« 今の年金とは”生きるリスク”に対する保険なのか?それとも老人手当てなのか?3号被保険者って大盤振る舞いか? | トップページ | オセロ中島報道も、もういい加減にしてくれ。超能力だの、霊能者だの、カルト番組だのって、視聴者を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。 »

2012年2月26日 (日)

幸福とは何なのだろう。不幸とは何なのだろう。そして2月朝生の若者とは何なのだろう。

数日前のBSフジのプライムニュースで、今話題になっている”反・幸福論”の著作者、佐伯啓思をゲストに呼んで対談があった。この本は読んではいないが、オイラが日頃ぼんやり思っていることを上手く指摘しているようだ。つまり毎日テレビ・マスゴミが正義の御旗を振りながら、針小棒大に”可哀想!・この人達は幸福でない”を言い切って、煽りまくっていることが、的確なのかという疑問を投げかけているのだと思う。

『反・幸福論』佐伯啓思著:現代社会の欺瞞性暴き出す の抜粋

現代の日本人は幸せ探しが好きなようだ。その証拠に、インターネットで検索すれば、幸せになる方法を紹介した本があふれている。「幸せでなければならない」と半ば強迫観念のような価値観が広がる現代社会の欺瞞(ぎまん)性を暴き出しているのが本書だ。

例えば、「無縁社会」を取り上げた「『無縁社会』で何が悪い」という章では、戦後社会が「縁」というものを積極的に放棄してきた歴史をたどり、日本の現状をこう結論づける。《今頃になって「無縁社会」になってしまった、さあ大変だ、などとあわてふためいている方がどうかしているのではないでしょうか》

「無縁社会=悪」という固定観念を論破するさまは痛快そのもの。新書として決してやさしい内容ではないのに、7刷4万5千部と人気を集めているのは、そんな爽快感が支持されているからだろう。新潮新書編集部の丸山秀樹さんは「誰もが潜在的に思っていること、心にくすぶっていることを歴史や哲学を踏まえ、論理的に主張しているからではないか」と理由を分析する。

これに続いて、2月朝生の録画を昨晩観たのだが、あまりにも次元の低い討論番組に仕上がっていたので、気分が悪くなって寝付かれなかった。・・・・・・

そもそも、”幸福”という熟語は、江戸時代には無かったと思う。英語では、よく映画なぞのシリアスな場面で、”Are you happy? ”なんていう会話が出てくるが。オイラ日本会話で「幸福かい?」「幸せかい?」なんて聞く場面は、どうもお互い尻の穴がムズムズするようで、あまりない。大抵「元気でやっている?」なんて言葉に置き換えて会話をしているように思う。だから多分明治に入ってから”happiness”の直訳として”幸福”という熟語が出来たのではないかと考える。未だに日本人には馴染まない熟語なのではないかと思ってしまう。つまり西洋の思想からではないかと。

中学校の時代授業で暗唱させられた詩を思い出す。カール・ブッセ作、上田敏訳の”山のあなた”だが

山のあなたの空遠く

「幸(さいはひ)」住むと人のいふ

噫(あヽ)、われひとゝ尋(と)めゆきて、

涙さしぐみ、かへりきぬ

山のあなたになほ遠く、

「幸」すむとひとのいふ。

<口語訳>

山を越えたかなたに 幸福はあると言われています。 ああ、私は人々と捜しに行き 涙を浮かべながら、帰ってきました。 それでも、山のかなたの遠いところには 幸福があると言われています。

メーテルリンクの童話劇”青い鳥”と同じであり、映画ジュディー・ガーランド主演の”オズの魔法使い”で唄われた”Somewhere Over The Rainbow / 虹の彼方へ”なのだ。しかし、彼女はライザ・ミネリーを生んだのち、最高の時期に自殺した。彼女は幸福ではなかったのだろうか?人生とは解らないものだ。

この”幸福論”とうのは歴史的に様々な哲学として語られてきた。”三大幸福論”といえば、ヒルディー、アラン、そしてオイラが大学時代必読として読んだバートランド・ラッセルの英文があるが。これそのころ読んでいる内に眠くなってしまって最後まで読まなかったという劣等的トラウマがある。

この年になって様々な経験を通して、”幸福”とは何なのか?ぼんやり解ってきて、それが確信的になってきた。この究極は「”幸福”とは、”不幸”と感じることが続かないこと。」になるのではないか。また、たとえが悪いかもしれないが、イメージとしてなのだが、”加速度的幸福”と”速度的幸福”に分ける必要があるのではないか。「ある致命的病気に罹りそこから無事回復出来た」ような事例では”加速度的幸福”。「特筆することはないが、家族安泰で衣食住にも困らない」のような事例では”速度的幸福”。いわば当たり前の日常幸福ということ。これは、不幸に落ち込んだ時に、いかに幸福であったかということを感じることになる。

