カテゴリー「病気・健康」の96件の記事

2021年2月 2日 (火)

1年経って、やっとWHOによる中共武漢でのコロナ発生源の調査が始まった。それも中共に邪魔されながら。まぁ、やったふりになるだろう。

ウチら地域は、今日真夜中激しい雨が降りました。冬の嵐のように。午前5時半ごろ目覚めた時はすっかり上がり、やがて眩しい太陽が。コロナ禍も、ワクチンが世界でだんだん普及しているという朗報に、トンネルの出口の光が見えてきました。日本での感染者も現在は少しづつ山から下り坂のような、3月後半には65歳以上のワクチン接種が始まる予定と。しかしなんだかんだで一波乱、二波乱は起きるだろう。

ようやくWHOのコロナ発生源の調査が始まったと。まぁやっと中共がそのための入国を許したそうだ。発生後すぐ閉鎖された海鮮市場、武漢に出来たコロナ克服記念館など訪れているシーンがTVで披露されていたが。しかし、中共は以前からコロナに関するSNSやHP・個人メール・論文まで徹底的に削除していると。次に発生源と言われている武漢ウィルス研究所・P4ラボ(研究所)の調査を行うとかの報道。交通事故はすぐその場で警察が調査するから正確に結果がでるが、1年もたって調査したって何の意味もない。こんなことは世界中の良識のある人なら常識だろうが。このブログでも半年前に連載でこのP4研究所が怪しいと記事にした。NHKスペシャルでやっていたのだが、雲南省に「死の山」と言われている山があって、大昔から村人がその山の洞窟に入ると何故か病に襲われ死んでしまうと。やがてそこに生息しているキクガシラコウモリではないかと調査団の見解だった。なぜかそのコウモリ自身は感染しない。これには特別な抗体があるのではないだろうか?サーズウィルスが流行したとき、中国調査団はそのコウモリを捕まえ、なんとかその抗体を解明しようと、ウィルス研究所に持ってきて、このコロナウィルスの研究をしていた。それには米国、フランスからの多額の資金提供もされたと。その後、米国、フランスの研究者が武漢にあるウィルス研究所を視察したのが、このままではウィルスが外に漏れる恐れがあると忠告した経緯があったそうだ。・・・・・・・・

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2021年1月14日 (木)

コロナ禍の毎日。シンガポールに赴任滞在していた娘家族が帰ってくる。NZからコロナ情報が届きました。

コロナ禍の毎日

オイラと同様の団塊世代の人たち、コロナ禍の中、毎日どうのような生活をしているのだろうか。オイラは少々の年金と不動産賃貸収入、リモートワークでの建築設計アドバイス、柑橘栽培での少々の収入(純利益は4人の孫へのお小遣い合計と冠婚葬祭費程度)で生きています。昔の現役のころのように外出打ち合わせも皆無となり、様々な会合・親睦会もなくなり、さらに今は自粛、外出といえば近所の店舗に行くだけの生活です。まぁ、カミさんとは毎日濃厚接触をしていますが。

それでもPCという、まこと便利な世界を享受してインターネットの世界で楽しんでいます。インターネットの世界はまさに無限です。この世界には30年近く楽しまさせてもらっています。同輩のなかでも、この世界にはまったく縁のないのが数多くいます。せいぜい読書かテレビを楽しむことぐらいかもしれません。いわゆるデジタルディバイド(情報弱者)といわれる人たちですが。町内の人たちと話しても、それらの人とは話が通じないことが多いです。この世界を満喫するのは、ある程度の諸費用が掛かりますし、なによりどうしてもの必要性がないと、面倒くさいで取っ掛かりがなかったのでしょう。

テレビですがライブで観ると、とにかくCMが煩わしい。特に最近は叫びまくるようなCMの演出が多すぎて、CMになると消音ボタンを押します。おバカそうなタレントがバカ踊りしながら、叫びまくっていて、せめて音声だけでも聞かなくてすむようにしています。またCMの数も増え過ぎているような。だからライブで観るときは忙しいのです。もちろん50に2つか3つは耐えられるようなCMもありますが。テレビ番組はレコーダーに自動録画設定をしておいて、就寝時に再生し、CM飛ばしで観ています。昨夜のBSフジのプライムニュースの真田・鈴置コンビの出演は楽しみました。1時間遅れの追っかけ録画の再生で。

