カテゴリー「ヨタ話・ザツ話」の371件の記事

2021年2月 8日 (月)

長い長い男女の歴史の中で、男の得て不得手、女の得て不得手は本能の中に組み込まれている。役割の違いを利用した理想社会を作ることが必要

人類の歴史のなかで、男と女の役割というのは自然発生的出来てきたのだろう。男は筋肉・体力が女よりはるかに勝り、獲物を獲って帰ってきたり、他の部族との争いを静めたり、男特有な知見を働かせて、家屋をつくったり、修理したり。これらが男特有の役割りだ。女はその体力で出来る範囲の収穫、料理 出産と子育てなどだ。これらが女特有の役割。近代になって一人の男と一人の女がペアーを組み、夫婦として助け合って生きて行くのが最良という時代になった。そして夫は妻並びに子供を守ることが当然の認識だ。もちろんイスラム教下の中では、今でも余裕のある男は妻を4人まで持っていいということになっているが、これは長い争いの時代、戦死などで極端に男の数が減り、それを補う知恵からそのようになったと。まぁ太古の時代は本能むき出しで、一人の男が数十人の女を自分の配下においた時代も最近まであったが。自分の子孫を増やしたいという動物的本能からだが。

文明の発達した現代では、上記のような男女差は必要としない時代となって来た。しかし過去の本能を引きずっているわけで、男の発想、男の処理の仕方、片や、女の発想、女の処理の仕方というのは今も生きていると思う。男は立ち小便、女がしゃがみ小便がいつまでも変わらないように。そんな中19世紀から20世紀前半まで起こった第1波フェミニズム運動、その後1970年以降起こった第2波フェミニズム運動と経緯した。記憶しているのは、ウーマン・リブ運動だ。こちらは1960年後半から1970年前半で、舞台は欧米や日本。「女性も男性と同じ仕事が出来る」「女性は男の奴隷ではない」と。日本ではピンクのヘルメットを被って活動した。中にはフランスあたりでは女性が、男と同じ様に胸当て(ブラジャー)を捨て、男と同じような服装をするんだと。中身はブラブラおっぱいで街を闊歩していた。オイラ確か1975年頃、カミさんとパリの街を歩いたのだが、パリジェンヌの何人かは、ノーブラだったのを覚えている。結婚式で観た花嫁衣装もノーブラだった。カミさんには秘密で楽しまさせてもらった。・・・・・

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2021年2月 2日 (火)

1年経って、やっとWHOによる中共武漢でのコロナ発生源の調査が始まった。それも中共に邪魔されながら。まぁ、やったふりになるだろう。

ウチら地域は、今日真夜中激しい雨が降りました。冬の嵐のように。午前5時半ごろ目覚めた時はすっかり上がり、やがて眩しい太陽が。コロナ禍も、ワクチンが世界でだんだん普及しているという朗報に、トンネルの出口の光が見えてきました。日本での感染者も現在は少しづつ山から下り坂のような、3月後半には65歳以上のワクチン接種が始まる予定と。しかしなんだかんだで一波乱、二波乱は起きるだろう。

ようやくWHOのコロナ発生源の調査が始まったと。まぁやっと中共がそのための入国を許したそうだ。発生後すぐ閉鎖された海鮮市場、武漢に出来たコロナ克服記念館など訪れているシーンがTVで披露されていたが。しかし、中共は以前からコロナに関するSNSやHP・個人メール・論文まで徹底的に削除していると。次に発生源と言われている武漢ウィルス研究所・P4ラボ(研究所)の調査を行うとかの報道。交通事故はすぐその場で警察が調査するから正確に結果がでるが、1年もたって調査したって何の意味もない。こんなことは世界中の良識のある人なら常識だろうが。このブログでも半年前に連載でこのP4研究所が怪しいと記事にした。NHKスペシャルでやっていたのだが、雲南省に「死の山」と言われている山があって、大昔から村人がその山の洞窟に入ると何故か病に襲われ死んでしまうと。やがてそこに生息しているキクガシラコウモリではないかと調査団の見解だった。なぜかそのコウモリ自身は感染しない。これには特別な抗体があるのではないだろうか?サーズウィルスが流行したとき、中国調査団はそのコウモリを捕まえ、なんとかその抗体を解明しようと、ウィルス研究所に持ってきて、このコロナウィルスの研究をしていた。それには米国、フランスからの多額の資金提供もされたと。その後、米国、フランスの研究者が武漢にあるウィルス研究所を視察したのが、このままではウィルスが外に漏れる恐れがあると忠告した経緯があったそうだ。・・・・・・・・

