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2015年9月27日 (日)

キーウェストでの名所巡りと、フロリダ半島の住宅群は半端ではない

キーウェストの名所巡りをしました。いくら小さい島といっても歩くとなると厄介です。街にはいくつも、自転車やスクーターのレンタル屋があって、ちょうど宿泊していたすぐ傍に、自転車屋がありました。従業員は黒人でした。いろいろな自転車を紹介してくれましたが、カミさんが方向音痴だし、ここ数十年自転車なんて乗っていない。どうしようかと迷っていると、二人乗り自転車を見せてくれた。オイラはよく行くサイクルスポーツセンターで孫とよく乗ったのでベテランだ。よしこれにしようと、一人で試運転。しかしちょと走行がおかしい。オイラ初めて体験したのだが、ペダルを逆回転するとそれがブレーキになっている。そして始走のときは、足で少し蹴って走らせてからペダル漕ぎをするようになっている。24時間レンタル、ヘルメット付きで$32.25だった。まぁその日の内に返したが。

カミさんが後ろに乗り、地図を頼りに二人で出発です。他の店では3輪自転車もあったりしましたが、これが一番はぐれなくて良い。この二人乗り自転車で走行しているのは、ウチらだけでした。たぶん格好良く映っていたでしょう(笑)。

とりあえず目玉は、アーネスト・ヘミングウェイのかつての自宅の見学です。・・・・・・

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アーネスト・ヘミングウェイ

この建物は、1851年に実業家によって建てられたのを、1931年にヘミングウェイが買い取ったそうだ。調度品や家具の一部は、妻だったポーリンがパリに住んでいるとき収集したものを入れ込んだそうだ。イタリアのムラノのシャンデリアやスペイン製など欧州のものも多い。このプールは、キーウェストで初めて造られたもので、既存だった塩水井戸から引き込みました。もともと彼がこのプールを計画しましたが、その間にスペイン内戦が起こり、彼は従軍記者で派遣され、妻ポーリンが工事の指図をして完成させましたが、彼に来た請求は当時の2万ドルだった。それを済ました彼は、ポーリンにポケットから1セントを取り出し「これが私の最後の1セントだよ」と冗談を言ったとか。昔東京の六本木に”最後の20セント”という、じゅうたんサパークラブがあって、これを店の名付けのヒントにしたのかもしれない。

1962年のキューバ危機以来、米国とキューバは国交断絶になり、今年になって回復となるようですが、それ以前は、このキーウェストとキューバは人の往来は頻繁にあったようで、ヘミングウェイはキューバにも別邸を持っていたそうだ。1952年の作品「老人と海」の舞台は、キューバの漁村と漁師をモチーフにしたそうだ。 来年ごろからまたキーウェストとキューバのハバナとの交流が盛んになるかもしれませんね。

『老人と海』(The Old Man and the Sea)

あらすじ:年老いたキューバの漁師のサンチャゴは、助手の少年と小さな帆かけ舟でメキシコ湾の沖に出て、一本釣りで大型魚を獲って暮らしを立てている。あるとき数ヶ月にわたる不漁が続き、少年は両親から、別の船に乗ることを命じられる。一人で沖に出たサンチャゴの針に、巨大なカジキが食いついた。3日間の孤独な死闘ののちにサンチャゴはカジキを仕留めるが、獲物が大きすぎて舟に引き上げられず、横に縛りつけて港へ戻ることにした。しかし血の臭いにつられたアオザメの群れに追跡され、必死の闘いにかかわらずカジキはサメに喰いつくされていく。ようやく港にたどりついたとき、カジキの体は巨大な骸骨になっていた。港のサンチャゴの舟とカジキの残骸を見た助手の少年が粗末な小屋にやってきたとき、老人はベッドで眠りながら、アフリカでむかし見たライオンの夢を見ていた。

小学時代、熱海の映画館で観たのだが、スペンサー・トレーシーが主人公の漁師役で、カジキが骨だらけになって、小船に取り付けられたのを見て、港のレストランのテーブルで食事をしていたお客が、その大きさに驚いているシーンが今も記憶にある。さらに断片的だが、さまざまシーンも。

また有名なのは、6本指の猫ちゃん達だ。

ヘミングウェイの猫

キーウェストのヘミングウェイの家の多指症のネコ。この黒猫は四肢合わせて26本の指がある ヘミングウェイは猫好きで、知己の船長から2匹の猫を貰い受けている。この猫は近親交配の結果か足の指が6本ある多指症で、ヘミングウェイは幸運を呼ぶ猫だと信じていた。

キーウェストのヘミングウェイ博物館ではこの猫の直系子孫が50匹ほど今も飼われており、6本指の遺伝子を受け継いでいる。 しかし、これらの猫は、米農務省より指定の設備と動物園としての認可を受けなければ認められないと勧告され、博物館からの立ち退きを迫られていた。

裁判所は博物館側の訴えを却下し、当事者同士で話し合うよう判決を下したが、博物館のあるキーウェスト市当局が、「6本指のヘミングウェイの猫たちは、歴史的かつ社会的に意義があり、観光面でも重要」と位置づけ、農務省が見做した展示物としての動物ではなく、飼い猫は1世帯につき4匹までとする条例の例外として認め、 博物館側を支持。そして敷地内からネコが出て行かないためのフェンスを博物館の責任で設置することを条件に農務省側との合意に達した。

