カテゴリー「柑橘栽培作業」の78件の記事

2021年3月21日 (日)

柑橘栽培 父の命日 LINE問題

柑橘栽培

今日は一日中雨降りです。柑橘園での作業は、午後3時間前後ですが、9日間連続で続けた柑橘の枝葉の間引き剪定が、昨日やっと終わりました。柑橘栽培というと、一般には収穫作業の場面を思い浮かべるでしょうが、この間引き剪定が一番手間を喰う作業です。1本の成年木には作業に30分以上掛かり、切り落とした枝の処理にも時間が掛かります。ほとんど半割ドラム缶で焼却しますが。

裾成りといって低い位置に長く伸びた太枝の撤去と切り口を雑菌から守るトップジンなどの塗り殺菌剤処理。枝葉が混み合っている処の間引き、樹形の中心の方に伸びている枝葉の切断、すぐ近く平行に走っている枝のどちらかの撤去、曲がりくねったひねくれた枝葉の撤去。先々他の枝葉の邪魔になりそうな枝の撤去、そして前期夏・秋に急速に成長した夏秋梢(かしゅうしょう)の枝元撤去。5月に花が咲き、実が成るのですが、春梢(春枝)に成るのです。夏秋梢には実は成りませんが、ぐんぐん伸びて他の重要な枝葉に日陰をつくります。また風通しも悪くします。この後、春肥撒き、除草剤噴霧、マシン油防除、かいよう病防除、4月の防除が続きます。

父の命日

今日21日が、19回目の父の命日です。18日に墓掃除と墓参り、菩提寺への付け届けを済ませました。・・・・・

続きを読む "柑橘栽培 父の命日 LINE問題"

| | コメント (0)

2021年3月12日 (金)

柑橘栽培カネのためならやっていられない。 1ミリシーベルトの呪縛

柑橘栽培

今日の午前中、ネーブルのJAへの出荷をしてきました。これも亡き父が、約35年頃前に4本の苗木を植えたものです。正確には、森田ネーブルオレンジです。父親は嫁と孫達に食べさせたいとバラエティーを増やしました。隔年結果で、1本が表年、3本が裏年で、昨年より収穫量は減りました。収穫しても約3割は、枝擦れ、病害跡、形崩れもあり、出荷したのは約50キロです。JAから来る、これの代金は労務者の1日分の賃金にも満たいでしょう。まぁ、亡き祖父・父への供養と運動と趣味でやっていますので、カネのことは考えないことにしています。カネのことを考えたら、バカらしくてやっていられません。柑橘全てで、経費を引いたら赤字すれすれなのです。自分の人件費などありません。

ウチの規模の5倍の柑橘栽培をしたとしても、経費を引いたら日本のサラリーマンの平均年収の半分ぐらいでしょう。ですから続けられる人は、年金収入や不動産収入など不労所得のある人しか出来ません。若い現役の人は、とてもそんな時間は取れない。だから農業従事者は高齢者ばかりというのは当たり前なのです。面白い話しですが、JA(農業共同組合)の正組合員は年間60日以上3000㎡以上の農地で、農業に従事すると書かれています。経費込での人件費だと、2万円/日で計算して、60☓2で120万円/年の売上。実態は12~24万円/年が現実です。アホらしい。

林業も輸入材木に押され、採算的に手入れさえ出来ない状態です。平地の少ない地方の農業は、どんどん縮小していき、将来の可能性を考えれば、南側斜面に太陽光パネルを敷きつめ、太陽光発電に移行していくのは、自然の流れかもしれません。不動産バブルの頃は、山を削り道路を造り、別荘住宅街の開発も多くありましたが、当分あの頃のブームは起きないでしょう。さらに人口が減るなかです。そもそも別荘というのも、その必要性はなくなりました。掃除をしに行くような別荘という負債資産を抱えるより、自由に国内・海外に行ったほうが良い時代です。柑橘栽培はオイラで終わりと考えています。しかし、柑橘類の木枝と果実と、毎回戯れることは、自分の人生を豊かにしてくれます。

