政界のジャンヌダルク気どりの蓮舫が雪隠詰めになった。民進党も雪隠詰め状態だ。またまた民進党終わりの始まり
あの蓮舫の二重国籍問題は、9月15日の民進党代表選挙が近づくに従って、その間ネット社会の間では、様々な過去の証拠が続々発掘され、ますます大炎上してきています。客観的に見て蓮舫は民主党から2004年参院選に出馬して当選して、今年7月の選挙で3期目となるが、公職選挙法の経歴詐称によって、起訴され議員辞職に追い込まれるだろう。また日本国籍取得(17歳とか18歳とか19歳とか答弁がそのたびに変わる)してから、2重国籍とならぬよう自責義務の台湾籍(中国台湾籍)の放棄届を48歳になるまでしてこなかったことにより、日本国籍の剥奪の可能性も見えてきた。様々湧くように出てくる証拠を並べて見ると、彼女は2重国籍であることは、確信的に知っていたし、それを利用した、利用しようとしていたことが明確になりつつある。またその蓮舫を民主党政権時代に大臣にまで格上げさせた当時の民主党首相(菅・野田)は、大変罪が重い。
民主党が政権を取った3年半の間に、このブログでもこの蓮舫については度々批判をしてきた。今年の参院選を前にして6月ごろだったか、このブログの提供元(ココログ)に圧力を掛け、嘗て蓮舫を糾弾した西田昌司の言説をテーマに「蓮舫さん、あなたの回りには如何わしい人ばかり」と言う記事を出したのだが、このままこの記事を削除しなければ警告をだすと。まぁ自分の参院選を前にして、自分にとってマイナーな記事は無くさせようとしたのだろう。(まさに言論弾圧だ)オイラ面倒くさいのは嫌だから削除したが。これ、このブログだけではなく、いくつかのブログもやられたらしい。・・・・・・・
まぁ、彼女、彼女の陣営らしくて分かりやすいのだが。東京では、蓮舫はそうとう人気があるそうだが、なぜそんなに人気があるのか未だに信じられない。ディベートが上手そうなのは認めるが、政治家はディベートが上手いだけでは務まらない。彼女は討論や国会でもパフォーマンスの塊のような女で、常にテレビ目線、襟を立てて「追及している私の姿って、クールでしょう、格好いいでしょう」とただそれだけだ。
まぁ、彼女を見ていると、中国報道官とタブってくる。
民主党が政権を取る前、自民党政権で自分の障害児を育てている(公にはしていない)猪口邦子少子化大臣に向かって 「あなたは障害児を育てている親の気持ちなんて、まったくわからないような人ですから」 といって、障害児を子供に持つ猪口を侮辱誹謗したことに自民党長老が蓮舫に憤慨していた。もちろん蓮舫は謝罪もなく知らんふりだった。要するに彼女はデリカシーというものがないという実例だ。
彼女が30歳前のころ北京大学に語学留学したとあるが、これはあのパヨクの高野孟が面倒を見たとか。この留学中に子供が出来てしまったらしいが、このころ雑誌に寄稿している。
蓮舫は終わった?1997年(平成9年)に台湾との2重国籍を自覚か!?2016/09/07
これは1997年(平成9年)の雑誌「CREA」での蓮舫議員の発言。ハッキリと台湾国籍だと明言しています。つまり1997年(平成9年)、30歳の時点では自分は台湾国籍を保有していることを自覚していることになります。1985年に台湾国籍を離脱したという発言は嘘なのでしょうか。
1985年に日本国籍を取得しているのであれば、自分が台湾国籍だと言っている1997年(平成9年)時には2重国籍であることは理解しているはずですよね。 国籍法では2重国籍である方は22歳までに国籍をハッキリさせる必要があります。
しかし2重国籍のままでも厳しい罰則は特になく、それが2重国籍を生む背景にあるのかもしれません。ちなみに2重国籍について、期限までに国籍の選択をしなかった時には法務大臣から国籍選択の催告を受けるはずなのですが蓮舫議員は催告をどうしたのでしょうね。
この北京大学留学は、日本国籍のパスポートだったのか、台湾国籍のパスポートだったのか。問題になった今、二重国籍ではなく、「(台湾籍)籍は抜きました」とテレビで答えていたが、これも嘘のようだ。とにかく致命的なことを隠すために嘘に嘘を重ねている。
