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2013年10月30日 (水)

イギリス漫遊-9 最終編。ギャラリーも見学しました。また歓楽街・ウィンブルドン・ロンドン塔も。

BSのワールドWEBの世界の天気を観ていたら、なんでもイギリス・北欧に非常に強い低気圧が来ているそうで、ノルウェイあたりは、風速数十mの強風だとか。10年に一度のクラスとかで死者も15人ほど出したようです。ほとんどの低気圧は大西洋から、イギリス⇒北欧⇒東ヨーロッパに移動する傾向になっていますね。熱帯性低気圧の台風だとかハリケーンだとかサイクロンのような名前は付いていないようです。

ただ調べて見ると、冬の期間はこのような低気圧に頻繁に襲われるようで、総称して「冬の嵐」と呼ばれるそうだ。またアイスランドに停滞しがちなので、”アイスランド低気圧”とも呼ばれることもあるそうだ。ただ熱帯性低気圧のような超低気圧ではなく、その代わり頻繁に訪れては消滅するというタイプらしい。イギリス滞在の時も、小さい低気圧が来て、小雨の日が多かった。暗く、寒い日がこれからヨーロッパで続いて行くのでしょう。だからやがて春・初夏を迎える人々は、おおいに喜ぶことになるのでしょう。太陽の下でスッポンポンになりたくもなるよ。乳丸出しで。

ロンドンではギャラリー(美術館)にも行きました。なんといっても、最大なのはナショナル・ギャラリー(The National Gallery)です。地下鉄のピカデリー・サーカス駅で降り、歩いてすぐのところ。ここは大変分かり易いです。・・・・・・

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エントランスの前は広い広場となっていて、特に土曜日だったからか、大道芸が各所で自慢のワザを披露していた。もちろんここも国立なので入場は無料。ところが、パリのルーブル・オルセー美術館、米国のワシントンDC・ニューヨークの美術館も無料だが、これらはカメラ撮影OKなのだが、ここはカメラ禁止だったので、中の作品を撮ってみやげに出来なかった。

ただ、カソリックの影響の絵画は少なく、プロテスタント系の絵画が多かったように感じた。1250年~1350年間の宗教絵画では確かキリストがお客の足洗いの仕事をしている絵など初めて見るものもあった。1450年~1500年間のベニス絵画もあった。途中、寝不足気味だったのか眠くなり、ルーベンスの絵画に囲まれて、長イスで仮眠を取ったりした。

ゴッホの”ひまわり”・”椅子とパイプ”、フェニメールの作品、クロード・モネの”池と睡蓮”他数点、マネが4点、ダビンチ・ラファエロ・セザンヌ・ドガ・アングルなど等、オイラの知っている画家の絵画が満載だった。

カメラ禁止だったので画像はないがここを参考に・・ロンドン ナショナル・ギャラリー

面白かったのは、”A Scene on the Ice Near a Town(街の近くの氷の上で)”という1615年に描かれた絵で、これがテムズ川が凍って、アイススケートなどを庶民が楽しんだ事実を伝える絵だと言う事。例のマウンダ極小期と云って、小寒冷期があった証拠となっている。これから温暖期は終わり、序じょに寒冷期に向かっているという学者もいる。

また、テート・モダン(Tate Modern)美術館へも行った。地下鉄London bridge駅から、遠回りでトボトボ歩いていったのだが。途中今年完成の欧州一の高さのシャードの根元を見て、迷いながら到着した。

Dscf2069_r シャードの根元。展望料金が6千円前後だったし、天気も悪かったので素通りをした。

Dscf2070_r やっと、通りの奥にこの建物の高い塔が見えてきた。これがランドマークとなっている。もともとここは、古い発電所だったところをリノベーションをして、ギャラリーにしたそうで、2000年に開館した。この高い塔はそのまま使用している。