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2021年1月23日 (土)

不動産登記簿に残された残滓(ざんし)・残渣(ざんさ)。オイラの爺様と時空を超えて触れ合ってきました。

今日は久しぶりに雨の一日となりました。これから夕方・夜、そして明日に掛けて雨はさらに強くなると。今日昼のテレビBSで、オイラの嫌いな二人が、あの2・26事件について特集をしていました。そう昭和11年(1936年)2月26日に起こった軍事クーデター未遂事件の起こった日についてです。これ中・高でも近現代史で習いました。まぁ昭和23年生まれのオイラにとって、幻のように遠い昔なのですが。ただこの昭和11年には最近オイラにとってある「思い」があるのです。

不動産登記法の残滓と残渣

父親から18年前に相続した土地についてなのですが、その土地は、オイラの住んでいる地域の里山にあります。不動産登記簿の甲区によると父の時代にその土地(1728㎡)、昭和48年(1973年)にある企業により売買予約がされ、「所有権移転請求権仮登記」が設定され、そのまま今日に至っています。地目は畑です。相続数年後、どんな土地かと調べようとしたのですが、あまりの急峻な土地であり、雑木林となっていましたので億劫になり実行しませんでした。いわゆる耕作放棄地というやつで。聞いたところによると、当時その企業が、大分譲地開発、またはゴルフ場開発を目論んで、所有者から買収するために活動したのですが、地目が畑だったので、農地法5条の許可を得なくてはならず売買予約の仮登記をして、事業を進めていきました。しかし、計画全ての土地を獲得出来ず、またその開発計画も行き詰まり、ずっとそのままになって来たようでした。

当時は土地バブルの初っ端なのか、この土地に乙区欄には、その仮登記の債権に対して極度額32億円の根抵当権設定仮登記がなされていました。今では考えられないことが、当時は、普通に行われていた時代だったのでしょう。それ以後日本中が土地神話に基づき、土地バブルに狂っていきました。やがて、1990年から株式バブルが崩壊していき、バブルによって土地の価格がとても庶民には手が届かない価格になり、それに暗躍する地面師や暴力団の買い占めなども跋扈し、社会問題化した時代でした。1980年代後半には、東京都の土地の価格の合計で、米国全土の土地が買えると、まるで信じられないような話が飛び交っていました。1990年代になって、政府は土地の総量規制に打って出て、銀行筋には、土地購買に対する融資規制に乗り出しました。もちろん根抵当権にもメスが入りました。最近、次に相続させる子孫に、こんな土地のまま継がせるには忍びないと、この件について本格的に調査に入りました。・・・・・・・

 

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2021年1月14日 (木)

コロナ禍の毎日。シンガポールに赴任滞在していた娘家族が帰ってくる。NZからコロナ情報が届きました。

コロナ禍の毎日

オイラと同様の団塊世代の人たち、コロナ禍の中、毎日どうのような生活をしているのだろうか。オイラは少々の年金と不動産賃貸収入、リモートワークでの建築設計アドバイス、柑橘栽培での少々の収入(純利益は4人の孫へのお小遣い合計と冠婚葬祭費程度)で生きています。昔の現役のころのように外出打ち合わせも皆無となり、様々な会合・親睦会もなくなり、さらに今は自粛、外出といえば近所の店舗に行くだけの生活です。まぁ、カミさんとは毎日濃厚接触をしていますが。

それでもPCという、まこと便利な世界を享受してインターネットの世界で楽しんでいます。インターネットの世界はまさに無限です。この世界には30年近く楽しまさせてもらっています。同輩のなかでも、この世界にはまったく縁のないのが数多くいます。せいぜい読書かテレビを楽しむことぐらいかもしれません。いわゆるデジタルディバイド(情報弱者)といわれる人たちですが。町内の人たちと話しても、それらの人とは話が通じないことが多いです。この世界を満喫するのは、ある程度の諸費用が掛かりますし、なによりどうしてもの必要性がないと、面倒くさいで取っ掛かりがなかったのでしょう。