昨日は退屈なので、同輩の町田のお喋り男のユタ坊と1時間ぐらい携帯でお喋りをしました。お互いお喋りなので、話は尽きません。彼とは高校時代の同級生なのですが、当時のお互いの環境を話し合い、改めて初めて聞くようなことが多かったです。彼、父親の起こしたレンズの会社(大成功)に属して、アフリカのケニヤや米国のペンシルベニア等にそれら仕事の関係で長期赴任をしていたので、話題は豊富です。ただ彼末っ子だったので、結局兄さん達のサポート役の人生だったと。末っ子の悲哀が一部伝わりました。まぁ彼はそれを楽天的にとらえていましたが。

そうそう、赴任といえば・・・・・・

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2021年1月10日 (日)

どんどん焼き?どんど焼き? ますます勢力を拡大の武漢コロナ

小正月の風習、「どんどん焼き」と「どんど焼き」とは

昨日、2つある玄関の正月お飾りも外しました。毎年正月には海岸でこれらお飾りなどを持ち寄り、「どんどん焼き」をするのですが、未だその詳細な知らせが来ません。どんどん焼きも中止になるのか?と思って海岸に行ったら、町内会の各組長が総出で「どんどん焼き」の準備をしていました。来週の日曜日にこれに火を付け「どんどん焼き」とします。それまでに正月のお飾りを各自ここに持って行ってくくり付けます。そして来週17日の日曜日の早朝に火を付け、団子を火で炙り、これら食しながら無病息災を祈ります。

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この風習はいつから始まったのか誰も知らないようです。調べて見ますと、市内では古くから「どんどん焼き」と言い伝えられていますが、全国的には「どんど焼き」が正解なようです。

どんど焼きの意味と歴史。名前の由来は?地域別の呼び名は?

どんど焼きという名前の由来については諸説あるのですが、「尊(とうと)や尊(とうと)」と囃しながら櫓で火を燃やしたのが、

後に訛って「どんど」に変わったという説と、どんどんと燃える様子から名付けられた説(どんどん焼き)の二つが有力な由来です。

どんど焼きの呼び方は地域によって違います。代表的なものを紹介しましょう。

東北や、四国や九州の西日本の幅広い地域では「どんど焼き」「とんど焼き」、主に京都や北陸、中部などでは「左義長」と呼ぶことが多いようです。

山形や神奈川では、「道祖土焼(さいとやき)」

長野では道祖神を統括した神主の名前から「三九郎(さんくろう)」と呼ばれています。

これらは、ほんの一例で、同じ県の中であっても名称が違うこともあります。

よくあるのですが、最初に、このような村の行事をやってみようというリーダー達がいて、つい用語を間違って広めてしまうことがよくあります。「どんど焼き」を「どんどん焼き」(たしかにどんどんと燃えるので説得力あり)で広めてしまう。祭りで縄に付ける半紙を稲妻形にしたもの「おしだ」をここの地域では「おしめ」と言っています。しめ飾りの「しめ」からそうなってしまったようです。調べてみますと、ここの地域以外でも「どんどん焼き」で通しているところもあるようです。しかしオリジンとしますと「どんど焼き」が正解なようです。なぜかといいますと「どんどん焼き」とは「水に溶いた小麦粉を主体とする日本の鉄板焼き料理である。」になってしまうからです。

衰えるどころか、ますます勢力拡大の武漢コロナ

NZのデンコさんに、コロナについてNZではどうなっているのかeメールをしました。まだ返事は来ないですが。先程朝食時に観たTVにNZの年越しの模様が出てきて、北島のオークランドでは、花火を打ち上げ、数万人が広場に集まりカウントダウンをしたとか。それも大半がマスクなしでワイワイ、ガヤガヤとか・・・・

 

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2021年1月 4日 (月)