Dscf2071_r ところが、一部を増設工事をしていて、完成すれば、さらに大きなギャラリーとなるだろう。

20世紀以降の現代美術をテーマに絞った美術館。

前衛的芸術作品から、ミロ・セザンヌ・モネ・マチス・ピカソ(泣く女)・ダリ等の作品を観ることが出来た。未だ増設工事中だったのが残念だった。もちろん入場無料で、ここはカメラOKだった。

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Dscf2081_r_2 難解な作品も多くありました。

このギャラリーは、オルセー美術館がセーヌ川沿いなら、ここはテムズ川沿い。ここからテムズ川を渡る徒歩用の橋がありました。

Dscf2082_r 橋の高さまでスロープで上がります。

Dscf2083_r 自動車がいないので、眺めは最高でした。

さて、土曜日と日曜日夕方、美術館見学の帰りに、ナショナルギャラリー広場・ピカデリーサーカス広場・その近くのレスター・スクウェアーに行きました。土曜日は人でごった返していました。

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Dscf2066_r なんだか不可思議なゾンビ仮装の集団。やがて彼らは、近くの”サパー・クラブ”に列を作って入って行きました。ゾンビ仮装でクラブの中で、きっとマイケルの”スリラー”でも踊って楽しむのかもしれません。まったく好きですね。

このピカデリー広場の付近は奥にソーホ(Soho)という歓楽地域、またミュージカルなどのライブ劇場が集っています。ミュージカルを調べたら、ほとんどニューヨークのブロードウェイでの出し物と同じでした。またこれらは数年・十数年のロングランでやっています。一つタップダンスで有名な、”トップ・ハット”のポスターを見つけたので、チケット売り専門の店で聞いたら、月・火曜日しかやっていないとのことで諦めました。

また、この地域はカジノが許可された地域のようで、数々のカジノ(CASINO)を見つけました。欧州のカジノは、ドイツのミュンヘン、フランクフルトもそうですが、小規模なものがほとんどです。

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歓楽街ソーホの方も探索しましたが、目立つのはポール・ダンスのストリップでしょう。入りませんでしたが想像が付きます。カナダのバンクーバーでさんざん行きました。あともっと怪しげなところもあるそうですが、「君子危うきに近寄らず」で皆素通りをしました。日本の寿司屋もありましたが、ほとんどサカナの具はサーモンが主体で、あとは何とかロールってやつ、併設して韓国料理店でした。きっと経営者は韓国人でしょう。まぁ、本当の高級寿司屋もあるのかもしれませんが、そうとう値段が高そうで。

パディントン駅の構内ショップにも、回転寿司がありましたが、ほとんどサーモンの刺身で、あとは何とかロール。3皿食べてやめました。日本食がブームだと、日本のマスゴミが伝えますが、実際は数は少なく、大ブームってのは大げさでしょう。また韓国人が経営者というのも多いです。とくにバンクーバーも。これ最初は日本人経営者で、採算が合わず撤退して、そのあと韓国人経営者が引き継ぐパターンが多いです。

Dscf2091_r ロンドンの中華街。ここで£9.5のビッフェスタイルの中華を食べました。しかし勘定はカードはだめで現金だと。確かに入り口にその表示があったのを、あとで気がつきました。少なくなった現金でなんとか足りました。危うく恥をかくところでした。

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土曜の夜は誘蛾灯のように、人が集ってきます。寒いのに元気だ。日曜日にも同じ場所、同じ時刻に行きましたが、静かだったです。イギリスも欧州皆同じで、日曜日にはショップはほとんどが休業です。飲食店も休みが多いです。これは日曜日の教会への参加と、家族サービスを大事にするからだと。この休業は法的にも規制されているとか聞きました。

最終日に、地下鉄を乗り継いで、テニスのウィンブルドン(Wimbledon)に行きました。これ街の名前です。地下鉄の延長ですが、すぐトンネルを出て地上にあるSouthfields駅で降り、そこから約15分歩きます。この辺一帯は古きイギリスの住宅が続きます。まぁ、イギリスの田舎風。大きな公園と、広大な高級ゴルフ場。そしてその前にウィンブルドン・テニスコート場があります。

