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2012年10月27日 (土)

続パリ。パリでの食事、メトロ、建物、エアコン、ミュージアムなどなど。

前記事の続き

都市伝説なのか、真実なのか分からないが、地球の自転と逆に移動すると、時差ボケが酷くなると云われる。北米に行く場合には、自転と逆を行くので、北米に着いてから2日ぐらい時差ボケに襲われるが、日本に帰ってくると、これ自転と同方向に移動するからか、あまり時差ボケにはならない。逆に欧州方向に移動するとなると、この反対の現象が起こる。今回も、未だに帰ってきてからの時差ボケが直らず、昨晩も夜通し寝入ることができず、つい録画を観続け夜明けを迎えた。まぁ、老化も関係してボケが過剰化しているのかもしれないが。夜明け6時頃庭に出て、いまだ残っている欧州での体感温度と比べると、オイラ地域はまったく温暖だ。多分10℃前後アチラは寒い。

前記事でパリでの食事について、いくつか感想を取り上げたが、舌の肥えたオイラとしては、さすがはパリというような料理には出会わなかった。なにぶん英語メニューを見ても、豚・牛・羊・魚は分かるが、料理の仕方を選ぶ段になって、ぼんやりとしか把握できない。ただエイヤ!と決めるしかない。そしてフランス人の舌とオイラの舌がどうも噛み合わないのか、一度もまた食べたいという料理には出会わなかった。一品のボリュームが日本と比べ1.5倍~2倍ぐらいあるので、舌が合わないと無理やり腹に納めることになる。ただ季節柄スモークサーモンは、身も日本より厚く、油も乗っていて、タップリあって、大変美味しかった。土産にパック入りを買っていった程だ。

食事が終わって会計の段になると、・・・・・・

日本のように請求書を手にして、レジで会計をするという方式は一切なかった。これは日本だけの習慣なのか。

テーブルで、「終わったよ!会計をしてくれ!」とテーブル担当に告げると、しばらくして請求書を持ってくる。現金を渡すと、腰に付けた大きめなサイフからお釣りの小銭を出してテーブルに置く。チップはないとしても小銭のジャラジャラはそのまま残して置く。これ、多分担当者の実入りとなるのだろう。カードの場合は、やはり腰に付けたカード決済機を持ち出して、渡されたカードを突っ込み、ほとんどが、暗証番号を打たせ、その後その機から出てきた決済レシートが出て来てそれを渡してくれる。店によっては暗証番号ではなくサインの場合もある。このスタイルは北米でも欧州でもアジアでも同じなようだ。

メトロについて

38年前、モンマルトの丘に行くのに、高架鉄道に乗ってピガール広場駅で降り、歩いて行った。だから、ピガール近くになって、付近にあるムーランルージュのシンボルの風車を見下ろしたのだが、その高架鉄道と古くさかった車両も一切なくなっていた。メトロも、昔よりさらに数倍多く増え、密度が濃く、メトロが張り巡らせていた。全て自動改札で出口(Sortie)に出なければ何度も乗り換えは出来る。1回券が1.7€(約180円)、10回券が12.7€といったところ。東京都営地下鉄では、最短で170円、そこから距離に応じて高くなり、28km~46kmでは410円なので、パリのメトロのほうが断然安い。まぁ、欧州はどの国でも都会交通機関の料金は日本の半値以下という印象だ。タクシーも公共交通機関の増設で昔より数が少なくなっているようだ。

建物について

大昔からの積石造やRC造の建物が並んでいるが、これ、ほとんどが連続建物となっている。日本の法規上の用語では”長屋”という扱いになる。隙間なく建物が並ぶことで、全体として大きく見えることになる。これ両端以外は両端外壁の仕上げに係わるコストを大幅に減らすことが出来る。しかし、これは強い揺れの地震がないから可能なのだ。地震で横揺れを起すと、横方向に動く揺れのエネルギーが途方もなく大きくなり、建物が崩壊する危険性がある。エキスパンション(縁切り)的隙間で横軸方向のエネルギーが伝わらないようにするため、建物間には隙間空間を設けることが必要となる。だから日本では不可能だろう。

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日本風に言うと、防火のため屋根に”卯建(うだつ)” を設けている建物もある。これ日本をの除くと、欧州のほとんどの都会の建物に多い。北米では木造(ツーバイ工法) でも1階又は半地下階がガレージで、総3~4階建て、4戸の居宅で連続構成された建物が多い。これは一般に”タウン・ハウス”と呼ばれている。

また、欧州では階数の数え方が違う。地上階は0階(E階)で、2階が1階となる。慣れないと戸惑うこともある。

冷房エアコンについて

カナダのバンクーバーに居たとき、気がついたのが、冷房エアコンがほとんどの住宅についていなかった。自動車にも。つまりパリを含めて夏の猛烈な暑さというのはあっても短期間なので、わざわざコストを掛けて、という必要性がないのだろう。パリで滞在した☆☆クラスホテルでも、エアコンの設置はなかった。だから2003年8月、パリを襲った猛暑によって、フランス全土で熱中症での死亡者15,000人、パリで10,000人という事態となった。

パリの8月の平均気温が18℃なのに連日30℃を上回ったのだから、どうしようもない。高所得者は、夏はバカンスをとって(法規的措置)涼しいところにその間移動するが、低所得者はバカンスなんて取れないし、高齢者で低所得者も移動が出来ない。そんな中、襲った悲劇だった。しかし、かなり多くが大昔からの建物で、美観を損なうことなのか、窓に直接嵌め込み(昔日本でも多かった)エアコンを付けられない。どうにもならないらしい。もちろん最新のビルディングは、空調設備は設けているが。また自家用車に冷房エアコンの付いている車も多分少ないだろう。