台湾には、毛沢東の中華人民共和国に追われた、蒋介石の中華民国一派が台湾に侵攻して、大量の元の住民を殺害した。これが外省人と言われ、元の住民は本省人と言われている。本省人は、もともとの原住民族と以前大陸から自発的に来た中華人がいた。これが結構複雑で、標準語(北京語)、福建語、客家語が入り混じっている。台湾語といったら福建語だそうだ。世界的に客家人は華僑が多い。日本では日本国籍と中国系の籍を持つ二重国籍者を華僑と云うとこのと。中国籍から日本国籍に変わったのが華人。
蓮舫の顔を見ると、客家人の特徴をしているように感じる。上海で仕事をした時、その総経理の奥さんとそっくりな顔で、出自を聴くと客家だと言っていた。客家人は顔が小さく、目鼻立ちがはっきりしている。で、蓮舫の父親、祖父はこの外省人なのか。今は外省人系は大陸と仲が良いらしい。1995年から97年、北京大学の語学留学をしたとあるが、この時当然父親の関係筋と懇意になって、今の政歴としての人脈を持っているのは当然だろう。ましてあの高野孟がバックにいたのだから。
現在、蓮舫は台北経済文化代表処に台湾籍離脱の有無を問い合わせしているが、時間が掛かるので、国籍破棄の届を出したと。もしこれが受理されれば、離脱はしていなかったことになる。2度の国籍放棄届なんて常識的に受理はされないだろう。
そもそも、帰化と日本国籍取得は、手続きとして違う。帰化は以前の国籍放棄が前提だから、帰化したということは、当然二重国籍ではない。しかし日本国籍取得は、届の時以前の国籍の放棄を宣言するだけで良く、あとは自責で放棄を実行する。放棄していない二重国籍者が数十万人いる現象は、この法律の曖昧さなのだ。
しかし一般人として生活している分には罰則もないが、公職の場合には制限がある。国会議員の場合には、日本国籍で問題はないが、外務公務員には制限がありなれない。さらに無知または過失で二重国籍だった場合以外、故意的(悪意)で二重国籍で長年いた場合には、日本国籍の剥奪もあり得る。そしたら国会議員は辞職しなければならない。
また、公職選挙法の経歴詐称という罰則のある法に触れることになり起訴されれば、これも議員辞職に追い込まれる。
蓮舫が民進党の代表になったら、面白いことになりそうだ。この蓮舫の二重国籍問題は後に尾を引く。どちらにしろ、蓮舫、民進党は雪隠詰め状態だ。オイラとしては、早くあの蓮舫の顔をテレビで見れなくしてほしい。
それにしても、SNSをいろいろ見ると、オイラ同様、蓮舫は大嫌いという人が多いのに納得してしまう。トカゲのように嫌われているようで。
一粒で2度おいしいオイラのブログ:今日の動画
大手新聞(産経以外)やテレビ番組が「報道しない自由」体制なので
これをご参考に
以下は、かなり、的を得た解説です。
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コメント
臺灣(中華民國)の官報は
図書館に行かなくても見られる
ということがわかりました
國家圖書館の「政府公報資訊網」に
pdfが収められています
帰化と国籍の喪失に関する情報は
「總統府公報」に掲載されています
http://gaz.ncl.edu.tw/browse.jsp?jid=79007133
例えば1988年の公報を見たければ上記のURLから
民國77年をクリック
→希望する日付をクリック(古いものが下になっている:77.01.01が1988年1月1日付)
→記事の見出しが並んでるので「內政部核准喪失中華民國國籍一覽表」があればそれをクリック(無いこともある)
→上の行のpdfマークをクリック
で見られます
ex.1988年1月1日付の內政部核准喪失中華民國國籍一覽表
http://twinfo.ncl.edu.tw/tiqry/hypage.cgi?HYPAGE=search/merge_pdf.hpg&sysid=E0921020&jid=79007133&type=g&vol=77010100&page=%E9%A0%816
※横書きも右から左に書かれている点に注意して下さい
※他国国籍を取得してきちんと中華民國國籍の喪失手続きをとっている人が少なからずいらっしゃるのがわかります
蓮舫さんが滿20歳に達した
1987年(民國76年)11月27日-12月末日分については