東日本大震災から10年 1ミリシーベルトの呪縛

昨日午後、ウチの柑橘園で柑橘の木の枝の剪定をしていましたら、午後2時過ぎにサイレンが鳴り響きました。ちょうどあの東日本大震が起こった時の慰霊のサイレンだったのでしょう。・・・・・・・・・

続きを読む "柑橘栽培カネのためならやっていられない。 1ミリシーベルトの呪縛"

| | コメント (0)

2021年3月 8日 (月)

紅甘夏収穫の開始 ポストコロナ禍

柑橘栽培紅甘夏の収穫

昨日は紅甘夏の収穫を午後から3時間掛けて行いました。約5コンテナーで100キロ程度。亡き父親が約35年頃前に植えた木で、毎年たわわに紅甘夏の実を成らせます。この木は、2019年10月の台風19号で強風に煽られ、斜め横倒しとなっているのを、台風後発見し、仲間のケン坊の助けを借りて復旧させました。以後順調に回復して、今季も沢山の実を付けました。4月・5月まで成らせておける(木成り)のですが、その間に大風が吹くと、揺れて枝擦れが実の表面に付いたり、ポロっと落ちてしまったり、害虫の被害が出たりで、ちょうどこの頃収穫をします。そして予措をしてその後貯蔵庫に貯蔵保管をしておきます。この間に熟成が増します。以下は、この木が倒れ、復旧させた時(後半)の記事です。

台風19号の爪あとが、半端ではなかった。オイラの柑橘園でも起こっていた。

まだこの木に半分ぐらい実が残っているのですが、本日雨降りだとは気が付かず、現場に収穫したのをコンテナーに入れたままにして引き上げました。害獣が食べに来ないか心配なのですが、昨年1年掛けてボツボツでしたが、害獣防止の柵砦も完了して、「アリの一穴」でもない限り大丈夫なはずと思っていたら、昨日この木の近くで、なんと鹿らしい糞を2ヶ所見つけました。まだ新しい糞です。近くを点検すると、柵にしているトタンの合わせ目が少し開いている。子鹿だったら、なんとかすり抜けることが可能だ。そこで早速針金で補強しました。他にもありそうなので、改めて総点検をしなくてはならない。イノシシは太枝まで折り、鹿は低い枝の若芽若葉を食い尽くす。これをやられると、数年その枝の葉は新葉再起が出来ません。紅甘夏はこの木以外、若木1本と接ぎ木1本があります。・・・・・・・・・

続きを読む "紅甘夏収穫の開始 ポストコロナ禍"

| | コメント (0)

2021年1月23日 (土)

不動産登記簿に残された残滓(ざんし)・残渣(ざんさ)。オイラの爺様と時空を超えて触れ合ってきました。

今日は久しぶりに雨の一日となりました。これから夕方・夜、そして明日に掛けて雨はさらに強くなると。今日昼のテレビBSで、オイラの嫌いな二人が、あの2・26事件について特集をしていました。そう昭和11年(1936年)2月26日に起こった軍事クーデター未遂事件の起こった日についてです。これ中・高でも近現代史で習いました。まぁ昭和23年生まれのオイラにとって、幻のように遠い昔なのですが。ただこの昭和11年には最近オイラにとってある「思い」があるのです。

不動産登記法の残滓と残渣

父親から18年前に相続した土地についてなのですが、その土地は、オイラの住んでいる地域の里山にあります。不動産登記簿の甲区によると父の時代にその土地(1728㎡)、昭和48年(1973年)にある企業により売買予約がされ、「所有権移転請求権仮登記」が設定され、そのまま今日に至っています。地目は畑です。相続数年後、どんな土地かと調べようとしたのですが、あまりの急峻な土地であり、雑木林となっていましたので億劫になり実行しませんでした。いわゆる耕作放棄地というやつで。聞いたところによると、当時その企業が、大分譲地開発、またはゴルフ場開発を目論んで、所有者から買収するために活動したのですが、地目が畑だったので、農地法5条の許可を得なくてはならず売買予約の仮登記をして、事業を進めていきました。しかし、計画全ての土地を獲得出来ず、またその開発計画も行き詰まり、ずっとそのままになって来たようでした。

