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2013年12月19日 (木)

イスタンブル漫遊-8 トルコはユーロやドルが欲しくて堪らない。エディルネという国境近くの街に行きました。

猪瀬東京都知事が、今日の午前に辞職を表明の記者会見をした。検察は徳州会からの家宅捜索でしっかり資料を掴んでいるとか。贈収賄未遂(事前収賄)事件に発展するところだったらしいが、猪瀬の辞職で”藪の中”に入っていくのか。この徳州会は、アッチコッチの国会議員にも、カネを配っていたらしい。今判明している亀井静香への2千万円とか。まぁ、既に亀井はヤバクなったので、返却したらしいが、伴う政治資金報告書違反の問題はどうするんだろうね。まぁ、コイツは晩節を汚しながら終りつつあるが。猪瀬の場合、そもそも石原慎太郎と徳州会との関係から始まったらしいが、その慎太郎も3億円・・・・なんて話も出ているが。

12月になって、みんなの党の分解、刈り上げ君の無慈悲な処刑命令、特定秘密保護法の成立に至る反日左系メディアの捏造大騒ぎなどなど。まぁ、テンコ盛りで中旬を過ぎた。この間オイラはみかんの収穫と貯蔵作業の肉体労働で忙しかった。

さてイスタンブル漫遊の続きです。

トルコ共和国としては、EU加盟国とユーロ加盟国になりたいのだが、イスラム教国ということで、なかなか実現しない。一種宗教的差別なのだが。同じようにクロアチア・マケドニアもEU加盟国に入りたい。今はこの3カ国は加盟候補国との扱いになっている・・・・・

画像上クリックで拡大 Manksdesu

で、このイスタンブルでもそうなのだが、ユーロが欲しくてたまらないのか、多少高額なものは、ユーロ表示でユーロ支払いを優先している。もちろんTL(トルコリラ)でといえば、TL決済が出来るが。それにしても他国の都市と比べて、両替店の多さに驚いた。100m歩くとまた別の両替店といった具合。またカードに依る現金支払機(ATM)も非常に多い。大きい店は別として、小さい店は支払いをVisaカード決済ではダメらしいので、手持ち現金が少なくなると、新生銀行の口座カードで、これらATMから現金化した。まぁ、その都度200TL(1万円)程度だが。一般現地の人々も、やたらこのATMを利用して、必要な現金化を頻繁にしている。因みに、VISA決済は暗証番号式ではなく、サイン式がほとんどだった。

Dscf2260_r 数多くの両替店

Dscf2607_r 数多くのATM

ここで、ホテルの部屋でのトイレについて

オイラ自宅のトイレは15年以上前から、ウォッシュレットなので、これが海外に行くとまこと都合が悪い。尾籠な話で恐縮なのだが、快適は排便行為が出来ない。まぁ、数日経てば慣れるが。ペーパーだけだと尻のアナがムズムズする。で、ここでのトイレなのだが、

Dscf2262_r な!な!なんだこのボッチは。

Dscf2261_r そして全体をよく見る。

ははー、これトルコ式洋便器なのだ。背後の壁にあるバルブを回すと、このボッチから水が水平に勢いつけて水が出る。で、この水を左手ですくい、指で尻のアナを洗う方式なのだ。日本製のウォッシュレットより原始的だが、理にかなっている。で、童貞を失うときのような気分でやってみた。ものは試しだ。事後その状態でそのまま指をきれいに洗う。なんと合理的な!

昔、東南アジアや中近東・アフリカなど、事後手指で尻を拭いて、横の水桶で洗うことは知っていたが、これはトイレットペーパーの普及が少ないからという見解もあったが、そうではない。ウォッシュレット習慣と同じで、このようにしないと気分が悪いからなのだ。謂わば歴史的習慣。但し使う手は左手で、だから左手は不浄な手と云われるのだろう。握手する手は右手という世界的習慣もこの件で頷ける。1回やったら病み付きになりました。

エディルネ(Edirne)について

ボスボラス海峡以外にここから離れたのは、エディルネ(Edirne)に行ったときでした。まずバスターミナルに行きます。鉄道網が少ないトルコでは、バス移動が主体となり、郊外に大きい長距離バスターミナルがあります。長距離バスターミナルをオトガルと言い、ヨーロッパ側行きには、エンセル・オトガルがあり、メトロバスと鉄道を乗り継いでこのオトガルにたどり着きました。

Dscf2455_r これがメトロバスで、バス路線が区画されているので、交通渋滞は関係ない。バス駅もこの通り。

Dscf2454_r 車内掲示で次の駅と順次駅名が表示されている。

Dscf2456_r メトロバスから乗り換えて、鉄道でこのオトガルに行く。

Dscf2466_r このバスで行った。途中トイレ休憩。車内では飲み物と菓子のサービスがある。

Dscf2465_r 傍にあったガソリンスタンド。多分レギュラー、リットル当たり4.48TL(224円)とすると、かなりガソリン代は高額だ。日本よりはるかに高い。回りの国は油田産出国ばかりなのに。なぜだろう?

