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2013年1月29日 (火)

老人は吝嗇をするなという、自称専門家の無責任で浅薄な批判には、頭に来ますね。老人の資産はダムのようなもの。

昨日、通常国会が開かれ、安倍晋三総理による所信表明演説が行なわれた。お前が言うなの民主党や、他の野党から、TPP、憲法改正、原発問題、尖閣問題、普天間問題などなど具体的事案に対して言及がなかった、争点を隠しているなどと、相変わらず劣化発言全開だったが。バカだね、所信表明演説なんて、マクロに関しての所信を表明するのだから、様々ある政策を、こまごま語っても仕方がないだろ。オバマ大統領だって、マクロについて語り、一番大事な、国民に勇気と希望と覇気を鼓舞することに力を入れていただろうが。「元気な日本を取り戻そう!」は、今の世に、まこと適したスローガンだと思う。

フルコースの建築設計においての作業というのは、まずマクロ的なもの、つまり全体像を探すことがスタートとなる。夢で終わらせないために、概略の予算規模や法規の制約、配置の制約などなどの基本計画と、そこからそれを実現させるために、様々ミクロの世界に入っていく。しかし、ある段階でマクロに戻って検討して、またミクロの世界へ。これを何度も繰り返す。最終的には、例えば、ドアのデザイン、ドア・ノブの選択、蝶番の種類まで決めて行く。まぁ、全て同じような世界であろう。国の政策についても、そうでなくてはならない。

もちろん、まずミクロを実現させるために、ミクロから入って、マクロに行く、そしてそれを繰り返すという手法を取ることもあるが、やはり、ミクロとマクロを繰り返し、完成に向かっていく。その間、莫大な作業量が掛かるわけだが、素人にはなかなか理解は出来ないだろう。何を言いたいかと云えば、今回の総理の所信表明演説は、日本における問題のマクロを語り、安倍晋三政権のポリシーと国民に理解と鼓舞を求めたわけだから、反体制気取りの批判は意味のないものだと考える。

今朝、みのもんたの朝ズバをチェックの意味で一部観たのだが、案の定、常連コメンテーターの毎日新聞論説員でとっちゃん坊やの様な与良正男と、TBS解説員の杉尾秀哉が、民主党政権時代は大人しかったのに、早速次元の低い政権批判を開始していた。まるで3年半前までの、自民党政権批判に先祖帰りしていたような印象だ。

常に無責任に世論を混乱させるのが、趣味なような、”いつまでも懲りない連中”だね。系列的に毎日⇔TBS、朝日⇔テレ朝だが、これらの論説員ってよくテレビ出演で稼いでいるのが多い、というか多すぎる。無理やり反体制批判を繰り返す、こんな連中を、今や国民はネット情報に浴していて、その偏向ぶりに気がついているのだが。そう、蔑んだ目で見ているのだよ。まるで喜劇だ。今年は益々、朝日、毎日を中心としたレガシー(過去の遺産)論説に国民の批判が集ることだろう。朝日叩き、毎日叩きを激しくしよう。

よく言われるのは、日本人の個人貯蓄は1,500兆円あって、その内60歳以上の占める個人貯蓄はその60%、900兆円あると。この不景気はその60歳以上がカネを使わないから、それが原因だと。もっと老人にカネ、無駄つかいであってもいいから老人から巻き上げろと。失敬極まりがない。過剰な消費はしなくても、間接的には国債の利回りを安定させているわけだが。

以下、2009年までの統計だが、1990年の頃から増え始めているようだ。今は1,500兆円と云われている。

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まぁ、その年齢になると、退職金が数千万円、年金収入そして、そろそろ親が亡くなり、その相続資産が入ってくる。法定控除額を超えると、莫大な相続税を取られるが、相当な額が資産移転をするわけで、時間を掛けて子供の世代に受け継がれる。その結果、60歳以上の資産が900兆円ということだろう。オイラの学友は、ほとんどこのパターンだ。これからもっとも人口の多い団塊世代がその年齢に突入していく。そして住宅ローンも、もう終わっているのが多い。もちろんその恩恵に浴さない老人も多くいることは前提だが。