当時は土地バブルの初っ端なのか、この土地に乙区欄には、その仮登記の債権に対して極度額32億円の根抵当権設定仮登記がなされていました。今では考えられないことが、当時は、普通に行われていた時代だったのでしょう。それ以後日本中が土地神話に基づき、土地バブルに狂っていきました。やがて、1990年から株式バブルが崩壊していき、バブルによって土地の価格がとても庶民には手が届かない価格になり、それに暗躍する地面師や暴力団の買い占めなども跋扈し、社会問題化した時代でした。1980年代後半には、東京都の土地の価格の合計で、米国全土の土地が買えると、まるで信じられないような話が飛び交っていました。1990年代になって、政府は土地の総量規制に打って出て、銀行筋には、土地購買に対する融資規制に乗り出しました。もちろん根抵当権にもメスが入りました。最近、次に相続させる子孫に、こんな土地のまま継がせるには忍びないと、この件について本格的に調査に入りました。・・・・・・・

 

続きを読む "不動産登記簿に残された残滓(ざんし)・残渣(ざんさ)。オイラの爺様と時空を超えて触れ合ってきました。"

| | コメント (0)

2021年1月10日 (日)

どんどん焼き?どんど焼き? ますます勢力を拡大の武漢コロナ

小正月の風習、「どんどん焼き」と「どんど焼き」とは

昨日、2つある玄関の正月お飾りも外しました。毎年正月には海岸でこれらお飾りなどを持ち寄り、「どんどん焼き」をするのですが、未だその詳細な知らせが来ません。どんどん焼きも中止になるのか?と思って海岸に行ったら、町内会の各組長が総出で「どんどん焼き」の準備をしていました。来週の日曜日にこれに火を付け「どんどん焼き」とします。それまでに正月のお飾りを各自ここに持って行ってくくり付けます。そして来週17日の日曜日の早朝に火を付け、団子を火で炙り、これら食しながら無病息災を祈ります。

Cimg1015_r

この風習はいつから始まったのか誰も知らないようです。調べて見ますと、市内では古くから「どんどん焼き」と言い伝えられていますが、全国的には「どんど焼き」が正解なようです。

どんど焼きの意味と歴史。名前の由来は?地域別の呼び名は?

どんど焼きという名前の由来については諸説あるのですが、「尊(とうと)や尊(とうと)」と囃しながら櫓で火を燃やしたのが、

後に訛って「どんど」に変わったという説と、どんどんと燃える様子から名付けられた説(どんどん焼き)の二つが有力な由来です。

どんど焼きの呼び方は地域によって違います。代表的なものを紹介しましょう。

東北や、四国や九州の西日本の幅広い地域では「どんど焼き」「とんど焼き」、主に京都や北陸、中部などでは「左義長」と呼ぶことが多いようです。

山形や神奈川では、「道祖土焼(さいとやき)」

長野では道祖神を統括した神主の名前から「三九郎(さんくろう)」と呼ばれています。

これらは、ほんの一例で、同じ県の中であっても名称が違うこともあります。

よくあるのですが、最初に、このような村の行事をやってみようというリーダー達がいて、つい用語を間違って広めてしまうことがよくあります。「どんど焼き」を「どんどん焼き」(たしかにどんどんと燃えるので説得力あり)で広めてしまう。祭りで縄に付ける半紙を稲妻形にしたもの「おしだ」をここの地域では「おしめ」と言っています。しめ飾りの「しめ」からそうなってしまったようです。調べてみますと、ここの地域以外でも「どんどん焼き」で通しているところもあるようです。しかしオリジンとしますと「どんど焼き」が正解なようです。なぜかといいますと「どんどん焼き」とは「水に溶いた小麦粉を主体とする日本の鉄板焼き料理である。」になってしまうからです。

衰えるどころか、ますます勢力拡大の武漢コロナ

NZのデンコさんに、コロナについてNZではどうなっているのかeメールをしました。まだ返事は来ないですが。先程朝食時に観たTVにNZの年越しの模様が出てきて、北島のオークランドでは、花火を打ち上げ、数万人が広場に集まりカウントダウンをしたとか。それも大半がマスクなしでワイワイ、ガヤガヤとか・・・・

 

