« 熱海ビーチラインの防潮堤は防潮堤ではなかった。台風12号がそれをあばいたかのようだ。 | トップページ | 今回は雨の中のBBQ 戦災孤児の「ともこ」と「れいこ」の話と蜂の巣の子供たちの話 »

2018年8月 6日 (月)

また台風13号が上陸しそうです。杉田水脈のLGBTは生産性がない発言に、いつもの連中は火病で炎上しているようで

前記事のように、今夏の日照り続きは7月28日の台風12号襲来以来、また続いています。今台風13号が近づいているという予報もありますが、来ても週末とのこと。さらに日照りが続きそうなので、3日・4日と昨日5日の夕方に今年再度の潅水を施しました。もちろん対象は幼木と若木で、成木は一部のみ。このくらいの日照りで、木が枯れてしまうことなぞありませんが、幼木と若木は、水不足で成長が低下します。今季からこれらには、黒マルチングを施してありますから、各々10L前後の水でも有効に働きます。これで台風13号で大量に雨が降れば、成木にもたっぷり水分補給ができるでしょう。

昨年は8月中旬まで大雨が続き、その後後半は晴天続きで、その結果か9月の初旬に、ネーブルオレンジの約20%が割れを生じてしまいました。調べると、過多に水分を吸い上げ、それが実の方に行き、その後の晴天で膨張して割れを生じたらしい。ネーブルオレンジの木の下にシートでも被して、過多に水分が行かないようにするべきだった。まぁ難しいところだ。

さて本題ですが。

新潮45に投稿した自民党議員の杉田水脈(みお)の寄稿文の中の一部に「LGBTには生産性がない」と記述に対して、いつもの反体制、反安倍の野党やメディアが差別主義だと大騒ぎがまた始まりました。・・・・・・・・

これはさらにネット界でも賛否含めて大炎上しています。彼女の全体の文章を読めば、それほど大騒ぎすることでもない。ただこの「生産性」という用語を切り取りいつもの大騒ぎなのだ。

憲法24条にある「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」に基づいて、戸籍上婚姻したカップルが、子供を設け両性が努力して育て、やがて成人になったら世に放つという一連の行動に、国・地方の行政が様々な援助をするというのが、今まで、またこれからも建前である。今、LGB⇒同性愛者にも同じ恩恵を与えよという運動が世界的に流行している。Lはレズで女同士、Gはゲイで男同士、Bはバイセクシュアルで両刀使い。

今年古希になるオイラなのだが、男の親友・ポン友は多くいたが、「薔薇族」の趣味は一切なかったし、また考えたことさえなかった。まぁ若い頃は女性にモテる方だったので(エヘン!)それだけで手一杯だったわけで。ただこの日本でも遥か昔から、バイ・セクシュアル(男女両方)は普通だったらしい。戦国時代いやそれ以前から、数ヶ月、数年と兵士として男だけの集団の中では、男同士で前立腺満タンを解消しようとの行動から、特定の相手と仲良くなるということは非常に多かったらしい。

江戸時代の武士階級、明治・大正・昭和と続いた戦争で徴用された時代、一部に同性愛が日常化していたと。特に10代の兵士が狙われたらしい。しかし日本の場合、それらは一種の趣味の部類として、咎められることなく、おおらかに適用されていた。仏教には同性愛は禁忌という戒律はなかったから。僧の世界も多かったらしい。

オイラ、中学から東京の祖父母の家に下宿をしていて、その当時、よく小田急線のロマンス号で熱海の自宅を往復していた。座席に着くと、どこからか小太りの中年男が横に座り、親しげに話しかけてくる。やがてオイラの手を取ったり、体を触ったりしてくる。さらに、このまま箱根の旅館に行こうなどととんでもないことを話始める。オイラ当時中学の柔道部で鍛錬していて自信があったので、「いい加減にしてくれ!」と怒鳴り散らしたら、すぐどこかの席に行ってしまった。このロマンスカーだけでも数回あった。きっとそのころ美少年だったのか?(笑)

さらに映画館で一人で観ていると同じような経験をした。悪い人間に狙われるのは女の子だけではないと解った次第。ところがそのころの友人でも、その道に誘い込まれて、BやGになってしまったのが数人いた。父親が早くに亡くなり、母親が精神病院にいて、親戚に預けられていた親友が、いつの間にかそちらの系統に成らされたのか、布団を並べて寝たら、夜中迫ってきて、オイラは逃げた。交友関係はそこで断絶した。そんな事例は身近な親友に数人いた。

ある大臣の息子で中学の同級生だったのが、20歳過ぎに告白したのだが、とあるプロダクションの社長に可愛がられ、そのまま同性愛の道に引きずりこまれたと。中村八大も悪い大人だったらしい。当時布施明やピーター、西城秀樹などなど、美少年に近い10代当時、結構盛んだったと噂で聞いた。

今から振り返ると、同性愛者になるのは、生まれながらというより、満ち足りた家庭でなかったり、父親の愛が少なかった(または母親)成長期が発端になっているように思える。また異性に関心を持つ環境になかったのが発端になったのかもしれない。だから男女共学というのはある意味良いと思う。兵役の場合にはまさに男だけの集団だ。当然一部に同性愛者が発生しないことはない。まして日本は徴兵制はないが、最近まで世界中で徴兵制は普通だった。ゲイ大量発生か?

