カテゴリー「旅と観光」の110件の記事

2019年8月 3日 (土)

文在寅は「綸言汗の如し」という儒教の論語を知らないようだ。まぁ朝鮮人の論争は、腹の底までさらけ出すことを旨するらしいが、文化の違う日本人はいい迷惑だ。更に回りに同調してもらおうと告げ口を言いまくる習性はなんとかならないものだろうか。これ朝鮮人の特性です。

こちらでは7月24日以降、連日30℃以上の酷暑が続いていますが、猛暑の基準35℃以上連日とはなっていません。米国に滞在中のカミさんからLINEを通じて、時々情報が入ってきます。ラスベガスではMGMでショーを観たとか。しかし気温は40℃越えだとか。過去といっても45年前の大昔、カミさんと二人で行った時、ホテルはあのエルビス・プレスリーのショウー(エルビス・オンステージ)で有名だったインターナショナル・ホテルだっが、名前はラスベガス・ヒルトンに変わっていた。同じ舞台で、グレン・キャンベルのショーを観た。あとサンズホテルでトップレスのアイスショウがありこれもオイラの主導で観た。当時このホテル(ヒルトン)の1階から地下階は、大ホールを使って、あのロッキー青木経営の「ベニハナ・ビレッジ」というのがあって、舞台では空手などのショー、造花だが桜の木、鉄板焼やすき焼きなど日本料理を米国人風にアレンジした大空間のレストランだった。青木 廣彰 ロッキー青木  オイラが30歳代後半の頃 、熱海オーシャンカップ レースというのがあって(1995年まで毎年28回開催)、 このロッキー青木も「ベニハナ号」の大レース艇を出艇していて、大爆音とともに初島-熱海間のレースをしていた。海上時速150キロとか聞いた。オイラ達はボランティアで、この日は監視船に乗り込み、見守っていた。結構重大な事故も毎回起こしていたのだが、それが面白かった。

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ラスベガスに行くと、ほとんどの観光客は、すぐ近くのグランド・キャニオンに行く。といっても飛行機で行くことになるが。今回カミさん達はレッドロック・キャニオンに行ったとか。ここは、車で30分ぐらいで行けるらしい。このラスベガスには2002年に家族で子連れで再度行った。ロスのアナハイム・ディズニー行きも兼ねてだが。この時のホテルはピラミットのファサードのルクソールホテルだった。子連れでカジノ見学をしていたら、子供は駄目だと注意された。

現在ポートランドにいるようで、西海岸にあるキャノン・ビーチに行ってきたと。雄大な岩山が有名な海岸とか。滞在している彼女の友人の友人宅のご主人が元料理人だったので、毎日料理三昧にふけっているようで。このポートランドの北がシアトルで、更に北がオイラ仕事で何度も滞在したバンクーバーだ。懐かしい。

さて本題です。

とうとう日本も韓国に対して、普通の国のように対峙が出来るようになった。・・・・・・・

 

 

 

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2019年5月16日 (木)

カミさんがSGPから帰ってきた。昨夜のプライムニュースは大変面白く理解出来た。英語は万国で方言がある。

今月13日に、シンガポールで娘の産後の面倒を診にいっていたカミさん、無事帰国しました。4月1日に出発⇒5日に出産⇒5月13日に帰国というスケジュールでした。その間LINEを通じてちょくちょく交信をしていて、新孫の顔や近況を画像を通じて受けていました。初笑顔はもう少し時が経ってからという状況でした。シンガポールで、新しい料理のレシピを学習してきてくれと頼んでおいたのですが、オイラ指名の肉骨茶(バクテイ)のスープの材料は土産にしたのですが、ほとんど毎日、自宅での料理は、日本料理だったと。娘の旦那はそれほどシンガポールでの料理に興味がなく、また肉系にも貪欲でなく、ベジタリアン気味だそうだ。