新年おめでとうございます。元旦は年長孫とポンカン狩り、2日は正月BBQ このコロナ禍で怖いもの知らずに。

新年おめでとうございます。このブログに訪れてくださいまして、心より感謝致します。

昨年は2月から始まった武漢コロナの影響で、日本のみならず世界中がひっくり返った1年でした。いままで、調子の悪い時しか、体温を計ったことはなかったのですが、コロナの影響で自宅・事務所にいる時は、数時間おきに計ることが癖となりました。全てセーフですが。生活面で我が家でも娘3家族との往来も途絶え、ビデオ通話でしか、対面会話は出来ませんでした。ジージ、バーバは高齢なので、もしコロナを伝染させたら、大変なことになると。ジージ・バーバが死んじゃうよと。それでも市内にいる次女家族の決死隊として、年長孫が2ヶ月に1回ぐらい、連絡係で訪問したぐらいでした。彼も新幹線通学で目白とを往復していますので、コロナにはオニママの司令で十分気を付けているようです。元旦には弟の分を含めて、お年玉の回収に訪れました。午後天気が最高良かったので二人でイベントとして、柑橘園で2本のポンカンの若木を収穫しようと、協力しあって済ませました。彼今や高1なのですが、身長はオイラを超え、足のサイズも27。2011年、たった10年前に大井川鉄道の二人旅を1泊かけてしたのですが。

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後ろの2本の若木がポンカンの木です。彼、腕力も一人前になっていました。まったく月日は早く早く流れていますね。

正月2日には、蘇州のイサ坊と三島の馬敬礼トシ坊と3人で恒例の正月BBQを、このコロナ禍の中、決行しました。・・・・・・・

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2020年10月 4日 (日)

オクトーバー・サプライズはトランプ大統領の武漢コロナ感染だった。まるで喜劇のようなことが起こった。

驚いてしまいますね。10月の1日にトランプの女性側近スタッフのホープ・ヒックス嬢が武漢コロナの検査をしたら陽性が出たと。やばいとトランプ夫婦が検査をしたら、夫婦共に陽性で感染していた。それを2日にトランプが「コロナに感染しちゃった」とTwitterに投稿、米国、世界中が大騒ぎになってしまいました。あと1ヵ月後11月3日に大統領選挙があるのに。まるでコメディーのようなオクトーバー・サプライズが起こりました。彼はマスクをするのが大嫌いのようで、側近スタッフらにもマスク着用は徹底していなかったのようだ。そのことは随分前から衆知の事実でしたが、医療班がしっかりサポートをしているのだろうと受け取っていましたが、ありのままだったことにビックリ仰天。数千人の演説会でも設営班スタッフはマスク着用には無頓着のようで、テレビで会場風景を見ると、半分以上がマスクをしていないで、ワーイワーイ!と叫んでいる。これじゃあクラスター発生は「あったり前田のクラッカー」(少し古い)だ。そのままホワイトハウスのスタッフ達もこの状態。ペンス・イバンカ・クシュナーは陰性だったらしいが、他14名が陽性だったと。完全にホワイトハウス・クラスター発生だ。トランプとしたら、あのランボーの様に強い体を見せたかったようだが、武漢コロナはそんなことは通用しない。ブラジルの大統領ボルソナーロとまったく同じパターン。

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早速軍用へりで病院に入院した。・・・・・・・・・

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2020年9月30日 (水)

イチジクの食べごろの実をハクビシンに喰われてしまった。9月は物がよく壊れた。武漢コロナ防疫では相変わらず日本は良い成績です。

ようやく、9月27日から、前線がなくなり、秋らしい日々となりました。7月雨続き、8月猛暑日、真夏日続きの今年はやはり異常な天候だったと云えるでしょう。植栽3年目のイチジクが、たわわに実をつけて、段々下から実が膨らんで、赤紫色になり食べごろになるのですが、5日前のチェックでは7個食べごろを見つけたのですが、昨日行ったら、それらすべてがないのです。中には実半分の喰いかけが。どうやらハクビシンが犯人でしょう。カミさんに「今日は美味しいイチジクを取って来るから楽しみに♥ 」と云って大恥をかいてしまった。イチジクや甘柿はハクビシンの大好物なのです。木の四隅に鉄筋棒を立て、網目の細かいネットを周囲に張り巡らしたのですが、ハクビシンはわずかな隙間からも侵入し、細い枝さえ渡り歩きます。そこで周囲を片づけ、20年近く前、伊東の現場で使ったガルバリューム鉄板屋根材の余りが10枚ぐらい保管してあったのですが、これで本格的に囲いを作ろうと思い立ち、早速仮囲いをしてみました。こりゃ行けそうだ。今日の午後に柑橘園に行き、その鉄板に電動ドリルで穴をあけ、針金を通して固定する作業です。余りも出るので、それ以外イノシシ避けの囲いでも使う予定です。