テレビですがライブで観ると、とにかくCMが煩わしい。特に最近は叫びまくるようなCMの演出が多すぎて、CMになると消音ボタンを押します。おバカそうなタレントがバカ踊りしながら、叫びまくっていて、せめて音声だけでも聞かなくてすむようにしています。またCMの数も増え過ぎているような。だからライブで観るときは忙しいのです。もちろん50に2つか3つは耐えられるようなCMもありますが。テレビ番組はレコーダーに自動録画設定をしておいて、就寝時に再生し、CM飛ばしで観ています。昨夜のBSフジのプライムニュースの真田・鈴置コンビの出演は楽しみました。1時間遅れの追っかけ録画の再生で。

昨日は退屈なので、同輩の町田のお喋り男のユタ坊と1時間ぐらい携帯でお喋りをしました。お互いお喋りなので、話は尽きません。彼とは高校時代の同級生なのですが、当時のお互いの環境を話し合い、改めて初めて聞くようなことが多かったです。彼、父親の起こしたレンズの会社(大成功)に属して、アフリカのケニヤや米国のペンシルベニア等にそれら仕事の関係で長期赴任をしていたので、話題は豊富です。ただ彼末っ子だったので、結局兄さん達のサポート役の人生だったと。末っ子の悲哀が一部伝わりました。まぁ彼はそれを楽天的にとらえていましたが。

そうそう、赴任といえば・・・・・・

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2020年10月10日 (土)

中折れ台風14号。LINEのビデオ通話を拡散しています。人生は楽しい。

台風14号

2日ぐらい前の時点では、台風14号は土・日には、中心が伊豆半島南端、房総半島南端をかすめ、三陸沖の方に抜けていく予想で、こりゃ少し注意をしないといけないと思っていたのですが、あのいきり立った進行方向から急遽変更で、丸く円を描くように南下して、問題の土・日はほとんどこの地域は影響がなくなりつつあります。まるで日本列島が好みに合わなかったのか、精力が足りなかったのか、中折れ台風14号でした。まるで嘗ての社民党又市のような台風14号でした。こんな台風はめったになかったと感じました。

心配したのは平地圃場約1000㎡に6年生・7年生の青島みかんの木が22本、すくすく育っているのですが、昨年まで木の成長を優先して、果実を全部摘果していたのですが、今季から若木として初めて果実を生らせて、収穫を楽しみにしています。しかし、まだ幹の太さもそれほど太くなく、台風の大風で煽られると木が根からひっくり返ってしまい、下手をすると果実が全滅の可能性も。とりあえず簡易に支え支柱をくくりつけていますが、完全ではないのです。理想的には三叉に組んで3方支柱で支えるのが良いのですが、そこまで間に合いません。運に任せるしかありません。良い香りを楽しませてくれたキンモクセイの花がこの風と雨でほとんど落ちてしまいました。

ビデオ通話

以前記事にもしましたが、・・・・・・・

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2020年9月16日 (水)

除草剤散布が終わりました。午後に首相指名選挙が行われ、菅内閣総理大臣が誕生しました。トヨタの株主総会での豊田社長の「ロバと老夫婦」の寓話。

やっと、エアコンをつけなくてもなんとか過ごせるような気温になりました。今晩はケン坊と呑み会の予定です。久し振りの吞み会です。

予定より1日送り、一昨日14日に除草を行いました。午前9時半から午後6時までの長丁場でした。約2000㎡になる段々圃場と約1000㎡の平地圃場の除草剤噴霧をエンジン&圧水機の助けを借り、全て一人で完結しました。やっている最中は夢中で、疲れ知らずでどんどん体が動いていきます。古希越えの体とは思えない程です。かえって若い頃より体が動き易いです。その夜と昨夜は、久しぶりの熟睡を得ることが出来ました。しかし、さすがに昨日と今日は多少各筋肉が統制とれないのか、だるさや少し痛みで動きにくい。しかしまだまだ若い者には負けませんが。

今日16日の午後、臨時国会で首相指名選挙が行われ、正式に菅内閣総理大臣の誕生です。各閣僚も今日までに全て決まりました。ところでこの菅義偉(すが よしひで)って1948年12月の生まれなんですね。なんとオイラと同年生。まったく同じ時代を生きてきたわけで。オイラ、3人の娘がそれぞれ家庭をもち、世に放出し、現在4人の孫のグランパ(ジージ)になり、あとはカミさんと一緒に余生を送る毎日ですが、この菅首相の誕生でオイラも多いに刺激を受けました。まだまだ現役だよと。日本では今年100歳以上の人口が8万人と突破したと。百歳以上が初の8万人超 半世紀連続で増加、厚労省2020/9/15

