カテゴリー「旅と観光」の104件の記事

2017年3月27日 (月)

シンガポールからマラッカに娘同伴で行ってきました。マラッカは発展の途中です。 3

ホテルの客室では、タブレットにWI-FIのパスワードをセットして、日本のネット情報を見ていました。ところでテレビなのですが、シンガポールでは、まず一般のテレビチャンネルで国内ニュースとCNNやBBCをみることができました。チャンネルをどんどん進めて行くとFM放送に変わり音だけになりました。

CH10だったか、NHKのニュース特集番組をやっていて、昨年までブラタモリに出ていた、桑子真帆と男性がキャスターをしていました。この番組は日本にはなく、海外用かも知れません。

シンガポールのテレビ事情

シンガポールでテレビのチャンネルをひねると、英語有り、中国語有り、マレー語有り、と様々な言語が耳に飛び込んできます。シンガポールならではの多言語放送の世界です。 とはいえ、日本に比べると非常にお堅いお国柄。暴力的なシーンやヌードなどの性に絡んだシーンは、すべて国が事前に検閲してカットしています。 ちなみに、シンガポールのテレビの受信方式は、日本のNTSC方式とは異なるPAL方式です。 シンガポールのテレビ放送は、合計7チャンネルありますが、場所によっては、シンガポールに隣接するマレーシアのテレビ放送(TV Satu、TV Dua、TV Tiga)も受信できます。

フジ坊の話では、特別契約をすれば、もっと日本のTV番組を観ることが出来るらしいです。NHK地上やBSなのですが。またマラッカはもっと見れるチャンネルは少なく、テレビで例の金正男の暗殺事件についての情報は少なかったのではと思いました。もちろん新聞がありますからね。

最後の3日間は、シンガポールからリムジンバスで、国境(入江)を超えて、マレーシアのマラッカに行きました。・・・・・・・・

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2017年3月25日 (土)

シンガポールで前回なかった見学と体験です。 2

シンガポールの続きです。

シンガポールには、国民の74%が華人(中華系)、マレー系が14%、インド系(印僑)が7.9%、その他が1.4%だそうだ。華人を今の中共系と解釈しがちだが、ご先祖は数百年に渡って中国本土の様々な地域から集まってきた混在民族で、言語も福建語、客家語など、いわゆる閩語(びんご)が入り混じっていると。

閩語(びんご)とは、シナ・チベット語族、シナ語派の言語の一つあるいは一群である。 中華人民共和国の福建省、広東省東部及び西南部、海南省、浙江省南部、中華民国、シンガポール共和国、マレーシア、タイ及び各国の華僑・華人の一部の間で使用される。

勿論正式な中国標準語(北京語)を習っている人もいるだろうが、一般的ではない。中共本土でさえ、方言を通り越して、別の言語と云える言語が入り混じっている。使用される漢字なのだが、簡体字(中共)と繁体字(台湾・香港)に分けられるが、現在シンガポールでは簡体字が使われていました。まぁ中共からの観光客が圧倒的に多いですからね。

20150411100514 まさに今やこのシンガポールも中共からの観光客で占められていました。なんたって14億人の人口でビザが緩和ですからね。日本語の案内広告なんて存在していません。まさに世界中の観光客は中共に占められています・・・・・・・・

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2017年3月22日 (水)

ウチの娘がシンガポール在住となってしまった。娘訪ねてシンガポールの旅 1 

シンガポール&マラッカから帰ってきました。シンガポールは、1989年に家族旅行でマレーシアのペナン島の次に寄りました。2泊ぐらいだったか。まだ超高層ビルが少なかった時代で、その超高層のホテル(スイソテル・ザ・スタンフォード)に宿泊した。窓から眼下に見える街並は旧市街地で、今回行ったマラッカのホテルから眺めた街並みとよく似ていました。暗闇の中、一つポツンと「KONICA」のネオンサインが目に入りました。次に行ったのは、セーリング・ヨットのクルーの仲間のフジ坊と仲良くなり、彼はシンガポール女性と所帯を持ち、二人の子供を持ち、シンガポールを本拠地としてる。友達の友達はオイラの友達という図々しさで、2011年11月に1人で彼を頼って5日間ほどシンガポールに滞在しました。以下その時の記事です・

