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2013年11月26日 (火)

イスタンブル漫遊-2 漫遊のプロローグとして。観光地の比較として大阪・京都に行ってきました。

オイラにとって大阪は、人生の中で訪問・滞在する機会が無かった。と言っても、1970年22歳の時、2回ほど大阪万博に車で行ったのですが、開催地のみで大阪の街には、車で”食い倒れ”の飲食街で食事をしに行っただけなので、ほとんど大阪の街には馴染みがありませんでした。今回2人の知人とそれぞれ懇親を深める目的で行って来ました。1人は町内会の知人が、尼崎に単身赴任をしてるので、阪神尼崎駅にホテルを取り、午後から夜中まで、飲食をしながら懇親を深めました。居酒屋だったのですが、飲食代が安かったのには驚きました。刺身のネタも厚くてたっぷりしていました。ビールジョッキ2杯+八海山コップ酒5杯、場所変えでまたビール1杯と言う具合。相手も相当な酒豪でした。

次の日は、淀屋橋にホテルを取り、特に今回目的の人と、夕方、北浜2丁目にある”きのした”というレストランのテラス席で、川越しに辰野金吾設計のライトアップされた中央公会堂を眺めながら飲食を頂き、さらに北新地にあるスナック”La・メール”にて2次会。大阪の夜を堪能しました。また、大阪駅付近も昼間探索しましたが、最新のビルが立ち並び、しっかり計画された都市となっていて、驚きました。

昼間は大阪から京都に2回程行き、ちょうど紅葉が見ごろの”哲学の道”南禅寺から、永観堂⇒途中昼食で”石松”の定食を食べ⇒真如堂⇒法燃院⇒銀閣寺、そして金閣寺に行きました。紅葉目当てで、平日とは云え、大勢の観光客でごった返していました。天然自然の中の紅葉も素晴らしいですが、京都の寺の人工的演出の中の紅葉も大変素晴らしい。欧米では、黄葉がほとんどで、真っ赤な紅葉はあまりありません。次の日の昼間は、京都国立博物館を目指したのですが、改修中で長期休館とのことで、他の寺を幾つか行きました。この京都は過去6回ぐらい行っていますが、最後が18年ぐらい前で、その後、揉めに揉めた京都駅ビルも新築され(1997年)、また地下鉄網も増設され、最新の都市に生まれ変わっていました。

さて、本題のイスタンブル漫遊-2です。

成田空港で、とりあえずトルコ・リラ(TL)に変えようと思って、銀行の両替に行って、レートを聞いたら、手数料込みで1TL=68.30円とのこと。事前にネットで為替レートを調べたら48.90円だったので、・・・・・・

随分高いねと言ったら、手数料が20円上乗せになると。イスタンブールで替えた方が良いでしょうとのことで、辞めてイスタンブルのアタテュルク空港に着いてから、空港内の両替所で1万円ほどを替えた。1TL≒51円換算だった。

トルコ航空で、成田空港を12:55発⇒アタテュルク空港には現地時間18:10着で約12時間の空の旅でした。機中では、映画もあったが、全て韓国・香港・トルコ映画で、字幕スパーは英語で、日本語なし。1本我慢して観たが。で、ミュージックだ!と探したが、JAZZ系は無し。トルコ系音楽とトルコ・ポップスというのか流行歌。まぁ、聴いていると結構体がリズムを取るようで。そんなこんなの機中では、主にフライトの進行状況ビデオと機外カメラ映像と、時々窓スクリーンを上げて、地上を見たりで過ごしました。

日本から、ハバロフスク上空⇒シベリア内バイカル湖の北側⇒ウラル山脈を越えて、ヨーロッパ側に入り⇒黒海の真ん中を通ってイスタンブルのアタテュルク空港に着陸。

11月のシベリアは、まだ積雪がなく、険しい山脈と平地と自然川が入乱れ、まず人を寄せ付けないかのような大自然が続いている。やがてヨーロッパ側に近づくと、農耕地が多くなり、そこには残雪が農耕地の形を浮きださしている。イギリス・フランス・ドイツ行きは、さらに北側を通り、フィンランド・スウェーデンの南側とバルト海を通って、南に下る。

(以下画像クリックで拡大)

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Dscf2162_r やっとイスタンブルです。

イスタンブルのホテルをどこに予約しようかと調べたのですが、簡単に言えば、このイスタンブルは、細長い入り江の金角湾を挟んで、北側が新市街、南側が旧市街。多くの名所は旧市街地なのですが、公共交通の費用が大変安いので、新市街の中心にあり、交通に便利なタクスィム(Taksim)の付近に決めました。空港からハワシュというシャトル・バスが30分置きに出ているので安心です。因みに途中の旧市街のアクサライ(Aksaray)に停まります。大きい荷物は、運転手がバスのトランクに入れてくれ、チケットは乗ってから運転手から買うことになります。運賃は10TL=500円で時間は約30分ぐらい掛かりました。