厚生労働省は15日、「敬老の日」(今年は21日)を前に、全国の100歳以上の高齢者は過去最多の8万450人となり、初めて8万人を超えたと発表した。昨年から9176人増え、50年連続で増加。年間の増加人数も過去最多となった。女性が88.2%を占めた。・・・・・・・

なぜ男性より女性のほうが長生きなのか?これ永遠の謎かもしれないが、野生の動物界ではどうなんだろう。これを見ると古希越え年齢なんて、まだまだケツが青いのかも知れないね。地元の交際では80、90の先輩がゴロゴロしている。まさに石原慎太郎ではないが「老いてこそ人生」が始まる。まぁオイラも老害にならない程度で、良き長老として生きて行こうと日々励んでいます。菅首相、愚かな批判にめげず、わが道を進んでください。応援します。

ロバと老夫婦、ロバと親子の話

さて、面白い話を拾いました。・・・・・・・・

 

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2020年8月23日 (日)

天気予報通りの雨が降ってきません。柑橘の木が泣いています。始めてリモート通話をしてみました。未だ武漢コロナは第2波真っ最中

今夏は、7月中は毎日曇りか雨で、オイラの雨量計の計測では7月の累計は、670ミリでした。これ、1㎡当たり670リットル、200リットル浴槽3杯余の灌水と同じになります。もちろん1ヵ月中の時間を掛けてですが。8月1日から昨日まで22日間、毎日真夏日・猛暑日が続きました。こんなに乾燥が続くと、ウチの柑橘類の木が、「水が欲しいよ!」と叫んでいるかのようです。灌水をすれば良いのですが、この連日の暑さです。300リットル用のタンクに水を入れ、ガソリンエンジン+圧水機を回し、ホースの準備をして、段畑を駆け巡るのですが、当然300リットルではセミの小便です。何度も往復をしなければなりません。さすがに古希越えです。気持は元気ですが、噴射棒を持ったまま、熱中症で圃場(ほば)で倒れていたのを発見なんてことにならないよう、脳みその中で、白装束に身を固め、頭に2本のロウソクを括りつけ、体にお紙垂(しで)を張り付けぶる下げ、雨乞いをしていました。

そこに朗報、天気予報で今日、9時から夕方まで雨降りの記載が。あーこれで助かったと思ったのですが、10時になっても12時なっても曇っていますが、待望の雨が降りません。1時間ごとの天気予報をテレビ・ネットで何度もチェックしても、表示は雨なのに、雨が降りません。午後3時のレーダー雨雲表示では、午後はウチの地域は雨雲なしで回りはあり、まぁ4時半ごろから夜9時半ごろに雨雲が表示されていました。雨量もたいして期待が出来ません。当初の予報では今日は1日中雨降りだったのに。トホホです。

あともう一つ、8月の防除です。本来中旬にするのですが、この暑さで下旬になったら、涼しくなるだろうと伸ばしていました。ミカンサビダニ、ミカンハダニ、黒点病の防止です。これらをきちんやらないと商品価値のある成果とはなりません、捨てなければならない果実が大量となります。幸い今日から気温が下がっていくだろうという予報なので、エンジンの調子も良さそうですし、楽しみにしています。ブログおゆみ野四季の道 のオイラより2歳年上のブログ主さんと最近メル友になったのですが、彼のエネルギーには負けないよう刺激を受けました。マラソンとボランティアに人生を掛けているようです。

リモート通話

コロナ禍で、そうだリモート(ビデオ通話)に挑戦しようと6月ごろ、webカメラをAmazonで購入したのですが、・・・・・・・・・

 

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2020年8月13日 (木)

