして、心より感謝致します。

昨年は2月から始まった武漢コロナの影響で、日本のみならず世界中がひっくり返った1年でした。いままで、調子の悪い時しか、体温を計ったことはなかったのですが、コロナの影響で自宅・事務所にいる時は、数時間おきに計ることが癖となりました。全てセーフですが。生活面で我が家でも娘3家族との往来も途絶え、ビデオ通話でしか、対面会話は出来ませんでした。ジージ、バーバは高齢なので、もしコロナを伝染させたら、大変なことになると。ジージ・バーバが死んじゃうよと。それでも市内にいる次女家族の決死隊として、年長孫が2ヶ月に1回ぐらい、連絡係で訪問したぐらいでした。彼も新幹線通学で目白とを往復していますので、コロナにはオニママの司令で十分気を付けているようです。元旦には弟の分を含めて、お年玉の回収に訪れました。午後天気が最高良かったので二人でイベントとして、柑橘園で2本のポンカンの若木を収穫しようと、協力しあって済ませました。彼今や高1なのですが、身長はオイラを超え、足のサイズも27。2011年、たった10年前に大井川鉄道の二人旅を1泊かけてしたのですが。

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後ろの2本の若木がポンカンの木です。彼、腕力も一人前になっていました。まったく月日は早く早く流れていますね。

正月2日には、蘇州のイサ坊と三島の馬敬礼トシ坊と3人で恒例の正月BBQを、このコロナ禍の中、決行しました。・・・・・・・

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