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2015年11月 3日 (火)

サト坊に引かれて、安曇野のハマ坊のところに行ってきました。のどかで素晴らしい場所でした。

時々、このブログで紹介する、オジイのヨットクルーズなのだが、常連のハマ坊は安曇野に住んでいて、ヨットクルージングする時はこの安曇野から中央高速を飛ばして、母港の横浜ベイサイドマリーナまで来る。大抵夜中吹っ飛ばして来るようだが。まぁすこぶる元気だ。ハマ坊とは都立青山高校の時の同級生で、10年前後前に各クラス合同の同期会で再会した。

彼はヨットを大学時代からやっていて、その後”三越”に就職してからもヨットを続けていると。その後50歳で三越を退職して、なぜか”はんこ製作”の自営業者になり、諸般の事情でバブル期、安曇野に家を建てそれでもずっとヨットをやっていると。

オイラはヨットではなく、38歳前後からパワーボートの会に入って海フィッシングを続けていた。まぁそこで海に関して共通項があって、再会以後交際を続けていた。そして、ここ4年前後伊東や熱海に寄港するときはオイラが面倒を見るようになった。まぁ彼のヨット仲間とも仲良くなった。

そんな関係でいたのだが、安曇野に一度来いと何度も言われたが、熱海からだと車で4時間は覚悟だ。以前はスキーに家族や友人と数えきれないほど、信州方面は通って行ったのだが、このごろは長時間一人で車の運転は好きではなくなり、ペンディングにしておいた。・・・・・・・

そこに、今年になって彼らに紹介したウチの町内会のヨット乗りサト坊が、私が運転しますから行きましょうよとなった次第。そもそも安曇野市というのは10年ぐらい前に市町村合併で出来たばかりの”若い市”なのだ。   安曇野市 さらに”安曇野”という場所が以前からあったわけではなく、

旧5町村域を包括する広域名称である安曇野を市名に採用したものであるが、安曇野が指し示す範囲としては明確に画定された線引きは無い。一般に、当市のほか池田町、松川村、大町市南部(旧常盤村、旧社村)、松本市の梓川地区(旧梓川村)なども含まれるとするのが有力な説である。

そんなこんなで、この土・日にカミさんも一緒に3人で出かけてきました。朝6時半に熱海の自宅を出発で午前10時半ごろ、ハマ坊の自宅に到着しました。周囲が赤松林と雑木林になっていて、また道路幅も4mあるはずなのだが、実際には車1台が通るのがやっとの砂利道だ。それが入り組んでいて、迷ってしまった。小さい臨時の案内板しか付けられないそうだ。何でも昔ここを分譲するにあたって、いわゆる”建築協定”が設定され、この環境を変えないことを基本に様々な決まりが契約に入っている。

当時、環境問題がうるさく、その地区について、建築基準法とは別に、さらに厳しい規定をつくり、それを建築協定 を設定して、他の地区にない優位性を実現しようとするものだ。確か城山三郎の小説”打出小槌町一番地”の舞台となった高級分譲地もそのような地区だったと記憶している。たしか逗子市小坪に出来た分譲地がモデルになったと聞いたが。これ1980年前後の話だが。

だから、道路街灯もなく、けもの道のような狭い砂利道でも、協定改善変更は所有者の全員同意を取らない限り、改善することはできない。運営委員会というのがあるはずだが、この地区は、なんでも購入者資格があって、職業(医者・教授など)の限定があるそうで、協定の変更をしたくとも、教条主義的なのもいて変更も出来ないらしい。また年齢も高齢化して、本人は老人ホームなど遠方に移住し、ほとんど空き家状態になっているところもあると。各敷地は庭が広いのだが、雑草の刈り取りや雑木の伐採もほったらかしが多く、困っているとぼやいていた。木の実の落下が多く、クマも時々出てくるらしい。防犯街灯もないので、夜この辺を歩く人は、頭にヘッドライトを着けている。

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雑木が成長してくると、どうしても日当たりが悪くなり、湿気てくる。これここに限らず、これからの課題だろう。特に自然を売り物にしている別荘分譲地は、デメリットも多くなってきてるようだ。