23年ぶりのシンガポール。建設バブルを思わせる発展ぶりに驚きました。 2011年11月30日 (水)

シンガポールでの食卓事情と自動車と教育について。グルメのオイラにはたまらない国だ。 2011年12月 2日 (金)

旧市街地と開発地域とのアンバランスなシンガポール。それだけに面白いことが満載な国なのだ。 2011年12月 3日 (土)

今回オイラの末娘夫婦の夫(義理の息子)が、会社の赴任命令で数年このシンガポールを本拠地とした生活になり、彼の父親と長男、オイラ夫婦と合同でシンガポールに行こうということになり、楽しんできました。シンガポールは2011年の6年前よりさらに建設バブルで、公共施設もさらにグレードアップされていました。東京の銀座さえ超えた未来都市の様相でした。・・・・・・

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2016年10月28日 (金)

ふと川越の街に行ってきました。そして古巣の街、新宿にも。とにかく歩き続けました。

26日には、川越でいとこ(従姉)とデートをしてきました。父親の姉の娘ですが。なんたって父親の兄弟姉妹は多かった。つまりオイラにとってオバが4人、オジが4人。それぞれ所帯を持っていたので、いとこ(Cousin)の数も多いし、その「いとこ」の子供の数も合計すると数えきれないくらい多いのです。これに母方5人を合算すると、一つの村が出来るくらいの数になります。まぁ戦前から続いた産めよ増やせよの時代の顛末がオイラの世代、団塊の世代というわけです。

この2歳上になる「いとこ」とは幼少の頃、毎年やっていた親族会での全員集合や、夏休みの子供交互預かりなどでよく一緒に遊びました。熱海に遊びに来ることもあり、またオイラが東京や千葉に泊まりがけで行くこともあり。ただ段々冠婚葬祭でしか会うことしかなく、なかなかじっくり話す機会もありませんでした。先日伊東の川奈で、別のいとこの娘の結婚1周年宴会で、また久しぶりに会い、「今度川越に遊びに来てよ。案内するから」と。

今、ちょうどカミさんと三女がクロアチアとチェコに行って、オイラ留守番役だったので、初めての川越の探索と、久しぶりの東京探索に行ってきました。・・・・・・

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2016年10月23日 (日)

カミさんと娘がオイラを留守番役にして海外に。朗報です、漏らしショウベンが治りますよ。

カミさんが、娘と二人で海外旅行中です。オイラ留守番役。ボデーガード役にと言っては見ましたが、娘との方が気楽で良いと。両者過去CAだったこともあり、慣れているのです。年に最低1回は二人で旅行です。何でも今回はイタリアの東にあるアドリア海を挟んだ向こう側、クロアチアだそうで、首都ザグレブからプリトゥヴィツェ⇒スプリット⇒ドゥブロブニクまでバスツアー、そこから空路でザグレブに戻って、さらに空路でチェコのプラハで5日過ごして帰国の予定。例によってホテル予約・バス予約などほとんど日本でインターネット予約だ。まったくこの点は便利な世界になった。しかし、ヨーロッパは治安が悪いから、十分気をつけるようにとは言っておいたが。スリ・置き引き、首絞め強盗に気をつけろと。チェコのプラハはオイラも行きたかったのだが。

つくずく思うのは、娘3人のみのオイラにとって、カミさんの為に3人を働いて育て上げたようなものだと思うことしばしばです。まぁ息子だったら父親と一緒にしばしば旅するか?それは分からないですが。