まぁ、老人は、その人生において、数々の金銭にまつわる失敗も経験し、欲しいものは、それ以前にほとんど買い揃え、新たに買い替えの欲求もそんなに起こらない。車だって、故障なく走ってくれればいい。伴侶のバーバに見せびらかす必要もない。また妙にケチになっていて、今までの家財・器具をカネを払って処分してもらい、新しいの買うという行動が鈍くなる。古い電化製品を昔のように無料で粗大ゴミで引き取ってもらえば、買う気も起こるが、家電リサイクル法とやらで、カネを払わなければ処分できなくなってしまった。市では受け付けないから、業者に依頼するしかない。その為に結構な金額を支払うことになる。それ以外では市のプラントで引き取るが、無料ではない。だから、家のリホームなどでも、従来からの家具や建材などの処分費は、莫迦にならない金額となる。

で、マスゴミの話題では、「老後の生活が心配だから、カネを使わない」という論調が多いが、これは一部は当たっているが、全てではない。基本として老人には愛する子・孫達がいる。もちろん別々に世帯はもっていることが多いが。未婚も多いだろう。親の気持ちとすれば、その子・孫に金銭的一大事が起こった場合、なんとか助けになりたいという気持ちは、ほとんどの親としての当然の心情を持っているものだ。もちろん自分が生きている限りだが。

人間以外の動物の親は、短期間で子供の育成をして、あとはオサラバしてその事を忘れて、次の子造り子育てに励むのだが、それでもその間は、自分を犠牲にしてでも子供を守る。もちろんこれは種族保存の本能からだが。人間の親の場合には、なまじ知能・感情が発達しているのが原因で、その状態はボケない限り死ぬまで続くことになる。親にとって、子・孫に一大事が起こった場合、それに対して何も出来ないということは、まさに不幸なことなのだ。残りの人生ずっと自分を責めることになる。子・孫に対して、自分が生きた証とも云える。所詮、親は子・孫の肥やしになるのだから。これ人間の普通の原理原則の範疇なのだ。

もちろん何も出来ない親も、相当な数はいるが。それでも何も出来ない自分を責めるとこは普通であろう。自分が生きている限り、過分な援助はしなくとも、そのための資産は確保しておきたいというのが本音だ。だから、老人の貯えている現在の900兆円というのは、一族を守る為の、資金のダムなのだろう。ダムが安定的に水を放出するのと同じで、一族の中で、必要とされる時に放出される。

子の結婚資金の一部として、子・孫の大病の時、日常的お祝いの時、事業や投資の失敗でにっちもさっち行かなくなった時の最低限の援助。「老後の自分の生活が不安だから」ということだけではない。そして、それら親の子・孫に対する援助資金もしっかり消費で天下に回っている。ただダムのように、少しずつ、安定的に放出しているのだ。

もちろんその根底には親としての打算もある。子や孫にとって、美しい話ばかりではなく、いざとなった場合、最後の貸し手になってくれる可能性があるから、慕うという気持ちも、ないわけではない。それでいいと思う。子や孫から見て、どんなに好きな親であっても、いつも反対にカネをせびられるとなったら、うっかり近づけない。自分に迷惑ばかり掛けるとなると、どんなに過去を感謝したとしても、その親への慕う感情はなくなってしまうものだ。

まぁ、資産を持っている老人達は、どっちみち最後は子に相続され、子や孫が変わって消費をする。過大に資産を持っている場合には二重課税になる相続税も納めることになる。それが、大雨の洪水のようなものではなく、ダムに制御された河のようなものなのだ。

まるで、900兆円溜め込んでいる老人層を、吝嗇(りんしょく)かのごとく発言する、自称専門家の浅薄な脳ミソには、時々腹が立つ。多分その人達は、そのような親を持つことに恵まれなかったのだろう。公助・共助・自助という言葉があるが、まず目指すべき、讃えられるべきは、自助それも一族の自助というのが、日本人の昔からの考え方だと思う。もちろん国際的にも共通の理想なのだ。

一粒で二度おいしいオイラのブログ:今日の画像

話変わって、昨日の国会における安倍晋三総理の所信表明演説のシーンですが、

これ民主党議員の群れの写真。

これが今、ネット画像では大評判で出回っているようです。

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ほとんど覇気が伝わってきません。

こりゃ、今年の参院選までもつかどうか。

 

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