ホテルまでは、事前にグーグルアースで擬似体験をして、あとは地図を見ながら感を頼りに、そのホテルに辿りつきました。ガイドブック(地球の歩き方)に図示してあった、シャトル・バスの停留所が200mほど離れた別の通りに変更されていて、また夜でもあったので、少し戸惑いましたが。

さて、トルコは、北の黒海と南のマルマラ海を結ぶボスボラス海峡によって、ヨーロッパ大陸側とアジア大陸側(アナトリア半島)に分かれていて、イスタンブルのあるヨーロッパ側は、国土の5%であとの95%はアジア側アナトリア半島が占めている。人口で見ても、約90%がアナトリア半島に住んでいるとのこと。しかし、文化面、スポーツ試合はヨーロッパ圏に入れてもらっている。

またそのマルマラ海はさらに南のダーダネルス海峡を経て、エーゲ海そして地中海に繋がる。そのような地形なので、海・海峡は大変穏やかで、遠い昔から海洋航路で栄えて来た地域。また北欧のように冬の大変厳しさはなく、1年を通して気候も温暖だ。熱海の冬の平均気温より、暖かいかもしれない。超低気圧も来ないし、大雨も少ないようだ。

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滞在期間中はあいにく雲りの日が多かったが、雨は少しだけ見舞われたが、傘が必要なほどではなかった。しかし、日本と同じように地震が多いらしい。これは断層が多くあり、1999年には、イスタンブルから、アジア側90km離れたイズミット付近で、M7.6の地震が発生して、1.7万人(実際には4.5万人とも)が死亡・行方不明、60万人が家を失ったそうだ。イスタンブルも古い建物は被害を受けたらしい。またマルマラ海ではそのために3mの津波が発生し、海岸近くは被害を受けたそうだ。

このアジア側のアナトリア半島は太古の昔から地震は多い。東端のイラン側に近いワン近郊では2011年にもM7.1の地震が発生している。人口密集地ではなかったので、死者・行方不明は600人超えだったらしいが。そのような地形なので、温泉が各地にあり、有名温泉地も数多くあるそうだ。

トルコ語の文字はアルファベットもどきを使っているが、英語ではない。調べると1928年まではアラビア文字を使っていたが、現代トルコ語として、ラテン・アルファベットに変えたそうだ。

文章語はオスマン帝国時代にイスタンブルのエリート階層の人々が使用していたオスマン語を、アラビア文字表記からラテン文字表記に改め、アラビア語とペルシア語の語彙・語法を減らして簡略化したものを基礎とする。

文法的には、英語と違い、多少日本語の文法に似ているそうだ。

日本語の助詞や助動詞のように、単語の末尾に接尾辞を付着させて文法関係を示す膠着語であり、語順も日本語に似て、原則として主語を文の先頭、述語を文の末尾に置く(SOV型)。形容詞も日本語同様、前置修飾である。母音調和を行うことも大きな特徴である

まぁ、文字を見て、オイラなりに発音をするのだが、正解に近い場合と、全然違う場合があり、それが甚だしい。英語は日本でと同じように、一般には全く通じない。もちろんホテルの受付などは通じるが、それ以外はほとんどダメだった。強烈に多い店の呼び込み人は結構通じるが、油断が出来ない連中が多い。観光客風のオイラに、道に迷った白人が英語で聞きに来るくらいだから。

ただ、イスタンブルの治安については、安全だ。問題のある場所では警官がカービン銃で構えているし、街中警官も拳銃を下げている。怖い顔をした男に単語並び質問をすると、親切に教えてくれる。特に、電車やバスで困って、真面目そうな女学生に尋ねると(彼女らは英語が出来る)大変親切に教えてくれた。まぁ、風貌も太古の昔から様々な民族がミックスされて現在に至っているわけで、しかしその中でも移民も含めて、中近東国や、ギリシャで見たようなとか、北アフリカで見たような、ロシアで見たような、北欧で見たようななどの風貌が入り混じっている。韓国・中国・日本・東南アジアの風貌は観光客以外いなかった。

とにかく、顔の掘りが深い、オイラの2倍くらい目が大きい。京都の三十三間堂で見た、武装像は彼らの顔をモデルにしたと思う程だった。また幼児は天使のような愛くるしい顔をしている。これが成長するとあのようになるのかと納得したりして。女性はすれ違う100人に2人ぐらいが、卒倒しそうになるくらい美しく、愛くるしい。もちろん若い女性だが。しかし三十路になると、腰回りを中心に肥えてきて、天使の面影は一切無くなるようだ。

イスタンブルについて今日もプロローグみたいな話になってしまいました。次回はより詳細に漫遊体験記のお話を致します。

次回に続く

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