掲載されていないことを確認しました
いかんせん公報が2~3日おきに発行されているので
全部調べるのはなかなか大変です
志のある方は1988年以降についてご確認いただけると幸いです
(自分も時間がある時に引き続き調べる予定です)
投稿: | 2016年9月10日 (土) 15時23分
■調査結果
2016/09/10 4:30までで、以下の時期の
「總統府公報」(官報)
「內政部核准喪失中華民國國籍一覽表」を全て調査
「謝蓮舫」なる女性が中華民國國籍を
喪失したとの記載はありませんでした
1985年(民國74年)1月21日-12月末日
1987年(民國76年)11月27日-12月末日
1988年(民國77年)全て:(前スレ380さんの調査による)
1989年(民國78年)全て
1990年(民國79年)全て:(前スレ380さんの調査による)
※1985年1月21日:蓮舫さんが父と臺北駐日經濟文化代表處で手続きしたと主張している日付
中華民國國籍法では國籍の離脱手続きは
(親の国籍離脱に伴い子が離脱する場合を除き)
20歳以上でなければならず、
蓮舫さんの父上はのちのちまで中華民國籍であったとのことなので、
手続きが行われた可能性は低いですが、念のため確認する、という趣旨です
※1987年11月28日:蓮舫さん滿20歳、中華民國國籍法で国籍離脱手続きがが可能となる
1989年11月28日:蓮舫さん滿22歳、日本の国籍法で国籍の選択する期限
(国籍選択届けを提出後、他国の国籍から離脱する必要がある)
すなわち、蓮舫さんが中華民國國籍法で
国籍離脱手続きが可能になる
滿20歳の1987年12月末から
日本の国籍法で国籍の選択する期限
滿22歳を1年過ぎた1990年末まで、
謝蓮舫なる女性が
中華民國国籍を喪失したという
記載はありませんでした
また、蓮舫さんが父と
臺北駐日經濟文化代表處で手続きしたと主張している
1985年1月21日から同年12月末まで、
やはり謝蓮舫なる女性が
中華民國国籍を喪失したという記載はありませんでした
蓮舫さんは日本の国籍法に定められた通りの時期に
適切に中華民國国籍を離脱していなかった
可能性が非常に高いと思われます
投稿: | 2016年9月10日 (土) 15時26分
まとめると事実はこうだろ?
レンホウの出生当時、日本の国籍法は父系血統主義。だから蓮舫は生まれたときからずっと台湾人、法的には中国籍!(よって、読売テレビの番組での、生まれてからずっと日本人というのは完全嘘。後に日本人でありたかった、誇りがあったからといのも)。
その後、両系血統主義に改正され、18歳の時に初めて日本国籍を取得した。(妊娠後の雑誌インタビューで「当時赤いパスポートになるのが寂しかった」と公言)。
その後22歳まで公式に二重国籍状態が続くが、レンホウは、22歳の国籍選択の時になってもどちらの国籍も放棄しなかった。中国籍を持つことを隠して(妊娠時に、雑誌に台湾(=中国)籍だと公言)、
25歳のときに、二重国籍とすでに認識していることが判明!
26歳のとき週刊現代の三枝との対談記事にて、二重国籍と公言している。
28歳のときに、北京大学漢語センターへ留学。妊娠。このときも二重国籍は認識していると雑誌の記事で公言している。
以上から17のときに除籍手続きを取ったなど嘘八百だった。
37歳のときに、我々国民に中国人であることを隠して国会議員となった。民主党が政権取った時も、平然と中国人として大臣をしていたのだ。そしてこの度、何を血迷うたか日本の政党で代表選に立っている。政府は現在、この二重国籍の疑いのある国会議員含む要職にある国家公務員を一切合切洗い出すはずだ。
村田さんか謝さんかLien-Fangさんか知らないが、あなたが今公言していることが嘘と明らかになれば、即刻辞任しペナルティーを負うべきだ。加えて言うならば、赤いパスポートを捨て(日本国籍を放棄され)、誇りあるという中国籍のみで生きなさい。
我々日本人は今あなたに感謝している。あなたの出自の今件で、我々は二重国籍問題とSpy防止法の緊急性に気づかされ、メスを入れることができるのだ。あなたは今や純粋日本人にとって本当に有難い存在なのだ。
投稿: | 2016年9月14日 (水) 09時38分