ほかに、2本ある甘柿は、昨年まで数年間全部取られ喰われてしまったので、木の下から上まで1mぐらい有刺鉄線でグルグル巻きにしてみました。現在そろそろ甘柿が色付きはじめまして、様子をみています。相手は丈夫な爪を立てて登りますので、果たして成功するか。まさに害獣との戦略戦で、どちらが勝つかを楽しんでいます。

この9月は物が壊れることが続きました。・・・・・・・

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2020年8月13日 (木)

今日はお盆の入りです。祖先崇拝です。ご先祖様との懇親です。NZのダニーデンからのお便り。

今日は8月13日、お盆の入りです。武漢コロナ禍で、7月中旬の町内会の祭りは中止になり、JAの総代会の総会も中止、そして毎年お盆の14日午前に来る菩提寺の棚経も中止です。その分お盆志納料(つけとどけ)と棚経回向料を寺に納めに来いと。そしたら棚経先祖供養塔婆札を渡すと。寺には先祖を人質に取られているので、腹の立つこともあるが、仕方がない。オイラの宗教観?は、日本古来からの祖先崇拝だけは守りたいと思っている。この祖先崇拝の思想に海を渡ってやってきた仏教各宗派が、旨く入り込んで葬式仏教と為していると解釈している。そもそも仏教の開祖釈迦は、「人間死んだらあの世があると思ってはならないし、ないと思ってもならない。」つまり死んだ後の事は考えるな!というのが戒めだった。日本人は縄文・弥生を通して先祖のお陰に感謝して、祖先崇拝を大事にしてきた。これはしかし万国の人種にも共通する思想だったと考えます。但しキリスト教などの一神教が、この祖先崇拝の思想を壊してしまった歴史もあります。過去記事なのだが・・・

オイラの40代前からのご先祖様は2兆人いるんだよ!

なんたって、自分が生まれるのには、一人の父と一人の母からだから、迷いなく計算が出来る。例えば4代前の数は2の4乗の計算式で算出される。エクセルでは =2^4 をセルにぶち込めば16となり2の4乗=16で先祖の数は16人ということになる。

先祖の人数 (先祖の累計人数)

1代前   両親 2人 (2人)

2代前   祖父母 4人 (6人)

3代前   曾祖父母 8人 (14人)

4代前   高祖父母 16人 (30人)

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因みに40代前には、総勢何人になるのか?2の40乗で計算出来る。Excelのセルに 「=2^40」と入れると、自動計算でなんと「1,099,511,627,776人」となる。1兆995億1162万7千776人だよ。信じられないでしょう!

少なくとも、面影のある(写真だけでも)祖先は6人いるわけで、自分の染色体(DNA)にはそれらの先祖のが濃い薄いにしても、十分混じっている。時々それらの人々に思いを巡らし感謝し、形はどうあれ何度も思い出し崇拝することが祖先崇拝だ。そのように考えるとお盆・彼岸も理解が出来ます。数日前、ポン友トシ坊とお茶した時、お盆は死者の霊が自宅に帰ってくるのに、なぜ墓参りをするのかという話になった。彼石材店(お墓屋)なのだが、結局あの世からこちらに帰ってくる途中、墓に寄って着替えをして、迎え火を目印に仏壇に帰ってくるのだろうと、なんでもありの話となった。熱海では代々お盆には霊が東京神田の本屋に行って、本を買うために、仏壇に小銭を置いておくという慣習もあります。お盆が終わったら、子供か孫にその小銭を与えると(お盆玉か)。これイタリアの田舎の町でも、まるでサンタクロースの役をお爺ちゃん・お婆ちゃんの霊がしてくれる習慣(たしか11月)があるとテレビ番組で知りました。・・・・・・

メル友のNZのデンコさんからのコロナ情報・・・・・

 

 

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2020年8月 5日 (水)