今日はお盆の入りです。祖先崇拝です。ご先祖様との懇親です。NZのダニーデンからのお便り。

今日は8月13日、お盆の入りです。武漢コロナ禍で、7月中旬の町内会の祭りは中止になり、JAの総代会の総会も中止、そして毎年お盆の14日午前に来る菩提寺の棚経も中止です。その分お盆志納料(つけとどけ)と棚経回向料を寺に納めに来いと。そしたら棚経先祖供養塔婆札を渡すと。寺には先祖を人質に取られているので、腹の立つこともあるが、仕方がない。オイラの宗教観?は、日本古来からの祖先崇拝だけは守りたいと思っている。この祖先崇拝の思想に海を渡ってやってきた仏教各宗派が、旨く入り込んで葬式仏教と為していると解釈している。そもそも仏教の開祖釈迦は、「人間死んだらあの世があると思ってはならないし、ないと思ってもならない。」つまり死んだ後の事は考えるな!というのが戒めだった。日本人は縄文・弥生を通して先祖のお陰に感謝して、祖先崇拝を大事にしてきた。これはしかし万国の人種にも共通する思想だったと考えます。但しキリスト教などの一神教が、この祖先崇拝の思想を壊してしまった歴史もあります。過去記事なのだが・・・

オイラの40代前からのご先祖様は2兆人いるんだよ!

なんたって、自分が生まれるのには、一人の父と一人の母からだから、迷いなく計算が出来る。例えば4代前の数は2の4乗の計算式で算出される。エクセルでは =2^4 をセルにぶち込めば16となり2の4乗=16で先祖の数は16人ということになる。

先祖の人数 (先祖の累計人数)

1代前   両親 2人 (2人)

2代前   祖父母 4人 (6人)

3代前   曾祖父母 8人 (14人)

4代前   高祖父母 16人 (30人)

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因みに40代前には、総勢何人になるのか?2の40乗で計算出来る。Excelのセルに 「=2^40」と入れると、自動計算でなんと「1,099,511,627,776人」となる。1兆995億1162万7千776人だよ。信じられないでしょう!

少なくとも、面影のある(写真だけでも)祖先は6人いるわけで、自分の染色体(DNA)にはそれらの先祖のが濃い薄いにしても、十分混じっている。時々それらの人々に思いを巡らし感謝し、形はどうあれ何度も思い出し崇拝することが祖先崇拝だ。そのように考えるとお盆・彼岸も理解が出来ます。数日前、ポン友トシ坊とお茶した時、お盆は死者の霊が自宅に帰ってくるのに、なぜ墓参りをするのかという話になった。彼石材店(お墓屋)なのだが、結局あの世からこちらに帰ってくる途中、墓に寄って着替えをして、迎え火を目印に仏壇に帰ってくるのだろうと、なんでもありの話となった。熱海では代々お盆には霊が東京神田の本屋に行って、本を買うために、仏壇に小銭を置いておくという慣習もあります。お盆が終わったら、子供か孫にその小銭を与えると(お盆玉か)。これイタリアの田舎の町でも、まるでサンタクロースの役をお爺ちゃん・お婆ちゃんの霊がしてくれる習慣(たしか11月)があるとテレビ番組で知りました。・・・・・・

メル友のNZのデンコさんからのコロナ情報・・・・・

 

 

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2020年8月 5日 (水)

長い今季の梅雨が明けました。東・東南アジア人種は、武漢コロナに対して自然免疫をもっているかのような現象が続いている。毎年のインフルエンザ以下のような。

8月1日になって、今季の梅雨は明けました。備忘録で振り返ると6月中旬ごろから、夏日は少なく、雨と曇りが続きの梅雨入りでしたが、それが7月になって、ほとんど雨降りが続き、時に依っては、豪雨となり、熊本、山形に豪雨被害をもたらしました。雨降りと武漢コロナ禍での自宅こもりで、体を動かすことも減少して少し鬱状態にもなりました。まぁ、オイラは建築設計業という事務所で籠って仕事をするのは数十年の日常ですからそれほどではないですが。やはり人間は、人それなりに体を動かし、筋肉を鍛えないといけません。オイラの場合は柑橘栽培で、体を動かし、太陽に当たり、ビタミンDの増産(30分/日で良し)、体の各筋肉を鍛えることを続けています。

2012年4月に次女家族と一緒に沖縄本島に旅行をした時、インフルエンザに感染して、帰宅したら早速39度超えの高熱を発していて、厚着で布団に包まり、発汗を促し下着を何回も替えるという大昔のやり方で3日後完治しました。還暦以後大病したのはこれだけです。因みのこの時自宅療養でカミさんが感染し、医院に行き調べたら、香港A型インフルエンザだったそうで、彼女は医者からの薬で治りました。オイラより軽症でした。日本での武漢コロナ、現在PCR検査を大幅に増やして、再度の第2波だと大騒ぎですが、第1波の時のように重症者や死者が全然増えない。無症状者や軽症者がほとんどだと。欧米の感染者と比べ、全般的に1/100以下の被害だそうだ。そう、オイラがインフルエンザに罹った時と同様で、自然治癒が多いそうだ。日本人が持っていた自然免疫の為せる技なのか。因みに自然免疫の場合、獲得免疫と違って抗体検査では出てこないそうです。この自然免疫の解析がファクターXなのか?