ハマ坊は50歳で三越を退職して、手製はんこ作りの先生の弟子をやり、独立して以後様々なところで、注文を受けてはんこ販売をしている。 安曇野りんご遊印 

土・日に掛けてだったので、彼はこの仕事があり、この迷路のような道を通ってお客が来るので、ウチらは、勝手に安曇野観光をした。

有名な”大王わさび農場”で、ここには昔の映画だが、黒沢明監督の”夢”に出てきた、水車が三つ並んでいるところが有名だ。もちろん”万水川”の清流にわさび畑がある。かなり広大な施設が観光用を兼ねている。多くの観光客が訪れていた。

大王わさび農場

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次に、”国営アルプスあづみの公園”に行った。まぁなんとなんと広大な敷地にある自然公園だ。ちょうどリレーマラソンの大会があって、ちょうどそれが終了したころで、次から次から集まった若者を中心として関係者とすれ違った。聞いたら、102チーム参加で多分1000人ぐらいが関係者だったのだろう。公園内は起伏があるが空中回廊が設備されていて、自然を見下ろすことが出来た。

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国営アルプスあずみの公園 これは2ヶ所あって、ウチらが行ったのは、大町市松川地区にある公園で、これとは別に規模は少し小さいが、安曇野市穂高地区のもある。施設は出来たばかりなのか、全てが新しい。国と長野県から相当投資させたに違いない。なんたってまだ若い市だし国営だから。イベントをやるにはもってこいの施設だ。時々夜開放してイルミネーションをショーとするようで、その照明器具をあちらこちらで見つけた。

その夜はハマ坊の案内でとあるホテルの温泉に漬かり、夕食は彼の行きつけのレストラン。で、事前に待ち合わせをしていたのが、ここから数十分にある白馬村に移住した、ナカ坊。彼は定年まで”東レ”で、中国や東南アジアへの工場進出の一番バッターを務めていた。新工場などを建設する際のプランニングに携わっていて、数年ごとに出張につぐ出張だったと。日本で言う建築士ではないが、仕事としては同じようなもので、社内建築士のような。だから白馬村に自宅を建築したときは、その知識をしっかり活かしたようだ。オイラとは確か7年前、高校のクラス会で再開した以来の出会いだった。仕事上英語はもちろんのこと、中国語、インドネシア語ができるらしい。中国は青島や南通などが多かったと。中国・インドネシアには通算11年滞在していて、やはり日本が一番住みやすいと感じたと。当分海外には行きたくないらしい。特に中国にはだろうと思う。

今は白馬村に家を建て、雪時にはスキーの、それ以外はトレッキングのインストラクターをやっていて、お得意の英語・中国語などを活かして、外人の、スキーの個人レッスンで稼いでいると。大学時代スキー部の経験をしっかり活かしているようだ。外国からスキーが上手くなりたいというお客が白馬地域も多いらしい。まぁ成金の中国人だから、がっぽり稼いだほうがいいと言ってやった。今度またゆっくり会いたい。

その夜はハマ坊の豪邸に泊まらせてもらい、朝食は奥様の手料理で満喫しました。奥様とは初めての出会いでしたが素敵な女性でした。そして飼い犬ともお別れをして、次に向かったのは、池田町町営池田美術館で、高台にあり南アルプスの全貌を眺めることが出来た。 別名は 北アルプス展望美術館 というらしい。なんとも紛らわしい。カーナビの入力で迷ってしまった。

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ここも新しく出来た施設だ。とにかく南アルプスの全貌を見るのには最善の場所だ。中の作品については、あまり興味はなかったが。ただ全部を含めて展望の良さに惹かれました。

最後に安曇野ちひろ美術館に行きました。昔からの絵本の挿絵の作家で、「いわさき ちひろ」です。 安曇野ちひろ美術館 特に幼児の男の子や女の子をデッサンのもとに透明水彩でぼやかす表現が、たまらない優しさを感じさせます。当時、仕事のために東京にいて、乳飲み子をこの安曇野にいた父母に預けていたので、なおさら、後年ではあっても、わが子へのそのときの想いを出しながら描いたのしょう。だからどの子も、切なく、無表情で、しかし、愛かわいい仕上がりになっているようで。  彼女の半生は いわさきちひろ を参照してください。いわさきちひろ作品集

この女の子の帽子の色と、手に持った葡萄の色合いがなんとも印象的でした。挿絵原画を拡大したものですが、これは国際的にも通用しますね。

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