クリスマスの思い出。コロナについて日本は不思議な国なのか?
今年のクリスマスは
あっという間に、クリスマスも過ぎました。コロナ禍で例年のクリスマスの華やかさがなかったので、クリスマスソングも頭に浮かびませんでした。それにしても、欧米を中心とした国々(キリスト教、命!)は、このコロナ禍でもクリスマスだけは、アイデンティティ的に1年の最大なイベントなのでしょう。キリスト教徒が少ない日本人は、そこまで同調はできません。理解ができないのです。ただ戦後GHQの指導で、日本はこの行事を積極的に取り入れた歴史があり、こんにちに至っています。
幼い時の記憶では、20日ごろ親の指導なのだろう、山に行ってクリスマスツリーに良さそうな苗木を切り取って、ウチに持ってきて、様々な飾りをつけ、本格的に仕上げました。そうだ!雪らしきものを!と思って救急箱から脱脂綿を取り出して枝葉に載せ、仏壇からロウソクを引っ張り出して、下に備え、予行演習にと、マッチで火をつけたら、その火が一瞬に綿に燃え移り、危なく火事にするところでした。以後火気厳禁でした。これ小学低学年のころでしたが。ウチは道路側外壁に当時5つぐらいあった熱海の中心街にあった映画館の上映中ポスターを貼らせることで、お礼として月に数枚の無料招待券もらっていて、よく家族で観に行きました。ですから1950年代、1960年代の特に洋画は沢山観ることができました。洋画専門の国際劇場、大映、東宝、東映、松竹、名画座など、各映画会社がしのぎを削っていた時代でした。洋画を観るのが多かったので、このクリスマスに因んだ映画も多く、それで育ったようなものでした。
幼少のころは、本当にサンタクロースがプレゼントをもってきてくれると信じていました。25日の朝起きると、枕元にオモチャが包装紙に包まれて置いてありました。サンタクロースといえば、今は赤地の服に白い縁取りが定番になってしまいましたが、これは大昔、コカ・コーラのCM宣伝に使われた衣装がそのまま定番になった、サンタクロースなんていないよ!とイタリアの司教が述べたことが問題になったそうです。
「サンタはいない」発言で謝罪 イタリアの教会、親が抗議 あまりにも商業化されたクリスマスに禁断の批判をしたそうです。確かに事実なのですが。キリスト教徒としては、夢を壊されたくないのでしょう。
キリスト教世界では、このクリスマスをプラットフォームとした産業は世界中で毎年莫大な金額を稼ぎ出しているわけで、ほら話であっても、永遠に続いて行くのでしょう。神道の初詣に絡む産業なんて小さいものです。そんな中、欧米では依然としてコロナの新規感染者は減るどころか、ますます増えてきています。・・・・・・・・・
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