熟年建築家が考える今回の川崎市の簡易宿泊所の大火災。実務的視点から今回の事件を見る
川崎の簡易宿泊所2棟の死者5名重軽傷者十数名の大火災なのだが。まだ行方不明が8名ほどいると。これ少なくとも作為的建築基準法違反による刑事罰が加わる事件でしょう。報道によると、この建物は昭和35年に2階建てとして新築工事がされ、もちろん確認申請は認可取得であったが、工事完了検査を受けていなかったらしい。昭和35年といえばオイラは12歳で、そのころは違反建築なんて当たり前の時代だ。ちなみに建築基準法が出来たのが昭和25年、それ以前は市街地建築物法(大正8年より)だった。もちろん以後この法令の改正は夥しいほどの数行われて来ている。それも大事故や災害が起こる度に泥縄式に(まぁ、これは仕方がないことだが)。
オイラが一級建築士の資格を取ったのが、昭和51年でその前後から建築設計業務を開始したのだが、その実務経験の見地から今回の大火災事件を見ると。
現在はこのような公的建物(特殊建築物)は、大雑把なのだが、建築確認申請⇒消防法の同意⇒工事開始⇒中間工事検査⇒工事完了検査(検査済み証発行)⇒消防の検査⇒保健所環境衛生課検査⇒保健所より営業許可証発行⇒営業開始 となる。また建築基準法の工事完了検査⇒検査済証と確認申請書を法務局に提出して不動産登記を行う。法務局の簡単な検査もある。
まぁ今でも、役所の縦割りの弊害は残っているが、オイラがプロの道に入った頃はもっと酷かった。まして昭和35年の頃なんて、考えられないほどだっただろう。・・・・・・・
考え方として、各部門の縄張りはしっかり守ろうということで、建築基準法関係は、建築指導課(今は別名もあり)、消防法は消防予防課、保健所は環境衛生課、それと法務局。それぞれ自己の担当する法令に合致していれば是とする。
また、建築基準法は、当時の法律に合致していれば、遡及はされない⇒”法の不遡及”の原則がある。但し消防法は適時指導が変わるので、遡及をしても良いことになっている。例えば建築基準法では、新築当時はこの規模なら木造で良かったのなら、たとえ現在の法令では違反であっても、撤去して耐火建築物にしろとはならない。但し、もし増築確認申請、改築確認申請、用途変更申請、大規模模様替申請、等々の申請を出した場合は、現在の法令に建物全体が合致しているかで審査されるので、最悪確認申請は認可されない事態となる。
また、当時は、工事中間検査や工事完了検査の義務付けも、超大な規模の建物以外は義務付けられていなかったこともあり、そもそも建築基準法の確認申請の認可の有効期限はないので、、工事が始まってから、何年以内に完成させよという義務付けはない。つまり永遠に工事中ということで逃げることが出来た。建物はすでに完了して使用開始を公的にしてもだ。根本が性善説に立っているわけで。
さて、昭和35年当時、悪徳施主Aと悪徳設計士B&悪徳工事業者Cという配役で、推理ドラマを作ってみよう。これはあくまでもフィクションですが。
悪徳施主A「ここに簡易宿泊所を建築したいのだが、B先生は旨く儲けさせる設計をしてくれるとの評判なのでお願いするんですよ。設計料は多少高くても構いません」
悪徳設計士B「まず、建築基準法的には、この規模なら工事完了検査義務がないので、今の法令上は木造では2階建が限度ですが、3階建で設計して、確認申請上は、3階の床がない、つまり2階建として申請すれば確認申請は通ります。もちろん立面図(外観)は3階建に見えますが、3階の床がないので、法令的には2階建です。」
悪徳施主A「なるほど、そうすれば限度の部屋数の1.5倍の部屋が造れることになりますね。収益は1.5倍になる。B先生、だけどそんなに旨くできますかね。」
悪徳設計士B「最初の工事が完了した時は、2階の天井の上はがらんどうとなった状態となります。ここは何にも使えません。それで2階建てとして消防の初期検査も受けます。保健所は調べる範囲が違いますので、営業許可も下りるでしょう」
悪徳施主A「B先生、しかし3階はいつになるのでしょう。まさか造ることが出来ないなんてことはないでしょうね」
悪徳設計士B「営業許可が下りた後、小規模な修繕ということで、短期で3階の床を張り、部屋の間仕切り壁と天井を造れば良いのです。構造的にそれがすばやく出来るように設計しておきます。それに確認済み看板を再度表示しておけば、回りは気が付かないでしょう。」