旦那の、運転の車で、主に「明治屋(MEIDI-YA)」の食材スーパーに行き、日本からの食材の買い出しをしていたと。ここはオイラも数回行ったことがあるが、MEIJIYAでなくMEIDI-YAとしてあることに、なぜだろうと思ったことがある。一般のシンガポール庶民の行くスーパーより、値段は数倍から十数倍高いと。例えば、大根が一般スーパーで1本80円とすること、ここでは800円といった感じだったと。まぁそのかわり、日本で購入するほとんどの食材があるとのこと。6月には2号店が出来るそうだ。熱帯フルーツは値段の安い一般のスーパーで買い物をしたと。

日本でも貧富の差は当然あるが、シンガポールといえども、その差は比較に出来ないほど大きい。空港近くの街ゲイランなどは、どちらかというと貧しい人達が多いようだった。ホームレスは見たことがなかったが(強制収容される)。ホーカーなどでは、かなり安く食事が出来る。それでも、東南アジアでは平均としては豊かな国民といえる。

まだ生まれて2ヶ月以内なので、大変元気な大きい声で夜泣きをするので、ほとんど熟睡が出来ず、娘共々不眠症で疲れ果てたとこぼしていた。また少し痩せて帰ってきた。まぁどこも同じような光景だろう。女性は子供生むと綺麗になるという言い伝えがあるが、これは不眠症やらなんやらで、少し痩せ、ダイエット状態になるからだという言い伝えもある。

住まいは、民間マンションの高層階1戸をその所有者から会社が借り受け、そこに住んでいるのだが、1年中気温30℃前後、赤道直下のシンガポール、昼夜エアコンをつけっぱなしで、窓を開けっ放しのような場面はない。外気は熱風が渦巻いている。また窓には網戸は付いていないのが普通。しかし、マラリア・デング熱を媒介する蚊が場所によっては出てくることもあるので、結局窓は開けても一瞬しかないそうだ。台所と食堂はドアで仕切られているのが普通。これはアチラの料理は油や香辛料を沢山使うので、区画しないと、良くないらしい。バンクーバーも中華系移民が多く、その豪邸に行ったら、中華用の台所と一般用台所と2つの台所があったのを思い出した。お風呂に入る習慣が歴史的にないので、シャワー室は2つあるが浴槽はなかったと。まぁ、構内にプールが3種あるので、それで用を足している。

さて本題

まさにここに来て、米中貿易戦争がますます激しくなってきた。この影響は日本もだが、シンガポールなどにも先々多いに影響するだろう。昨夜のBSフジのプライムニュースは、大変面白かった。追っかけ録画で観て、後半寝てしまい、今朝6時ごろから再度観た。・・・・・・・・・

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2019年4月16日 (火)

4月中旬の出来事。パリのノートルダム寺院(大聖堂)の尖塔付近が炎上、そして倒壊。

このブログの投稿サイト、ココログは新しいデザインに4月から変わり、ようやく慣れつつあります。未だに試したことのない機能もありますが。旧より良いところもあるし、悪い(やり難い)ところもあるしです。

今、統一地方選挙運動の真っ最中で、ウチの事務所の隣棟の1階の一部をある市議会議員の後援会事務所として賃貸しているのですが、大変賑やかです。他の候補者の宣伝カーも行き交い、まさに選挙戦真っ最中。彼は、大昔に熱海青年会議所での先輩後輩で、さらに大家と店子(タナコ)の関係。主義主張はともかく、彼に投票をすることにしています。21日が投票日ですが、カミさんは今シンガポールで三女の産後の面倒を診に行っているので、彼女の票はありません。その分、同じ市内にいる次女夫婦にお願いしてあります。ただオイラは煩わしい選挙運動には参加していません。

4月中旬過ぎは野菜の種撒きの季節です。約900㎡ある宅地に囲まれた先祖からの畑ですが、約33本の柑橘の苗木若木が植わっていますが、まだ空きが沢山あり、昨年からそこで自家消費の野菜の栽培を楽しんでいます。何を植えるか色々悩みました。昨年は、ニンニク、小カブ、九条ネギ、小松菜を植え、まあまあの出来でした。今季は、アスパラガス、ミョウガ、スウィートコーン(ゴールデンラッシュ)、枝豆を植えました。これらは、一度土作り、マルチ敷などのこしらえを完璧にすれば、雨と太陽と曇りがそれらを育ててくれ、たまに管理(追肥等)をするだけでそれなりの収穫が出来ます。さらにネットサイトの拡充で、その栽培方法などの情報が至れり尽くせりで収集できます。それらは文章だけでなく、栽培の動画まで無尽蔵にあり、昔だったら、先人に教えを乞うものでしたが、今やその先人を超えた情報を得られる時代となっています。