オトガルから出発して、しばらくは両側に郊外住宅が並んでいる。やがて広大な平地が続き、それらは広大な小麦など畑が延々続いていた。大変農耕に豊かな土地だった。

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グーグルアースにこの道程を入れてみた。約230kmあり、運賃は片道25TL(1250円)でした。

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このエディルネは、ギリシャとブルガリアの国境に近い都市。イスタンブルから約230km離れている。詳しくは ここを参照 。

14世紀にオスマン帝国の統治下に入って以降はルメリ州の州都となり、またブルサに次ぐ第二の宮廷が置かれてコンスタンティノープル(イスタンブル)が征服されるまで100年にわたり帝国の実質上の首都であった。15世紀にイスタンブルが正式の首都となった後もオスマン帝国の副都として宮廷が置かれ、帝国のバルカン半島支配の重要な拠点であり続けたが、近代にギリシャ、ブルガリアが相次いで独立、オスマン帝国も消滅したために国境地帯の地方都市に過ぎなくなった。

エディルネにはローマ帝国時代の遺跡はほとんど残っていない。わずかに市街に埋もれて東ローマ時代の城壁のごく一部と、「マケドニア人の塔」と呼ばれる物見塔が残っているだけである。 オスマン帝国時代の建造物の中でもっとも有名なものは、町の中央部の丘の頂上にあるセリミエ・モスクである。1569年から1575年まで足かけ7年をかけて建設されたこのモスクは、イスタンブルのアヤソフィアを越える直径31.5mの大ドームを持ち、大建築家ミマール・スィナンの最高傑作として名高い。

そのほか、市街中央部の大建造物には、高さ68mのミナレットをもつユチュ・シェレフェリ・モスクや、1414年建造のエディルネ現存最古のエスキ・モスク、メフメト2世の父ムラト2世の建設したムラディエ・モスクなど、この町がオスマン帝国の首都であった時代に築かれたさまざまなモスクがある。

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なんとも美しい、セミリエ・ジャーミィ。

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現役のモスクだから拝観料なんてものはない。もちろん靴を脱がないとはいれない。内部はこの通り、美しいモザイク貼りとなっている。色合いが幻想的だった。

Dscf2488_r このジャーミィに併設されているバザール。バザールとは、屋内にある仲見世通りと解釈する。

土曜日たったのか、街には人が溢れていた。各通りを延々歩いたのだが、どこに行っても人の行列だった。このジャーミィ前の広場にも。ところが、ふと考えて見ると、この数千人とすれ違ったのだが、アジア人顔はオイラ1人だった。

すると、若い美人の女性3人組が、カメラを示しながら、オイラに近づく。英語で”I LOVE YOU”とか笑いながら言っている。最初意味が分からなかったが、どうやらオイラと一緒の写真を撮りたいと。で、じゃあついでだからと、オイラのカメラでも撮ってくれと。この子と一緒にカメラに収めました。

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この3人美女と近くでお茶を飲みました。しかし英語がオイラより片言英語で、難解な会話でしたが、しかし楽しい一時でした。多分現地のお嬢さん達らしい。

どうだ!イサ坊、トシ坊、カン坊。まだまだオイラ、もてるんじゃい!

イスタンブル漫遊はまだまだ続きます。

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コメント

そうなんです。トルコのガソリン代は世界一高いです。

http://blog.livedoor.jp/volkan1992/archives/51953993.html

統一タクシー業者組合会長も、タクシー業者も「エンジン停止運動」を実施したことを指摘して、液体燃料の値上げを撤回することを要請しました。
 デモがガラタサライ高校前からタクスィム広場まで行われました。タクシーもクラクションを鳴らして、このデモを支持しました。
 また、別のグループも別の場所でデモを行い、「ガソリン1リットルは、2008年7月8日には3リラ55クルシュから、2011年1月31日には3リラ96クルシュになった。ガソリンについては、もっと興味深いことがある。国内で生産されガソリンで、消費されなかった半分は1リットル当たり1リラで輸出されている。トルコで生産されたガソリンが1リラで輸出されているにもかかわらず、国内では3リラ96クルシュで販売されている。これは、いかに国民、消費者がむしり取られているか、巻き上げられているかを示している。」と主張しています。(注:とするまでもないとは思いますが、この主張はずいぶんと話が飛んでいると思います。輸出されているとしても、最初から税金はかかっていないと思いますし、ガソリンの高さは石油精製業者の問題ではなく、基本的には,原油価格の値上がりと税金の問題だと思います。また、どこが輸入するにしても、輸入国でも別途税金が掛けられているはずです。)

投稿: | 2013年12月21日 (土) 16時50分

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