Dscf3778_r 係り員の説明ではこの猫の場合、足2本が7本指で、残り2本が6本指だとか。

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ヘミングウェイの猫ちゃん達

Dscf3762_r ヘミングウェイが、通ったといわれるバーで(オーナーのジョーが友人)、床がいつもビショビショだったので、「Sloppy(水浸し)のJoe‘sにしたらどうだい」ということで、この名前になったとか。

ヘミングウェイは、4回妻を持ち、2番目の奥さんをここに残して、キーウェストを去った。その後2回妻を持ち、

1954年、『老人と海』が大きく評価され、ノーベル文学賞を受賞。同年、二度の航空機事故に遭う。二度とも奇跡的に生還したが、重傷を負い授賞式には出られなかった。以降彼の特徴であった肉体的な頑強さや、行動的な面を取り戻すことはなかった。 晩年は事故の後遺症による躁鬱に悩まされるようになり、執筆活動も次第に滞りがちになっていく。1961年、ライフルで自殺。 享年62歳。

すばらしい小説家であることは確かだが、女性にモテモテだったのだろう。なにか忙しい人生を送ったような印象だね。どのくらい家庭・家族の幸福を楽しんだのだろうか?

ウチらは、二人乗り自転車であちらこちらへと。後ろは見えないのでカミさんに、乗ったら合図をしてくれと何度も何度も・・・・。

道路は大変分かりやすかった。全ての通りには名前がついていて、その角々には白い柱に通りの名前が記されていた。

Dscf3851_r EATON Stとぶつかりますよ、ということ。

キーウェストは米国の国道1号線の出発点です。ここから3,846km先のカナダとの国境近くフォート・ゲートが終点です。

Dscf3771_r BEGIN 1 NORTH 0 です。

Dscf3791_r ここサザンモストポイントで、米国の最南端を示すのだが、実際は傍の海軍基地が最南端だと。ちょとこのモニュメントはセンスが悪いかも。ただ皆ここに来て、記念写真を順番に撮っている。大型ハリケーンが来ると、この付近は波が被るそうだ。

西側地区は、大小様々なマリーナがあり、付随してマリンレジャーの為の受付店が並んでいる。スキンダイビング、スキューバーダイビング、クルーズ、ボートレンタル、パラセイル、ボートフィッシング、水上スキー、バナナボート、ワニ見学ツアー、カヌー、セーリング、・・・・ありとあらゆるマリンスポーツが用意されています。

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マリンスポーツは沖合いの島々とその付近で展開されます。

その他の名所にも行きましたが、キーウェスト観光情報を参考に!

フォート・ザッカリー・テイラー州立公園の海岸にも行きました。松林の白砂海岸です。また南北戦争のころの要塞も見学しました。フォートという名の付いた地名が米国やカナダには多いですが、このフォート(Fort)は要塞か砦を表します。

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松林には、このようにBBQが出来る施設がありました。

移動日の午前、時間があったので、かなり広い共同墓地(Cemetery)を訪れました。

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様々な形態のお墓がありました。基本は土葬の寝棺なのですが、今や火葬だと思います。古いお墓を再利用しているようです。

帰りはキーウェスト国際空港から、フロリダの西側上空を通って、フォートマイヤーズ空港を中継してオーランド空港に向かいました。機内が窓側だったので、下界を眺めながら飛行したのですが、広大な開発された住宅群が続きました。途切れることなく人工的な住宅群です。その規模の大きさに驚いてしまいました。ただし、もともと大湿地帯での開発なので、地耐力が少ないのか、重量の大きい高層建物はほとんどなかったようです。

Dscf3882_r Dscf3884_r

このような開発住宅地が途切れることなく続きます。

オーランド空港には、夕方着いて、カミさんは娘と孫が居るWDWのホテルへ。オイラは空港近くのベストウェスタンホテルにシャトルバスで行き、1泊して早朝5時半起きで、オーランド空港へ。そこから3時間掛かってボストンで、ここで乗り換えて成田まで14時間掛かって無事到着しました。カミさんと娘と孫はWDWで遊びに遊んで、4日後に帰国しました。米国からの西回りのフライトで帰ると、時差ボケが直るのに時間が掛かります。まだ正常になりません。

さてフロリダでの物価ですが、2011年9月にニューヨークとワシントンDCに行った時、為替レートは$1=78円 実行交換レートは約82円とする。今回は$1=120円、実行交換レートは約126円とすると、約1.5倍高くなっている。かつ当地の物価自体は日本より高い。だから当時でも割安感がなかった。

例えば、テーブル食事で、Taxが7.5%それを加えて、Tipが15~20%だ。カフェレストランで二人で食事をした場合だが、本体価格がTax入れて$71.33、それにTipを$11とした。合計で$82.33.日本円にして、$82.33×126円=10,373円となる。日本で食べたと仮定すると、7,000円(ぐらいの食事)×1.08(tax込み)=7,560円。イメージとして1.37倍食事代が掛かったといえる。まぁカフェレストランを見ても、米国人の注文は節約しているのか、あまり高価な食事はしていなかった。

北米人が日本に来てお得なのは、Tipがないこと。15~20%は大きな金額だ。ましてここのところ、円安で最高値より60%も安くなった。多くの欧米人がお得な日本旅行を楽しむわけだ。だから北米からの観光客も大幅に増えている。この辺を日本のマスゴミは説明しないね。

以上今回の旅行記を終わります。

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