19日水曜日、NHKの「ガッテン」という番組を観て録画もしたのですが。この番組夕食時の時間でもあり、よく観るのですが。今回は我々世代のご同輩必見の番組でした。オシッコ問題についてです。・・・・・・・・

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2016年5月15日 (日)

ニュージーランド(NZ)漫遊の旅 13 最終章 ハムラナ・スプリングスとオークランド

色々なNZの湖を回ったが、その湖の名前は母音で構成されている。

オハウ湖 、タウポ湖 、テ・アナウ湖、 テカポ湖 、ハウェア湖 、プカキ湖 、マナポウリ湖 、ロトルア湖 、ワカティプ湖などなど。ほとんどが先住民族のマオリ語から出来ているのだろう。日本人としては母音の為、大変親しみ易いし、覚え易い。テレビ局でもマオリ語専門のチャンネルもあり、マオリ語ドラマをやっていた。日本語が母音構成ということは、南の点在していたポリネシア人、NZのマオリ人と日本のご先祖さんは、もしかして数千年数万年の時空のなかで交流が、かなりあったのかもしれませんね。

滞在した最後の湖、タウポ湖はNZの最大な表面積616㎢の湖で、ウナギやニジマスの宝庫だそうだ。ダニーデンのでんこさんの料理でウナギをご馳走になった。といっても蒲焼ではなく、ぶつ切り料理だ。大昔デンマークのコペンハーゲンでウナギのぶつ切りシチュウーを食したことがある。でも日本人には、蒲焼とごはんのうな重が一番のような。

朝、タウポ湖のモーテルを出発しました。ここから途中寄って、オークランドまでは約360㎞ありました。

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2016年5月14日 (土)

ニュージーランド(NZ)漫遊の旅 12 スカイライン・ロトルア、ワイオタプ地熱地帯、フカ滝を見ながらタウポ湖です

NZには、数えきれないほど多くの湖があり、その湖岸が観光拠点の街になっています。もちろん大都市は謂われのある海岸を起点としてありますが。ほとんど工業都市とか産業都市というのはありません。農業地帯には村町のようなものが点在していますが、それが観光地となり得ません。まぁ面としての景観は観光地でしょうが。

日本に帰って来て、改めて車の多さに気が付きます。すれ違う車の多さはNZと比べ、半端な多さではありません。だからか、NZの道路では大きな40ftのコンテナー車が2連牽引で走っています。2車線道路が標準なので、100キロ/時ですれ違う時には、特にカーブの場合には軽い恐怖を感じます。ましてガードレールはほとんどありません。

国土面積が日本列島の7割なのに、人口450万人、GDPが日本の3.8%の国というのはこのようなものなのかと感じました。非常にゆったりとした世界です。一般の国民は一戸建て木造住宅に住み、基本は500㎡の敷地に200㎡の床面積です。水が豊富で固定資産税の中に水道代が含まれていて、特に水道代は支払うことはないと。日本は人口が増えすぎて、1億2千万人は多すぎるのでは?昭和初期の人口6千万人程度が適正ではないかと時々思う。

NZは欧州から白人が移り住んで200年に満たない。英国より英国らしい白人の国という印象でした。先住民族マオリ人との共存ですが。

温泉の街ロトルアのホテルを出発して、湖岸沿いにあるスカイライン・ロトルアというスポーツあり、眺望あり、散策道ありの場所に午前中行きました。・・・・・・

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2016年5月13日 (金)

ニュージーランド(NZ)漫遊の旅 11 温泉の街ロトルアとマオリダンスを見ました。そしてスパにも入りました。

NZでのGSは、すべてセルフ給油で、クレジットカード支払が普通だ。このごろ日本のGSでもセルフ式が多くなったが、まだまだ旧来方式のGSが多い。ウチの前のGSは未だに常時3~4人体制だ。セルフの場合には常時で1人か2人。店舗の中のレジに行き、給油したスタンドの番号を言って会計をしてもらう。店舗には雑貨、飲食類も売られている。

