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2021年1月の4件の記事

2021年1月23日 (土)

不動産登記簿に残された残滓(ざんし)・残渣(ざんさ)。オイラの爺様と時空を超えて触れ合ってきました。

今日は久しぶりに雨の一日となりました。これから夕方・夜、そして明日に掛けて雨はさらに強くなると。今日昼のテレビBSで、オイラの嫌いな二人が、あの2・26事件について特集をしていました。そう昭和11年(1936年)2月26日に起こった軍事クーデター未遂事件の起こった日についてです。これ中・高でも近現代史で習いました。まぁ昭和23年生まれのオイラにとって、幻のように遠い昔なのですが。ただこの昭和11年には最近オイラにとってある「思い」があるのです。

不動産登記法の残滓と残渣

父親から18年前に相続した土地についてなのですが、その土地は、オイラの住んでいる地域の里山にあります。不動産登記簿の甲区によると父の時代にその土地(1728㎡)、昭和48年(1973年)にある企業により売買予約がされ、「所有権移転請求権仮登記」が設定され、そのまま今日に至っています。地目は畑です。相続数年後、どんな土地かと調べようとしたのですが、あまりの急峻な土地であり、雑木林となっていましたので億劫になり実行しませんでした。いわゆる耕作放棄地というやつで。聞いたところによると、当時その企業が、大分譲地開発、またはゴルフ場開発を目論んで、所有者から買収するために活動したのですが、地目が畑だったので、農地法5条の許可を得なくてはならず売買予約の仮登記をして、事業を進めていきました。しかし、計画全ての土地を獲得出来ず、またその開発計画も行き詰まり、ずっとそのままになって来たようでした。

当時は土地バブルの初っ端なのか、この土地に乙区欄には、その仮登記の債権に対して極度額32億円の根抵当権設定仮登記がなされていました。今では考えられないことが、当時は、普通に行われていた時代だったのでしょう。それ以後日本中が土地神話に基づき、土地バブルに狂っていきました。やがて、1990年から株式バブルが崩壊していき、バブルによって土地の価格がとても庶民には手が届かない価格になり、それに暗躍する地面師や暴力団の買い占めなども跋扈し、社会問題化した時代でした。1980年代後半には、東京都の土地の価格の合計で、米国全土の土地が買えると、まるで信じられないような話が飛び交っていました。1990年代になって、政府は土地の総量規制に打って出て、銀行筋には、土地購買に対する融資規制に乗り出しました。もちろん根抵当権にもメスが入りました。最近、次に相続させる子孫に、こんな土地のまま継がせるには忍びないと、この件について本格的に調査に入りました。・・・・・・・

 

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2021年1月14日 (木)

コロナ禍の毎日。シンガポールに赴任滞在していた娘家族が帰ってくる。NZからコロナ情報が届きました。

コロナ禍の毎日

オイラと同様の団塊世代の人たち、コロナ禍の中、毎日どうのような生活をしているのだろうか。オイラは少々の年金と不動産賃貸収入、リモートワークでの建築設計アドバイス、柑橘栽培での少々の収入(純利益は4人の孫へのお小遣い合計と冠婚葬祭費程度)で生きています。昔の現役のころのように外出打ち合わせも皆無となり、様々な会合・親睦会もなくなり、さらに今は自粛、外出といえば近所の店舗に行くだけの生活です。まぁ、カミさんとは毎日濃厚接触をしていますが。

それでもPCという、まこと便利な世界を享受してインターネットの世界で楽しんでいます。インターネットの世界はまさに無限です。この世界には30年近く楽しまさせてもらっています。同輩のなかでも、この世界にはまったく縁のないのが数多くいます。せいぜい読書かテレビを楽しむことぐらいかもしれません。いわゆるデジタルディバイド(情報弱者)といわれる人たちですが。町内の人たちと話しても、それらの人とは話が通じないことが多いです。この世界を満喫するのは、ある程度の諸費用が掛かりますし、なによりどうしてもの必要性がないと、面倒くさいで取っ掛かりがなかったのでしょう。

テレビですがライブで観ると、とにかくCMが煩わしい。特に最近は叫びまくるようなCMの演出が多すぎて、CMになると消音ボタンを押します。おバカそうなタレントがバカ踊りしながら、叫びまくっていて、せめて音声だけでも聞かなくてすむようにしています。またCMの数も増え過ぎているような。だからライブで観るときは忙しいのです。もちろん50に2つか3つは耐えられるようなCMもありますが。テレビ番組はレコーダーに自動録画設定をしておいて、就寝時に再生し、CM飛ばしで観ています。昨夜のBSフジのプライムニュースの真田・鈴置コンビの出演は楽しみました。1時間遅れの追っかけ録画の再生で。

昨日は退屈なので、同輩の町田のお喋り男のユタ坊と1時間ぐらい携帯でお喋りをしました。お互いお喋りなので、話は尽きません。彼とは高校時代の同級生なのですが、当時のお互いの環境を話し合い、改めて初めて聞くようなことが多かったです。彼、父親の起こしたレンズの会社(大成功)に属して、アフリカのケニヤや米国のペンシルベニア等にそれら仕事の関係で長期赴任をしていたので、話題は豊富です。ただ彼末っ子だったので、結局兄さん達のサポート役の人生だったと。末っ子の悲哀が一部伝わりました。まぁ彼はそれを楽天的にとらえていましたが。