そんなこんなの7月でしたが、曇りの日を選んで、午後から柑橘園に行き2時間から4時間汗を流し、帰宅してシャワーを浴び、カミさんの作る夕食が出るまで、テレビ録画を観ながら、軽く一杯が最高に感じます。7月はそんな日がそれでも6日ありました。朝、昼の報道番組では、接待式飲食店(風俗店)での武漢コロナ感染が非常に多いと。面と向かって喋りまくるわけですから、それもアルコールを伴って緊張感もなくですからね。古希越えのオイラとしては、すでに完全にこれらの世界は卒業しています。・・・・・・・

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2020年7月 5日 (日)

植民地時代の宗主国の贖罪に今も悩まされている今の国々と今の子孫。過去の贖罪から解き放たれる日は来るのか?差別が逆差別を生むループは続く。

未だに、米国では例の「Black Lives Matter」運動が続いています。デモの様子をTVで見ると、約半分は国内の白人が参加しています。武漢コロナの新感染者はこれにより益々増え続けています。多民族国家ではない日本人から見ると、その黒人差別の日常というのは、ぼんやりとしか分りません。ただ大航海時代、欧州の国々は先を争って、アメリカ大陸、南アメリカ大陸、東南アジア、オセアニアを植民地化して、そこから莫大な富を自国にもたらし発展してきたわけです。こんにちまでの発展のプラットフォームはそこにあります。

オイラも過去からいろいろな国に観光し滞在して漫遊をしてきました。1975年前後27歳前後だったか、25歳で結婚してカミさんが当時JAL勤務だったので、航空券の割引券が容易に手に入り、ハワイ(新婚旅行)、香港、ギリシャ、フランス、デンマークとスウェーデン、イタリア、スイス、タイ等々、新宿で伯父の経営する建築設計事務所の所員だったのですが無理をいって、休業扱いで年に数度の海外旅行漬けでした。1旅1週間ぐらいだったが。イタリアのバチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂とその広場に行った時、そのボリュームとグレードに感嘆し畏怖を感じました。そのころまだまだ歴史知識も低かったのですが、世界各地の国々を植民地にして、これだけの富を築き上げた欧州にまさしく感嘆し畏怖を感じた次第です。

その後、過去の備忘録を見ると、こんにちまでに、マレーシア2回、ベトナム、シンガポール3回、カナダ7回、米国4回、スペイン、イギリス、ドイツ、トルコ、豪州、NZ、グァム島3回、サイパン島、中国5回と仕事で上海3カ月滞在、台湾3回、韓国2回、タイ2回、フィリピン2回、ハワイ3回等々で、数が多かったカナダには仕事の関係(輸入建築)で、バンクーバーに最長滞在1カ月した。その都度帰りの土産は活きたダンジョネスクラブでした。南米にはまだ行っていませんが、もはや歳なので行きたい気持ちはそんなにありません。オイラの亡き父親も海外旅行好きで、南米には行っていますが。通りすがりでしたが、各国の人々と対面し、通りすがりの懇親、街の空気など吸ってきました。オイラ建築家として、やはり建築物・都市計画には大変興味があり、それがまた勉強でした。その中でもロンドン、パリにあれほど黒人系が多くいたのに驚きました。しかし、カナダのバンクーバーには黒人は非常に少なかった。トルコのイスタンブルでは黒人はほとんどいませんでした。NZも同じようでした。スペインの各都市も黒人を見たことはありませんでした。バンクーバーで、なぜ米国とこんなに近いのに、黒人が少ないの?と聞いたら、多分黒人の移民は制限しているのではとの答えだった。まぁ、黒人といってもエチオピア系とコンゴ系は大きく違います。正真正銘の黒人は、肌が限りなく黒く、骨太で筋肉質、体格も大きく、格闘したら絶対負ける程です。比重が大きいので、水泳には不向きと、カナダの友人パットが言っていました。彼は水泳の指導員を大学時代アルバイトでしていました。・・・・・・・・・・・・

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