さて本題です。

今、フランス・パリはさらに大騒ぎになっています。

 

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2019年4月 8日 (月)

孫とのスキー旅行、珍道中が沢山あり、孫孝行が出来ました。未だに腰に鈍痛が。

4月1日~4日まで、白馬五竜スキー場に行ってきました。行く前のことを前々記事にしてあります。スキーは1998年、今から20年前が最後でしたが、初孫が昨年初めて体験したらしく、行きたくてしょうがない。孫孝行のつもりで、3月中旬にホテルを決め、スケジュールを立てました。白馬は春スキーで有名らしいが、それでも、4月1日からは、予約したホテルの傍にある「いいもりゲレンデ」は閉鎖となり、近くとしては「とおみゲレンデ」まで行かなくてはならないことを後から知った。

ホテルはウチら客しか泊まっていない。これbooking.comで予約のときには、空室5室となっていて、急いで予約したのだが、騙されました。さらに3月下旬になって、朝食付きがナシになったとメール連絡。もちろん、その分安くなったのだが。さらに夕食もホテルのレストランがあるとのことだったが、閉鎖ですと。キャンセル不可の方を予約だったので、他のホテルに変えることも出来ず、鉄道と高速バスで辿りついたので、こちらでの交通の便を考えると、どうしたら良いかの作戦が必要でした。最初このホテルの予約時は、中国系のようなので、さぞや中国からや外国人がわんさかいると想像したのですが、客は孫と二人だけでした。また飲食店などがある地域とを繋ぐシャトルバスも4月1日からは運休でした。まぁ、往復ビンタを喰らったようでした。

孫に引かれてスキー場参り。2019年3月26日 (火)

それでも強気でいられたのは、この白馬五竜と白馬八方尾根との中間にある別荘地に住んでいて、さらに白馬八方尾根でスキーのインストラクターをやっている高校時代の同級生のタカ坊がいるからでした。・・・・・・

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2019年3月26日 (火)

孫に引かれてスキー場参り。

3月初旬、中2の孫に春休みにどこかへ遊びに行くか?と聞いたら「ジージ、スキーに行きたい」と。孫は昨年始めて、学校関連で斑尾にスキーに行ったらしく、今年は学校のクラブ活動のクラッシック演奏部の関係(コントラバス担当)で、昨年のように日程が取れず、できればジージに甘えようと心密かに待機していたようだ。

オイラはスキーは中学生から始めて、高校・大学・成人・家族持ちと、当時スキー流行の波に乗って、平均年1回~2回ぐらい通った。当時「私をスキーに連れてって」の映画もあったりして空前のスキーブームだった。特に成人から家族持ちの頃は、チェーン持参で自動車で通った。もちろんスキーバスの時もあったが。猪苗代湖・菅平・蔵王・野沢・湯沢・苗場・ニセコ・テイネ・志賀高原・清里・赤倉・妙高・白樺湖・・・・。

1991年にはカナダのカルガリーからバンフ国立公園でロッキー山のスキー場3ヶ所滑ったのを自慢にしている。娘達の成長を見ながら最後に家族スキーをしたのが1998年。もう20年前で、今やその当時のスキー・スノボー時代は去り、オイラの頭からスキーは無くなっていたのを、孫が呼び起こした。この際人生最後?のスキーをしてみるかと。・・・・・・・・

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2018年6月11日 (月)