街から街までの間は一切GSがないので(最大100㌔以上)、燃料メ-ターが半分ぐらいなったら早めに給油するようにしました。日本のようにGS付きのサービスエリアは大変少ないです。また有料道路というのも一切なかったです。日本はありすぎで、きっと外国人が日本で運転したら「もう、いい加減にしてくれよ!」と思うでしょう。中国大陸にも有料道路は多いです。

NZでのガソリン価格は、一般にはnz$1.8が普通で、ディスカウントで有名なGSチェーンはnz$1.6でした。為替レートは現在nz$1=¥73.78ですが、この期間は約¥75でした。現金両替では空港で¥82.40でした。もちろんここでは替えません。損になりますからね。月末にクレジットカードの引き落とし明細第一陣が来ました。初回の買い物(4/10)が¥75.76でそこから4/14には¥77.33と推移していました。ですからNZでのガソリン価格を算出するのは難しいですが、¥77として平均¥133/Lの前後ということになります。もちろんGST(消費税)15%込みです。

GSが特に多かったのですが、会計の時レシートが必要か?とよく聞かれました。スーパーでも同じように。たいてい若い男のスタッフが多いのです。オイラ、「Of course! もちろん」と言って、レシートをもらうと苦笑いのような。これ若いのが何か別に転用する為だと思います。

翌日ワイトモから温泉の街ロトルアを目指しました。・・・・・・

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2016年5月12日 (木)

ニュージランド(NZ)漫遊の旅 10 オークランドからワイトモの鍾乳洞体験です。

クライストチャーチを11:25に発って、オークランドには12:45に到着しました。このオークランドはニュージランドで最大の都市で、人口は約42万人、都市周辺地域人口は約132万人だそうだ。NZの首都はウェリントンだが、都市規模としてはオセアニアでは一番大きい。またポリネシア地域としても最大で、2位はハワイのホノルルとのこと。因みに米国カリフォルニアにあるオークランドはOrklandで、こちらはAucklandで日本語ではオークランドで同じだが、スペルも発音も違うと。

クライストチャーチでレンタカーを借りたのとまったく同じ方法で借りた。もちろんオプションのナビゲーションも借りた。同じくレンタカーを借りた3人連れの日本人女性に聞いたら、スマホにナビゲーションのアプリを購入し入れてあって、それを使ったと言っていた。オイラの新武器のタブレットでもナビアプリを入れ込めるが、それにはWI-FIがないところでも受信できるようにしなくてはならない。そのためにはモバイル・ルーターを借りなければならないと云われていたので、また別のカネが掛かる。とにかくより便利にするためにはよりカネが掛かるわけだ。

今度のレンタカー店は”Ezi car renral”というところで、これまた保険のような名目で1日当りnz$19取られた。日本での予約決済以外にです。そのようなことは当初の規約文にはなかった。日本語での契約書なのですが、どうも日本語の表現がおかしいのです。まぁ面倒になるのでそのままOKしましたが。車種は今噂の三菱自動車の中古。

NZの道路事情も呑み込みましたので、またカミさんのナビに従ってドライブ開始です。

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2016年5月10日 (火)

ニュージーランド(NZ)漫遊の旅 9 ダニーデンからクライストチャーチ。そして地震5年後の当地の見学です。

4月18日の朝にダニーデンからクライストチャーチへのロング・ドライブです。約370キロありました。ほとんど国道1号線をぶっ飛ばしました。まぁトイレ休憩や昼食も摂らなくてはなりませんので、途中オマルとテムカというところをカミさんが選びました。

このオマル(オアマル)は、オアマル・ストーンという白い石灰質の石がこの地方で産出され、建築用材として海岸まで運ばれ、港から出荷された。街の中に、この石板で建築された教会が数多くあった。海岸まで石材を運搬するためだろう鉄道の跡があった。

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また、この海岸にはブルーペンギンのコロニーがあって、その見学で有名だそうだ。・・・・・

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