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Winnburudonn_rこのように大きな試合用コートが3面、あと練習用コートが数えたら30面もありました。ここには、テニス博物館があり、テニスの歴史が展示陳列されていました。その入場料は、£10でセンターコートNO.1の見学料も含んでいます。ここで、テニス大好きな長女の旦那とテニススクールに通っている次女の孫用に、ここのロゴが入ったテニスの雑品を購入して土産としました。2セットなのですが、結構な金額でした。まぁ、ここでしか買えないようなので記念にと。

帰りのヒースロー空港発19:35まで十分時間があったので、最後にロンドン塔に行きました。(WIKIより)

1066年にイングランドを征服したウィリアム1世が1078年にロンドンを外敵から守るために堅固な要塞の建設を命じ、本体は約20年で完成した。その後、リチャード1世が城壁の周囲の濠の建設を始め、ヘンリー3世が完成させた。

長い歴史の間に国王が居住する宮殿として1625年まで使われ、その間、14~19世紀にかけては、造幣所、天文台でもあり、1640年までは銀行、13世紀から1834年までは、王立動物園でもあった。なお、ロンドン塔に最後に居住した王はジェームズ1世とされる。

また、身分の高い政治犯を幽閉、処刑する監獄としても使用されはじめたのは1282年のことで、やがて14世紀以降は、政敵や反逆者を処刑する処刑場となった。第二次世界大戦中の1941年から1944年にかけては、対英和平交渉を結ぶべくドイツから単独で飛来し捕虜となったルドルフ・ヘスが幽閉された。

現在もイギリス王室が使用している宮殿であるが、ロンドン観光の目玉になるほど観光客も多く、内部にある建物の幾つかは、世界最大のダイヤモンド「偉大なアフリカの星」など様々な歴史的展示物を陳列して、見学できるようになっている。1988年にはユネスコの世界遺産に登録されている。すぐ近くには、世界的にも有名な跳ね橋であるタワーブリッジがある。

ここで、公開処刑が多く行なわれた時期があり、庶民のガス抜きに使われたようだ。

入場料はシニア料金でも£18.5で一般は£20と結構高い。国立の施設では無料が多いが、そうでない見学施設は、その分なのか、非常に高いようだ。ちなみに、東京国立博物館の入館料は600円です。

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中世の甲冑、剣、矛、銃、大砲など満載で、530カラットのダイヤが埋め込まれた王冠や他の宝石がちりばめられた王冠も数多くあり、その見学は動く歩道なので静止してみることが出来なくしている。そしてなぜか日本の甲冑も。

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中世の雰囲気を出すために、中世の衣装での演出も。

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Dscf2124_r_2 この若者、顔を真っ赤ににして大変そうだった。

構内も広く、異次元世界が楽しめる空間だった。ゆっくりするなら半日楽しめそうだ。余談だが、ここではカラスが縁起がいいとのことで、カラスの羽を切って遠くに行かないようにしているとか。

この後、ホテルに預けてあった荷物トランクを持って、電車でヒースロー空港に行きました。そして約12時間掛けて成田に着きました。

そうそう、イギリスについて漏れていた事を。

一般に出口は”WAY OUT”と表示し、緊急避難の出口のみ”EXIT”と表示。
エレベーター(Elevator)は、単に”Lift”。地上1階は”Ground”で、地上2階が1階”1F ”となります。日本人はこれでよく混乱します。

イギリスはまだまだ見たいところ満載で、奥が非常に深いです。さすが嘗ての大英帝国ですね。冬の半年に渡る寒さが無ければ、是非住みたいところです。ただ物価は高いです。為替の関係もあるかもしれませんが、一般的にホテルも飲食も感覚で言ったら、日本の1.5倍くらいか。とにかく会計で日本より安いなと感じたのはVATの掛かっていない果物ぐらいでした。そんなこんなで、後ろ髪を引かれる思いで、イギリスを去りました。

これで、イギリス漫遊を終了します。

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