続きを読む "どんどん焼き?どんど焼き? ますます勢力を拡大の武漢コロナ"

| | コメント (1)

2021年1月 4日 (月)

新年おめでとうございます。元旦は年長孫とポンカン狩り、2日は正月BBQ このコロナ禍で怖いもの知らずに。

新年おめでとうございます。このブログに訪れてくださいまして、心より感謝致します。

昨年は2月から始まった武漢コロナの影響で、日本のみならず世界中がひっくり返った1年でした。いままで、調子の悪い時しか、体温を計ったことはなかったのですが、コロナの影響で自宅・事務所にいる時は、数時間おきに計ることが癖となりました。全てセーフですが。生活面で我が家でも娘3家族との往来も途絶え、ビデオ通話でしか、対面会話は出来ませんでした。ジージ、バーバは高齢なので、もしコロナを伝染させたら、大変なことになると。ジージ・バーバが死んじゃうよと。それでも市内にいる次女家族の決死隊として、年長孫が2ヶ月に1回ぐらい、連絡係で訪問したぐらいでした。彼も新幹線通学で目白とを往復していますので、コロナにはオニママの司令で十分気を付けているようです。元旦には弟の分を含めて、お年玉の回収に訪れました。午後天気が最高良かったので二人でイベントとして、柑橘園で2本のポンカンの若木を収穫しようと、協力しあって済ませました。彼今や高1なのですが、身長はオイラを超え、足のサイズも27。2011年、たった10年前に大井川鉄道の二人旅を1泊かけてしたのですが。

2011033115160000_r⇒⇒⇒

Cimg1006_r

後ろの2本の若木がポンカンの木です。彼、腕力も一人前になっていました。まったく月日は早く早く流れていますね。

正月2日には、蘇州のイサ坊と三島の馬敬礼トシ坊と3人で恒例の正月BBQを、このコロナ禍の中、決行しました。・・・・・・・

続きを読む "新年おめでとうございます。元旦は年長孫とポンカン狩り、2日は正月BBQ このコロナ禍で怖いもの知らずに。"

| | コメント (0)

2020年12月27日 (日)

昨日はいろいろ忙しかった。自宅庭のレモン、年賀状、グループでのビデオ通話

自宅庭のレモンは、かいよう病にヤラれた

昨日はいろいろ忙しい1日でした。前日に自宅庭にある2本のレモンの木の果実を収穫したのですが。これがかいよう病に侵されていて、ほとんどの実にオデキのような斑点がついていて、使い物になりません。収穫総量約40キロ中まともなレモンは30個程で、柑橘園内の捨場で処分しました。山間にある柑橘園には、数度このかいよう病を防ぐ防除をしましたが、自宅の方はつい忘れていました。どうやらこの木にはかいよう病の菌が居着いているようで、また剪定も中途半端だったせいで、かなり枝が伸び、葉が生い茂って、隣地の庭の方まで伸びてしまっていました。そこで剪定というより強い枝間引き剪定をして、枝は焼却しやすいように50センチ以下に枝切り、その葉や枝が山のようになってしまいました。昨日はそれらを軽トラの荷台に載せ、柑橘園の焼却場に移し、長時間掛けて焼却しました。このかいよう病は厄介な病害で、主にレモン・ネーブル・黄金柑・麗紅・甘夏の果実に発生しやすい。そのためには年4回ほど、そのための防除をするようにとJAからの指導があります。特にレモンやネーブルの枝には鋭いトゲがあり、それが風で揺すられると、果実が傷つきそこに菌が入り、病害を発生させるようです。補助対策としては、それらのトゲを切ることも対策の一つだそうです。なぜトゲがあるのか?生育に大切な葉を害獣に食べられないよう、木の自己防衛として遺伝子に組み込まれているようです。バラの葉も鋭いトゲがありますね。害獣がいなければ、バラの枝のトゲを切るのも一つの方法です。そのままで切り花をするとき、手を怪我することもあります。来年は「ムッシュボルドー」でしっかり防除しなければ。

Cimg1001_r

年賀状を出しました

それらを済ませて、こんどは年賀状作成とプリントアウトです。・・・・・・・・・・

続きを読む "昨日はいろいろ忙しかった。自宅庭のレモン、年賀状、グループでのビデオ通話"

| | コメント (0)