問題は同性愛は一時的でやがて異性愛に移行するパターンと、そのままか、または、また同性愛に戻ってしまうパターンが当然あるだろう。

2007年に三島のトシ坊がハワイのオワフ島に彼の仕事の関係で誘われて、男二人でハワイに滞在した。その時、ワイキキビーチを二人で散歩していたら、なんとゲイ同士の結婚式に遭遇してしまった。ムウムウを着た女の立会人と友人なのか親族なのか集まって、式が執り行われていた。オイラこんなの初めて観た。画像は式が終わり、二人は愛の口付けをしていたところを勝手にパチリした。

Dscn6328
その前年には、仕事の関係でバンクーバーに滞在して、仕事兼友人のロイドが、ゲイが沢山いる地区に行ってみようと、区画された海岸、イングリッシュ・ベイに連れていってもらった。そのビーチを歩くと、男同士手を繋いだカップルが大勢いた。老若男男だ。

話が変わるが、バンクーバーには何度も仕事で行ったが、未踏なのが、ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)の傍にあるレックビーチ(WRECK BEACH)というヌーディスト・ビーチなのだが。

今回はバンクーバーのヌーディストビーチ、レックビーチ(Wreck Beach)について写真を交えて紹介していきます

なんでも4月が終業試験が終わって、特に女子学生が開放的なるので、その時が良いとロイドが言っていた。まぁ、そんなことはどうでも良いが。

話を本題に戻しますが、同性愛者の結婚というのは、果たして成り立つのか疑問だ。婚姻(結婚)は、男女が出来れば永遠の伴侶となり、そこで子孫を設け、父母一緒になって協力仕合い、一人前になるまで育て上げるという、動物の本能の発露だ。野生動物の世界では、母親が独り立ち出来るまで子の面倒を見る。一部の動物ではメスとオスが共同でというのもあるが、またオスが独自で育て上げるという特殊なこともあるが、一般的にはメスの本能的な仕事だ。

人間の場合、子供が独り立ちするまでが相当長い。どうしても当事者男女がそれぞれ天賦の「得て」を発揮して、何らかの共同作業で育て上げなければならない。女の得意な分野、男の得意な分野は違うし、その両方合わせて、理想的に子孫を世に送り出すことが出来る。子孫はその体験を通して、次の世代を作り上げていく。だから行政は税金を使って、援助をするというのが、この社会の仕組みであり、家族の権利ともなる。

ところが、LGB(あえてTはいれない)にも法的婚姻を認めろ、同じように行政は援助しろ、同じ権利をよこせという、流行り病のような今の運動は全く理解できない。LとGとBは云わば、趣味の世界で、まさに薔薇族なのだ。『薔薇族』日本初の商業ゲイ雑誌の功罪 「LGBTブーム」の今、元編集長の伊藤文學さんにぶつけてみた

確かに、異性婚に子供ができない場合、またはあえてつくらない場合もあるが、しかし100%できない同性婚とは扱いが違う。養子縁組は新たな不幸をもたらす。なぜなら子供はW片親のもとで育つことになる。

同性愛に対する厳しい禁忌のあった、キリスト系教、イスラム教の人々は、この趣味の世界を厳しく罰せられた時代からの開放ということなら、LGBも理解が出来るし、静かに愉しめば良い。性癖という趣味なのだから。ただオイラの目の前で、同性愛者が抱擁しあって、恋だ愛だとアピールするなら、アッチに行ってくれと言うだろう。

LGBの運動をしている方々は、どのくらい真剣に本性をいれてやっているのか、信じられない。肉体的性行動がなければ、単なる親友とどのくらい違うのか、オイラ経験がないので分かりません。途中からレズになったと公言している勝間和代は、やはり肉体的レズなのか。本当でもこれって密かに楽しんだ方が良いのではと感じます。昔観たレズのAV動画を思い出してしまいますが。つい勝間だったらどのようにやるのかと。

とにかく、杉田水脈の投稿は、それなりに的を得ていると評価しています。

|

« 熱海ビーチラインの防潮堤は防潮堤ではなかった。台風12号がそれをあばいたかのようだ。 | トップページ | 今回は雨の中のBBQ 戦災孤児の「ともこ」と「れいこ」の話と蜂の巣の子供たちの話 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 熱海ビーチラインの防潮堤は防潮堤ではなかった。台風12号がそれをあばいたかのようだ。 | トップページ | 今回は雨の中のBBQ 戦災孤児の「ともこ」と「れいこ」の話と蜂の巣の子供たちの話 »