そうそう、赴任といえば・・・・・・

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2021年1月10日 (日)

どんどん焼き?どんど焼き? ますます勢力を拡大の武漢コロナ

小正月の風習、「どんどん焼き」と「どんど焼き」とは

昨日、2つある玄関の正月お飾りも外しました。毎年正月には海岸でこれらお飾りなどを持ち寄り、「どんどん焼き」をするのですが、未だその詳細な知らせが来ません。どんどん焼きも中止になるのか?と思って海岸に行ったら、町内会の各組長が総出で「どんどん焼き」の準備をしていました。来週の日曜日にこれに火を付け「どんどん焼き」とします。それまでに正月のお飾りを各自ここに持って行ってくくり付けます。そして来週17日の日曜日の早朝に火を付け、団子を火で炙り、これら食しながら無病息災を祈ります。

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この風習はいつから始まったのか誰も知らないようです。調べて見ますと、市内では古くから「どんどん焼き」と言い伝えられていますが、全国的には「どんど焼き」が正解なようです。

どんど焼きの意味と歴史。名前の由来は?地域別の呼び名は?

どんど焼きという名前の由来については諸説あるのですが、「尊(とうと)や尊(とうと)」と囃しながら櫓で火を燃やしたのが、

後に訛って「どんど」に変わったという説と、どんどんと燃える様子から名付けられた説(どんどん焼き)の二つが有力な由来です。

どんど焼きの呼び方は地域によって違います。代表的なものを紹介しましょう。

東北や、四国や九州の西日本の幅広い地域では「どんど焼き」「とんど焼き」、主に京都や北陸、中部などでは「左義長」と呼ぶことが多いようです。

山形や神奈川では、「道祖土焼(さいとやき)」

長野では道祖神を統括した神主の名前から「三九郎(さんくろう)」と呼ばれています。

これらは、ほんの一例で、同じ県の中であっても名称が違うこともあります。

よくあるのですが、最初に、このような村の行事をやってみようというリーダー達がいて、つい用語を間違って広めてしまうことがよくあります。「どんど焼き」を「どんどん焼き」(たしかにどんどんと燃えるので説得力あり)で広めてしまう。祭りで縄に付ける半紙を稲妻形にしたもの「おしだ」をここの地域では「おしめ」と言っています。しめ飾りの「しめ」からそうなってしまったようです。調べてみますと、ここの地域以外でも「どんどん焼き」で通しているところもあるようです。しかしオリジンとしますと「どんど焼き」が正解なようです。なぜかといいますと「どんどん焼き」とは「水に溶いた小麦粉を主体とする日本の鉄板焼き料理である。」になってしまうからです。

衰えるどころか、ますます勢力拡大の武漢コロナ

NZのデンコさんに、コロナについてNZではどうなっているのかeメールをしました。まだ返事は来ないですが。先程朝食時に観たTVにNZの年越しの模様が出てきて、北島のオークランドでは、花火を打ち上げ、数万人が広場に集まりカウントダウンをしたとか。それも大半がマスクなしでワイワイ、ガヤガヤとか・・・・

 

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2021年1月 4日 (月)

新年おめでとうございます。元旦は年長孫とポンカン狩り、2日は正月BBQ このコロナ禍で怖いもの知らずに。

新年おめでとうございます。このブログに訪れてくださいまして、心より感謝致します。

昨年は2月から始まった武漢コロナの影響で、日本のみならず世界中がひっくり返った1年でした。いままで、調子の悪い時しか、体温を計ったことはなかったのですが、コロナの影響で自宅・事務所にいる時は、数時間おきに計ることが癖となりました。全てセーフですが。生活面で我が家でも娘3家族との往来も途絶え、ビデオ通話でしか、対面会話は出来ませんでした。ジージ、バーバは高齢なので、もしコロナを伝染させたら、大変なことになると。ジージ・バーバが死んじゃうよと。それでも市内にいる次女家族の決死隊として、年長孫が2ヶ月に1回ぐらい、連絡係で訪問したぐらいでした。彼も新幹線通学で目白とを往復していますので、コロナにはオニママの司令で十分気を付けているようです。元旦には弟の分を含めて、お年玉の回収に訪れました。午後天気が最高良かったので二人でイベントとして、柑橘園で2本のポンカンの若木を収穫しようと、協力しあって済ませました。彼今や高1なのですが、身長はオイラを超え、足のサイズも27。2011年、たった10年前に大井川鉄道の二人旅を1泊かけてしたのですが。

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後ろの2本の若木がポンカンの木です。彼、腕力も一人前になっていました。まったく月日は早く早く流れていますね。

正月2日には、蘇州のイサ坊と三島の馬敬礼トシ坊と3人で恒例の正月BBQを、このコロナ禍の中、決行しました。・・・・・・・

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