悪徳施主A「まぁ、私もこの地でヤクザや役所の人間には、随時便宜を図って飼いならしているし、工事をする建設業者Cも私の息が掛かっているし、なんとかなりそうですね。もし、ちゃちゃを入れるようなものが出たら、仕返しが怖いことになる」
悪徳設計士B「まぁ、私も怖い橋を渡ることにはなりますが・・・・」
悪徳施主A「解かっている。だから設計料を負けろとは言っていない。そしてあんたには一切迷惑を掛けないよ」(心の中では、事件になったら、私は素人で、B先生のご指導通りにして、判を押したと逃げれば良い)
悪徳設計士B「まぁ、以後消防の検査での指摘には必ず守ってください。建築基準法の建築指導課は以後建築検査に来ることはまずありません。また消防法の消防予防課は系列が違いますので、3階の床が完成した時点で、消防に3階建になったと、また保健所にも同じように変更するようにしましょう。その手続きは私共の方で行います。担保になっている登記の方も変更しておきましょう。その都度、基準法の増築申請を行いましたかと聞かれる場合もありますが、”ハイ、しました”で通りますから。まぁ、あうん!の呼吸がありますから、大丈夫だと思います」(心の中では、なあーに今の縦割りシステムではなんとか逃げられる。設計責任にも消滅時効があるから、また設計図書保存義務期間の5年を過ぎたら焼却してしまおう。あとは知らないよ!建築業者は同罪だから口は堅い、そもそも、今回の仕事はその建築業者Cからの紹介だからね)
以上のやり取りは、あくまでもフィクションです。現在の法令と制度ではこのようなことは不可能に近いですが、古い建物ではこのような経緯の建物は未だに多く残っています。役所に保存されている、”確認申請書正本”自体がある期間を過ぎると処分されてきました。言い訳とすれば、施設の倉庫に納め切れなくなるからです。だから大項目は残っていても、その時使われた設計図面は無いのが当然です。
昭和35年(1960年)今から55年前の確認申請書正本はこの世にもうない中で、今回の事件の検察の検証が始まります。事業経営者も最初の”建築主”から今や何代も変わっていることでしょう。果たして建築基準法違反の被告は誰になるのか?悪徳施主A、悪徳設計士B、悪徳建築業者Cはもはや生存も存在もないだろう。あとは川崎市役所建築指導課だが、”法の不遡及”の原則で守られる。これを遡及したら憲法の財産権を犯すことにもなりそうだ。結局は、営業者の避難に関しての管理についての不法行為などで裁かれ、業務上過失致死罪の追求ということになりそうだ。ただ適時検査をしていたと言う、消防には過失がありそうだ。ただこれ誤謬か、不作為の行為で逃げられるかもしれない。
既存の特殊建築物の法令遡及については、その法令の精神(数十年使用される物件として)から言ったら、憲法改正に至る前でも、憲法の解釈で法令不適格な特殊建築物については、法の遡及を認めなくては、未だに多く使用されているこのような建物による惨事は続くことだろう(使用禁止命令か現在の法令を満たすように改造命令)。特に近年建築施工技術の発達で、木造の建物の寿命を大幅に伸ばすことが出来るこんにちとなっていることを付言しておきます。
木造建物に関して驚いたのは、カナダのバンクーバー市内の木造建物で、住宅であってもスプリンクラー設置の義務付けがあったことだった。そこは日本の市街地ほど住宅は密集していないにも関わらずだ。さらに今回の建物は消防法のスプリンクラーの義務付けはなかったそうだ。
後日追加
いや驚きました。川崎市では急遽市内の簡易宿泊所の実態を調査したら、45棟の内、30棟が同じやり方をしていたと。これは完全にビジネスモデルとなっていたようです。単なる間違いではなく、確信犯的に行われてきたようです。川崎市役所の建築課と消防には家宅捜査が入らないとおかしなことになりますね。行政側と一帯だったということです。(担当行政は、わざと不作為の行為をしていた。)
簡易宿泊所の3分の2が「実質3階建て」 市特別検査2015.5.20 23:02
川崎市は20日、市内にある簡易宿泊所への特別立ち入り検査で、同日までに実施した45棟のうち30棟が全焼した「吉田屋」と同様、2階建てと市に届け出ていながら、実質3階建ての吹き抜け構造となっていたことを明らかにした。 建築基準法では、3階建ての建物を宿泊施設として利用する場合、火が燃え広がりにくい鉄筋コンクリート造りなどの耐火建築物とすることを規定している。
立ち入り検査は、市内の49棟を対象に行われているもので、市は今週中に検査を終え、違法建築にあたるかどうか調べる。
| 固定リンク
コメント