長い今季の梅雨が明けました。東・東南アジア人種は、武漢コロナに対して自然免疫をもっているかのような現象が続いている。毎年のインフルエンザ以下のような。

8月1日になって、今季の梅雨は明けました。備忘録で振り返ると6月中旬ごろから、夏日は少なく、雨と曇りが続きの梅雨入りでしたが、それが7月になって、ほとんど雨降りが続き、時に依っては、豪雨となり、熊本、山形に豪雨被害をもたらしました。雨降りと武漢コロナ禍での自宅こもりで、体を動かすことも減少して少し鬱状態にもなりました。まぁ、オイラは建築設計業という事務所で籠って仕事をするのは数十年の日常ですからそれほどではないですが。やはり人間は、人それなりに体を動かし、筋肉を鍛えないといけません。オイラの場合は柑橘栽培で、体を動かし、太陽に当たり、ビタミンDの増産(30分/日で良し)、体の各筋肉を鍛えることを続けています。

2012年4月に次女家族と一緒に沖縄本島に旅行をした時、インフルエンザに感染して、帰宅したら早速39度超えの高熱を発していて、厚着で布団に包まり、発汗を促し下着を何回も替えるという大昔のやり方で3日後完治しました。還暦以後大病したのはこれだけです。因みのこの時自宅療養でカミさんが感染し、医院に行き調べたら、香港A型インフルエンザだったそうで、彼女は医者からの薬で治りました。オイラより軽症でした。日本での武漢コロナ、現在PCR検査を大幅に増やして、再度の第2波だと大騒ぎですが、第1波の時のように重症者や死者が全然増えない。無症状者や軽症者がほとんどだと。欧米の感染者と比べ、全般的に1/100以下の被害だそうだ。そう、オイラがインフルエンザに罹った時と同様で、自然治癒が多いそうだ。日本人が持っていた自然免疫の為せる技なのか。因みに自然免疫の場合、獲得免疫と違って抗体検査では出てこないそうです。この自然免疫の解析がファクターXなのか?

そんなこんなの7月でしたが、曇りの日を選んで、午後から柑橘園に行き2時間から4時間汗を流し、帰宅してシャワーを浴び、カミさんの作る夕食が出るまで、テレビ録画を観ながら、軽く一杯が最高に感じます。7月はそんな日がそれでも6日ありました。朝、昼の報道番組では、接待式飲食店(風俗店)での武漢コロナ感染が非常に多いと。面と向かって喋りまくるわけですから、それもアルコールを伴って緊張感もなくですからね。古希越えのオイラとしては、すでに完全にこれらの世界は卒業しています。・・・・・・・

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2020年7月25日 (土)

雨を避け、曇り日を狙った柑橘栽培。8月の孫との旅が実現するか。怒り頂点の米国トランプ、米中戦争一歩手前

今日も雨時々曇りで、雨読の一日です。ウチの地域(南熱海)では、6月10日夜から約45日間、数日を除いてあの真夏の照りつけるような猛暑日はなく、雨と曇りの毎日でした。太平洋高気圧が未だ弱く、梅雨前線を北に追っ払うことが出来ません。中国の長江沿いは、インド洋が高温化して水蒸気団が来たせいか、、未だに大量の雨が襲い河川が溢れ、大洪水が収まりません。報道では80年ぶりの豪雨だとか。現時点で4500万人が避難しているとか。歴代遊水地を埋め立てて開発が進んできたのですが、それが災いしたのか、建物が水没した地域がますます広がっています。ネットでは中共憎しで面白がって三峡ダムの崩壊を願っているようですが、未だ健在です。これが本格的に崩壊したら、下流にある武漢・南京・上海など壊滅的な災害となり、避難者は億の単位の人数となるでしょう。

この天気、柑橘栽培から見ると、曇りの日を狙って、作業するのには心地が良いです。あのクソ暑い天候の中では、へたばりますからね。段畑の縁に植栽してあるお茶の木が、昨年刈り込みをしなかったので、背丈が伸び、今回午後から2日掛けて草刈り機で払いました。これでちょうど半分、残りはまた雨降りでない時に残しています。21日には、7月の防除もしました。父親の代から約40年使った汎用エンジン(5馬力)を騙し騙し使ってきたのですが、とうとう使用不能で決断をして、ヤフオクで中古のエンジンを取り寄せ、それを取り付け防除をしたのですが、一発で起動するし、音も静か。いままで問題あり過ぎのエンジンだったので、防除については悩みの種でしたが、ヤフオクのお陰で助かりました。なぜもっと早くしなかったのですが、今回初めてヤフオクを見つけ、半信半疑で注文し、結果が大変良かったです。5年早くすれば良かった。ここは、様々な機械類の中古部品を取り扱っているようです。新品を買うことのない場合、お勧めです。