ロシア人は知らない人には無愛想なのはなぜか?オマケ編:新潟県知事選終了

いよいよ日本列島は梅雨に入ったと予報です。8日~9日の真夜中に結構な雨が降りました。オイラのバケツ雨量計の㎡当たりの換算では、55ミリの雨量でした。そしてこれから夜から明後日までかなりの雨量となりそうです。5年生以下の柑橘苗木52本には、今年初めて黒マルチを施してみました。 5月GW中のあれこれ。柑橘苗木のマルチングに初めて挑みます。2018年5月 3日 (木)  雑草避け、大雨避け、地中地温の安定化、地中水分の安定化、肥料の効率化を狙ったものですが。これ、吉と出るか凶と出るか。多分目標通りになると確信しています。大した儲けにしかならない柑橘栽培ですが、自然のなかでの良き運動を兼ね、趣味を兼ね、老後の楽しみとしています。また天候というものがより身近になります。

前記事で、法人を清算して日本年金機構の健康保険を止め、国民健康保険(市)にした場合の支払いシミュレーションをしてみましたが、法人からの役員給料は最低額としているので、法人の県・市の法人税の均等割額を支払ったとしても、今のままの方が、かなり安い結果が出ましたが、そこに落とし穴がありました。個人所得に対す介護保険料の加算がありまして、結局だいたい同金額近くでした。しかし、先々自分の余っている土地を売った場合、当然その売却額が所得参入され、国民健康保険税の支払いだけで、最高額の50数万円近くなる恐れも出てきます。健康保険の場合は、給与額によってのみという算出です。

ちなみに国民健康保険税(市)というのは、医療分保険税+支援分保険税+介護分保険税(40歳~64歳が対象)の合算納付です。

そもそも旧厚生年金に加入したのは、2004年に土地を売却したら、それまで加入していた国民健康保険料が50万円近くになり、びっくりして2006年に法人として旧厚生年金に加入した経緯があります。それまでは法人において無給でした。また国民健康保険税の場合、固定資産税の(25+3)%が加算されるので、土地評価が上がった場合にはその影響を受けるわけです。結論としてあれこれ総合的に考えて、今の法人(有限会社)を存続することにしました。

さて本題です。

ネットで見つけたのですが、ロシア人は、外で見知らぬ人には絶対笑顔を見せないそうです。

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2017年3月27日 (月)

シンガポールからマラッカに娘同伴で行ってきました。マラッカは発展の途中です。 3

ホテルの客室では、タブレットにWI-FIのパスワードをセットして、日本のネット情報を見ていました。ところでテレビなのですが、シンガポールでは、まず一般のテレビチャンネルで国内ニュースとCNNやBBCをみることができました。チャンネルをどんどん進めて行くとFM放送に変わり音だけになりました。

CH10だったか、NHKのニュース特集番組をやっていて、昨年までブラタモリに出ていた、桑子真帆と男性がキャスターをしていました。この番組は日本にはなく、海外用かも知れません。

シンガポールのテレビ事情

シンガポールでテレビのチャンネルをひねると、英語有り、中国語有り、マレー語有り、と様々な言語が耳に飛び込んできます。シンガポールならではの多言語放送の世界です。 とはいえ、日本に比べると非常にお堅いお国柄。暴力的なシーンやヌードなどの性に絡んだシーンは、すべて国が事前に検閲してカットしています。 ちなみに、シンガポールのテレビの受信方式は、日本のNTSC方式とは異なるPAL方式です。 シンガポールのテレビ放送は、合計7チャンネルありますが、場所によっては、シンガポールに隣接するマレーシアのテレビ放送(TV Satu、TV Dua、TV Tiga)も受信できます。

フジ坊の話では、特別契約をすれば、もっと日本のTV番組を観ることが出来るらしいです。NHK地上やBSなのですが。またマラッカはもっと見れるチャンネルは少なく、テレビで例の金正男の暗殺事件についての情報は少なかったのではと思いました。もちろん新聞がありますからね。

最後の3日間は、シンガポールからリムジンバスで、国境(入江)を超えて、マレーシアのマラッカに行きました。・・・・・・・・

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2017年3月25日 (土)

シンガポールで前回なかった見学と体験です。 2

シンガポールの続きです。

シンガポールには、国民の74%が華人(中華系)、マレー系が14%、インド系(印僑)が7.9%、その他が1.4%だそうだ。華人を今の中共系と解釈しがちだが、ご先祖は数百年に渡って中国本土の様々な地域から集まってきた混在民族で、言語も福建語、客家語など、いわゆる閩語(びんご)が入り混じっていると。