2020年11月21日 (土)

GOTOトラベルで、カミさんと秋の三島スカイウォークと箱根関所と淡島ホテルに行ってきました。淡島ホテルは懐かしかった。

しばらく記事の更新が滞っていました。11月の初旬は自宅別棟の台所と半地下収納室の改修を毎午後からちんたらやっていましたが、JAから正月用のダイダイの出荷日の通知が来て、急遽ダイダイの収穫と選別に時間を取られ、その間16日には、カミさんが予約していたGOTOトラベルを使っての1泊旅行に行ってきました。まず、三島市の国道1号線を箱根に行く途中に最近出来た  三島スカイウォーク 。全長400mの歩行専用の大吊橋で、前から1回は行かねばと思っていました。様々なアクティビティーな施設があり、子供を連れてきたら、子供大興奮といったところか。歳相応に見るだけにした。吊橋も含めて、富士山が真正面に見えるところが取り柄だ。この地域の住民とすれば、富士山の見える場所は多く、富士山と共に暮らしているようなもので、大きな感動はないが、初めて見る人々にとっては大興奮だろう、三女は県立韮山高校だったので、学校から富士山は丸見えで、いわば富士山は空気のようなものだと言っていた。

Cimg0962_r

次に国道1号線を更に上り、箱根の芦ノ湖へ。箱根は熱海から近いので、幼少のころから通算数十回行っている。ところが肝心の箱根の関所は1回も行ったことがなかった。そこでホテルのチェックインまで十分時間があるので、昼食を兼ね行きました。

 箱根関所  箱根関wiki

歴史的背景や、様々最新の資料が展示されていて、面白かったです。またこの箱根に限らず,様々なヶ所に関所というのがあって、その場所が示されていました。当時日本は各藩に分けれていて、関所というのは謂わば国境のようなもの。厳重だったらしい。

箱根関所の検問
箱根関所の通過の際、検問するに事柄は、『諸国御関所覚書』に示され、時間は明け6つから暮れ6つまでと規定されて、夜間通行は原則禁止された。関西方面から江戸へ向かう者は特に検閲がなかった。逆に、江戸から上方へ向かう婦女子や乱心者、手負者、囚人、首、死骸等の反乱の原因になりうるものは、留守居の証文、夜間通行には老中証文や宿場問屋の断書が必要であった。道中奉行支配下の街道にあった新居関所、気賀関所、碓氷関所、福島関所などの関所の通過には、箱根関所同様に一定の証文が必要であった。

月曜日だったのだが、お客の入りは、コロナ禍の最中とはいえ、極普通に賑わっていた。もちろん外国人は見かけなかった。日本人だけ。特に犬連れや幼児連れが多かったようだ。秋空の晴天で土日には大混雑となっていると思う。もちろん外国人は、ほとんどいないコロナ禍だからね。

次に国道1号線を降りて、駿河湾の内浦方面に向かった。・・・・・・・・・・・

続きを読む "GOTOトラベルで、カミさんと秋の三島スカイウォークと箱根関所と淡島ホテルに行ってきました。淡島ホテルは懐かしかった。"

| | コメント (0)

2020年9月30日 (水)

イチジクの食べごろの実をハクビシンに喰われてしまった。9月は物がよく壊れた。武漢コロナ防疫では相変わらず日本は良い成績です。

ようやく、9月27日から、前線がなくなり、秋らしい日々となりました。7月雨続き、8月猛暑日、真夏日続きの今年はやはり異常な天候だったと云えるでしょう。植栽3年目のイチジクが、たわわに実をつけて、段々下から実が膨らんで、赤紫色になり食べごろになるのですが、5日前のチェックでは7個食べごろを見つけたのですが、昨日行ったら、それらすべてがないのです。中には実半分の喰いかけが。どうやらハクビシンが犯人でしょう。カミさんに「今日は美味しいイチジクを取って来るから楽しみに♥ 」と云って大恥をかいてしまった。イチジクや甘柿はハクビシンの大好物なのです。木の四隅に鉄筋棒を立て、網目の細かいネットを周囲に張り巡らしたのですが、ハクビシンはわずかな隙間からも侵入し、細い枝さえ渡り歩きます。そこで周囲を片づけ、20年近く前、伊東の現場で使ったガルバリューム鉄板屋根材の余りが10枚ぐらい保管してあったのですが、これで本格的に囲いを作ろうと思い立ち、早速仮囲いをしてみました。こりゃ行けそうだ。今日の午後に柑橘園に行き、その鉄板に電動ドリルで穴をあけ、針金を通して固定する作業です。余りも出るので、それ以外イノシシ避けの囲いでも使う予定です。