高1になる孫と8月中に二人で大阪に旅をしようと約束してあるのですが、またまた武漢コロナの感染者が増えて来て、ペンディング中です。8月になれば、インフルエンザのように消えてしまうだろうと思っていましたが、この武漢コロナは違うようです。ビジネスホテルに2泊ぐらいして、大阪城、通天閣、食い倒れの道頓堀、あべのハルカス 等々孫と珍道中をと思っていますが、実現するかどうか。孫は大変期待しているようですが。20歳代のころ、2回程大阪万博で車で大阪に行きましたが、道頓堀で食事をしただけでした。高速道路から街を見下ろすと、緑地の少ない街だなと当時感じました。鉄道マニアの孫ですから、交通はもちろん新幹線です。

米中戦争一歩手前

武漢で発生した武漢コロナが世界中に拡散して・・・・・・・・・・・

 

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2020年7月 5日 (日)

植民地時代の宗主国の贖罪に今も悩まされている今の国々と今の子孫。過去の贖罪から解き放たれる日は来るのか?差別が逆差別を生むループは続く。

未だに、米国では例の「Black Lives Matter」運動が続いています。デモの様子をTVで見ると、約半分は国内の白人が参加しています。武漢コロナの新感染者はこれにより益々増え続けています。多民族国家ではない日本人から見ると、その黒人差別の日常というのは、ぼんやりとしか分りません。ただ大航海時代、欧州の国々は先を争って、アメリカ大陸、南アメリカ大陸、東南アジア、オセアニアを植民地化して、そこから莫大な富を自国にもたらし発展してきたわけです。こんにちまでの発展のプラットフォームはそこにあります。

オイラも過去からいろいろな国に観光し滞在して漫遊をしてきました。1975年前後27歳前後だったか、25歳で結婚してカミさんが当時JAL勤務だったので、航空券の割引券が容易に手に入り、ハワイ(新婚旅行)、香港、ギリシャ、フランス、デンマークとスウェーデン、イタリア、スイス、タイ等々、新宿で伯父の経営する建築設計事務所の所員だったのですが無理をいって、休業扱いで年に数度の海外旅行漬けでした。1旅1週間ぐらいだったが。イタリアのバチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂とその広場に行った時、そのボリュームとグレードに感嘆し畏怖を感じました。そのころまだまだ歴史知識も低かったのですが、世界各地の国々を植民地にして、これだけの富を築き上げた欧州にまさしく感嘆し畏怖を感じた次第です。

その後、過去の備忘録を見ると、こんにちまでに、マレーシア2回、ベトナム、シンガポール3回、カナダ7回、米国4回、スペイン、イギリス、ドイツ、トルコ、豪州、NZ、グァム島3回、サイパン島、中国5回と仕事で上海3カ月滞在、台湾3回、韓国2回、タイ2回、フィリピン2回、ハワイ3回等々で、数が多かったカナダには仕事の関係(輸入建築)で、バンクーバーに最長滞在1カ月した。その都度帰りの土産は活きたダンジョネスクラブでした。南米にはまだ行っていませんが、もはや歳なので行きたい気持ちはそんなにありません。オイラの亡き父親も海外旅行好きで、南米には行っていますが。通りすがりでしたが、各国の人々と対面し、通りすがりの懇親、街の空気など吸ってきました。オイラ建築家として、やはり建築物・都市計画には大変興味があり、それがまた勉強でした。その中でもロンドン、パリにあれほど黒人系が多くいたのに驚きました。しかし、カナダのバンクーバーには黒人は非常に少なかった。トルコのイスタンブルでは黒人はほとんどいませんでした。NZも同じようでした。スペインの各都市も黒人を見たことはありませんでした。バンクーバーで、なぜ米国とこんなに近いのに、黒人が少ないの?と聞いたら、多分黒人の移民は制限しているのではとの答えだった。まぁ、黒人といってもエチオピア系とコンゴ系は大きく違います。正真正銘の黒人は、肌が限りなく黒く、骨太で筋肉質、体格も大きく、格闘したら絶対負ける程です。比重が大きいので、水泳には不向きと、カナダの友人パットが言っていました。彼は水泳の指導員を大学時代アルバイトでしていました。・・・・・・・・・・・・

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