そんなことから、フランスのバカンス法は、単に怠け者的にあるのではなく、それなりの理由があるのだろう。中国でも気温が37℃を超える予想が出ると、学校や空調のない会社や工場は法的に休みとなるとか。しかし、政府はなかなか37℃を超える予想はわざと出さないとぼやいていた。冬の暖房は輻射熱のオイルヒーターが設置されているところが多い。しかしオイラが滞在したホテルの部屋にはそれさえ付いていなかった。激寒になったらどうするのだろうと疑問に思った。

その点スペインは日本並みに真夏日・猛暑日が続くので、昨年行った時見たのだが、建物の裏側にセパレート型のエアコンがほとんどに付いていた。ワシントンDCやニューヨークでは、セパレート型は屋外機やそれに繫がる配管など美観の関係なのか見当たらず、ほとんどが昔ながらの窓嵌め込みエアコンだった。

ミュージアム (museum)について

日本人のなかなか理解できない背景には、色濃く浸透している宗教なのだ。スペインでは数多くのミュージアムを見学したが、基本は聖母マリア信仰のカトリック教。聖母マリア、キリスト誕生、キリストの処刑、哀れむ信仰者などなどの絵画で埋め尽くされていて、無神教のオイラには、終いには飽きてしまった。

そもそも、カソリック教は聖書をもとに布教をしてきたが、その聖書はラテン語で書かれていて、一般民衆はそのラテン語は理解できなかった。そしてその解説は聖職者の専権だったわけで。そこで宗教画をあらゆるところに描かせて、その絵画を説明しながら布教を広めていったとも云える。だから、キリスト教の布教の為の重要な道具であり、設備投資であったとも云える。画家のあらゆる表現方法で、あらゆる解釈で無限に近いほど同じテーマが描かれ、その多くが大切に残っており、多くのミュージアムに展示されている。またカトリックは、世界を包む大中央集権でその三角形の頂点が、バチカンのローマ教皇ということになる。

欧州での宗教信者について2012年版を拾ったのだが、

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↑のようにイタリア・スペイン・ポルトガルなどは人口の80%前後が敬けんなるカトリック信者で、キリストと並び、いや絵画ではそれ以上に母親のマリアについての絵画が多い。その宗教心の濃さは、日本における仏教や神教などセレモニー的なものではなく、強烈な一神教なるが故に、日常の生活まで戒律において縛られているかのようだ。だからその戒律の一つである自殺の禁忌もあり、自殺者の統計では日本よりはるかに少ない。なんたって自殺をしたら死後、地獄に落ちることになっているので、怖くて自殺など滅多にできない。

しかし、聖職者の不正や多くの問題が噴出して、それに疑問を感じたマルティン・ルターらによる宗教改革に至ったわけだ。これ1517年の頃から始まった。そして、聖職者の専権だった聖書を一般人に理解させるため、ラテン語の聖書をまずドイツ語に翻訳させた。その後グーテンベルグの印刷技術の発明で、各国語に翻訳されて行った。世界のベストセラーの本になったわけだ。

宗教改革の後、プロレスタントが発祥していって、やがて欧州北部では、プロレスタントの信仰者が増えていったというのが歴史の一面なのだ。

さてフランスは過半がカソリックなのだが、南欧より信者の数は少ない。パリでのミュージアムは、カソリック的マリア信仰の絵画がスペインなどと比べ少ないのが、客観的に絵画を楽しむ者には救われる。

さて、ミュージアムでは、ルーブル、ポンピドウ近代、オルセーなどを見学した。ルーブルは1人で約5時間館内にいた。昔なかった真ん中にあるピラミッドに興味があった。これ要するに、右翼のドノン翼、奥部のシュリー翼、左翼のリシュリュー翼に行く通路が交差していて、ここが入館、退館のセンタースペースとなっている。大空間には自動入場発券機が多くあり、オイラが行った時地上で並んだが、これセキュリティー検査での糞詰まりだった。

さすがに、ダビンチの”モナ・リザ”は、NO1の人気なのか、各所にこの絵画の展示してあるところへの案内サインがあった。中にはこれだけ重点的に見て帰る観光客もいるとか。

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この絵画に限っては、最重要扱いの防護がなされていた。昔はこんな防護は無かったが。他の絵画と比べて大変サイズが小さいのに、初めて現物を見る人は驚くそうだ。

絵画では、オイラが一番ココロ打たれたのがこれ!

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見よ!父親爺さんを背中に担ぎ、右手は女房の手をしっかり握り、そしてその女房は子供を抱き、そしてもう1人の子供は背中におぶって・・・・・・。一家の大黒柱の男の責任と、逞しさと、愛情だ。ご同輩諸君!家族を支える男は、少なくてもココロではこの気概を持つべきだ! オイラ手が離れないことを祈るのみだった。

ルーブルはその他年代別の遺跡や、彫刻や、左翼館は工芸品、装飾内装の再現など延々と展示が続いた。昼食はこの館内で摂った。

ポンピドーセンターの近代美術館は、モダンアートが多く、意味の理解できない展示物も多かったが結構楽しめた。建物もこのパリには相応しいのかと感じるような外観だった。

オルセー美術館は、もと駅舎を大改造して1986年に開館した最近の館で、主に1848年~1914年までの展示がなされている。多くの興味のある作品があるが、ルーブルと違って、通り見なら、ほとんどの作品を見ることは2時間もあれば可能だ。

次記事に続く

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