閩語(びんご)とは、シナ・チベット語族、シナ語派の言語の一つあるいは一群である。 中華人民共和国の福建省、広東省東部及び西南部、海南省、浙江省南部、中華民国、シンガポール共和国、マレーシア、タイ及び各国の華僑・華人の一部の間で使用される。

勿論正式な中国標準語(北京語)を習っている人もいるだろうが、一般的ではない。中共本土でさえ、方言を通り越して、別の言語と云える言語が入り混じっている。使用される漢字なのだが、簡体字(中共)と繁体字(台湾・香港)に分けられるが、現在シンガポールでは簡体字が使われていました。まぁ中共からの観光客が圧倒的に多いですからね。

20150411100514 まさに今やこのシンガポールも中共からの観光客で占められていました。なんたって14億人の人口でビザが緩和ですからね。日本語の案内広告なんて存在していません。まさに世界中の観光客は中共に占められています・・・・・・・・

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2017年3月22日 (水)

ウチの娘がシンガポール在住となってしまった。娘訪ねてシンガポールの旅 1 

シンガポール&マラッカから帰ってきました。シンガポールは、1989年に家族旅行でマレーシアのペナン島の次に寄りました。2泊ぐらいだったか。まだ超高層ビルが少なかった時代で、その超高層のホテル(スイソテル・ザ・スタンフォード)に宿泊した。窓から眼下に見える街並は旧市街地で、今回行ったマラッカのホテルから眺めた街並みとよく似ていました。暗闇の中、一つポツンと「KONICA」のネオンサインが目に入りました。次に行ったのは、セーリング・ヨットのクルーの仲間のフジ坊と仲良くなり、彼はシンガポール女性と所帯を持ち、二人の子供を持ち、シンガポールを本拠地としてる。友達の友達はオイラの友達という図々しさで、2011年11月に1人で彼を頼って5日間ほどシンガポールに滞在しました。以下その時の記事です・

23年ぶりのシンガポール。建設バブルを思わせる発展ぶりに驚きました。 2011年11月30日 (水)

シンガポールでの食卓事情と自動車と教育について。グルメのオイラにはたまらない国だ。 2011年12月 2日 (金)

旧市街地と開発地域とのアンバランスなシンガポール。それだけに面白いことが満載な国なのだ。 2011年12月 3日 (土)

今回オイラの末娘夫婦の夫(義理の息子)が、会社の赴任命令で数年このシンガポールを本拠地とした生活になり、彼の父親と長男、オイラ夫婦と合同でシンガポールに行こうということになり、楽しんできました。シンガポールは2011年の6年前よりさらに建設バブルで、公共施設もさらにグレードアップされていました。東京の銀座さえ超えた未来都市の様相でした。・・・・・・

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2016年10月28日 (金)

ふと川越の街に行ってきました。そして古巣の街、新宿にも。とにかく歩き続けました。

26日には、川越でいとこ(従姉)とデートをしてきました。父親の姉の娘ですが。なんたって父親の兄弟姉妹は多かった。つまりオイラにとってオバが4人、オジが4人。それぞれ所帯を持っていたので、いとこ(Cousin)の数も多いし、その「いとこ」の子供の数も合計すると数えきれないくらい多いのです。これに母方5人を合算すると、一つの村が出来るくらいの数になります。まぁ戦前から続いた産めよ増やせよの時代の顛末がオイラの世代、団塊の世代というわけです。

この2歳上になる「いとこ」とは幼少の頃、毎年やっていた親族会での全員集合や、夏休みの子供交互預かりなどでよく一緒に遊びました。熱海に遊びに来ることもあり、またオイラが東京や千葉に泊まりがけで行くこともあり。ただ段々冠婚葬祭でしか会うことしかなく、なかなかじっくり話す機会もありませんでした。先日伊東の川奈で、別のいとこの娘の結婚1周年宴会で、また久しぶりに会い、「今度川越に遊びに来てよ。案内するから」と。

今、ちょうどカミさんと三女がクロアチアとチェコに行って、オイラ留守番役だったので、初めての川越の探索と、久しぶりの東京探索に行ってきました。・・・・・・

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