ほかに、2本ある甘柿は、昨年まで数年間全部取られ喰われてしまったので、木の下から上まで1mぐらい有刺鉄線でグルグル巻きにしてみました。現在そろそろ甘柿が色付きはじめまして、様子をみています。相手は丈夫な爪を立てて登りますので、果たして成功するか。まさに害獣との戦略戦で、どちらが勝つかを楽しんでいます。

この9月は物が壊れることが続きました。・・・・・・・

続きを読む "イチジクの食べごろの実をハクビシンに喰われてしまった。9月は物がよく壊れた。武漢コロナ防疫では相変わらず日本は良い成績です。"

| | コメント (0)

2020年9月16日 (水)

除草剤散布が終わりました。午後に首相指名選挙が行われ、菅内閣総理大臣が誕生しました。トヨタの株主総会での豊田社長の「ロバと老夫婦」の寓話。

やっと、エアコンをつけなくてもなんとか過ごせるような気温になりました。今晩はケン坊と呑み会の予定です。久し振りの吞み会です。

予定より1日送り、一昨日14日に除草を行いました。午前9時半から午後6時までの長丁場でした。約2000㎡になる段々圃場と約1000㎡の平地圃場の除草剤噴霧をエンジン&圧水機の助けを借り、全て一人で完結しました。やっている最中は夢中で、疲れ知らずでどんどん体が動いていきます。古希越えの体とは思えない程です。かえって若い頃より体が動き易いです。その夜と昨夜は、久しぶりの熟睡を得ることが出来ました。しかし、さすがに昨日と今日は多少各筋肉が統制とれないのか、だるさや少し痛みで動きにくい。しかしまだまだ若い者には負けませんが。

今日16日の午後、臨時国会で首相指名選挙が行われ、正式に菅内閣総理大臣の誕生です。各閣僚も今日までに全て決まりました。ところでこの菅義偉(すが よしひで)って1948年12月の生まれなんですね。なんとオイラと同年生。まったく同じ時代を生きてきたわけで。オイラ、3人の娘がそれぞれ家庭をもち、世に放出し、現在4人の孫のグランパ(ジージ)になり、あとはカミさんと一緒に余生を送る毎日ですが、この菅首相の誕生でオイラも多いに刺激を受けました。まだまだ現役だよと。日本では今年100歳以上の人口が8万人と突破したと。百歳以上が初の8万人超 半世紀連続で増加、厚労省2020/9/15

厚生労働省は15日、「敬老の日」(今年は21日)を前に、全国の100歳以上の高齢者は過去最多の8万450人となり、初めて8万人を超えたと発表した。昨年から9176人増え、50年連続で増加。年間の増加人数も過去最多となった。女性が88.2%を占めた。・・・・・・・

なぜ男性より女性のほうが長生きなのか?これ永遠の謎かもしれないが、野生の動物界ではどうなんだろう。これを見ると古希越え年齢なんて、まだまだケツが青いのかも知れないね。地元の交際では80、90の先輩がゴロゴロしている。まさに石原慎太郎ではないが「老いてこそ人生」が始まる。まぁオイラも老害にならない程度で、良き長老として生きて行こうと日々励んでいます。菅首相、愚かな批判にめげず、わが道を進んでください。応援します。

ロバと老夫婦、ロバと親子の話

さて、面白い話を拾いました。・・・・・・・・

 

続きを読む "除草剤散布が終わりました。午後に首相指名選挙が行われ、菅内閣総理大臣が誕生しました。トヨタの株主総会での豊田社長の「ロバと老夫婦」の寓話。"

| | コメント (0)

より以前の記事一覧