”山のあなた”や”青い鳥”はこの”速度的幸福”をもっと大事にしなさいという哲学だろう。誰にも看取られずの孤独死問題も、これ第三者のマスゴミが”不幸な死”と勝手に決め付けるが果たしてそうだろうか。それについては敬愛する曽野綾子もどこかで書いていたが、自分1人で死を迎える哲学を実践したということで、それを満足してこの世から消えたのではないのか。大騒ぎをするのは、後の死体の処置が社会的に大変だからではないのか。

十数年前だったか、病気も絡んである老夫婦が、昔の野焼き火葬場で仲良く自殺(心中)をしたことがあったが、その夫婦の哲学として、非難することなく評価するべきと感じた。なんと素晴らしい死ではないか。大昔貧困の寒村では、ある老齢になったら、口減らしで老人は後に続く若者に食い扶持を譲るために、奥山に行きそこで自らの命を絶った。” 『楢山節考』(ならやまぶしこう)”の話だが、当時の物差しで考え、そしてそれを今の時代から見れば、なんと美しい人間愛の話ではないだろうか。

それにつけても今回の2月朝生なのだが。

Hatde3skkhy

Hatde3sk1

まず田原の進行は、古市憲寿の最近の著作”絶望の国の幸福な若者たち”を焦点に当てて、とにかく今は”世代間格差”広がり、若者達ははますます幸福ではなくなってきていると、彼お得の煽りで攻め立てる。ここのところ、テレビのワイドショーで急に頻繁的に取り上げられているアレである。根拠は年金の負担と受給から出発しているようだ。

これ別の番組からなのだが、1940年生まれは、収支3090万円のプラスで1990年生まれは年金において2240万円のマイナスになると。

Kanhers2

このブログの前記事に保険料の推移を載せたが、負担の累計は絶対金額なのだから、国民年金の保険料も、過去月1000円台のころもそれが累計されていて、そのころの所得・物価水準なのだから、年寄りの払ってきた負担は小さく見えるのは当たり前ではないのか。たとえ1000円台でも今の1000円台ではない。この発表はトリッキーなのではないのか。

そして今回の番組では、もっと差が大きい数字となっている。

Dscf9286_r

これは、他の社会保険も含めた表なのか?論点を誇大化するかのような数字で構成されている。この計算根拠もどうもいい加減なのではないのか。

そして、今の若者は就職難や、所得額の低下、結婚問題、子造りと昔と違ってますます不幸な社会になっていると話は進んで行く。そのようにしたのは、政治が悪い、社会が悪いと相変わらずの他力本願、事大主義を根底にしたかのような討論が続いた。

参加者は、70歳代の田原を除いて、30歳代40歳代のまぁ、知名人なのだろう。全く人生を深く考えない我欲の強い痴呆の集りのお話会に映った。相変わらず、電波芸者の田原総一朗は煽ること煽ること。さすがに往年の切れは寂れてきたのか、関係ないのに「僕は過去3人の総理を辞めさせた」などといつもの自慢をする始末。

「若者の幸福」と繰り返しの課題なのだが、なんのことはないアンケートでは、

Dscf9288_r

番組で不幸と決め付けた若者世代は、70歳代より現在の生活に満足しているではないか!別に絶望などしていない。本来「これをもって本日の討論はおしまい!」でいいのだが(笑)

それなのに、草野剛はこれから10年後にはまともに生きていけなくなる日本が待っていると、盛んに恐怖を煽る。田原もそれに同調する。ギリシャのように年金が将来もらえなくなるのは確実だと。まさに公序良俗に反するような煽りだ。馬鹿言え、世界一の債権国で、今回の国際的金融バブルに嵌らなかったのが日本で、最終的に年金計算が行き詰まれば、カネをバンバン刷れる国なのだよ。刷らなくても延々と投資してきた公共事業を削れば賄うことは出来る。GDPは未だに世界2位か3位の国なのだ。

参加者の顔ぶれを見ると、あのピースボート出身のお花畑がボランティア人生を煽る。ニートやプータローだから、そんなボランティアに時間を費やすことが出来るのではないか。熱心にやりすぎて、若者人生の重大な時期を見逃すことにはなりやしないか?辻元清美の本拠地ではないか。この古市憲寿もピースボート出身だ。高橋麻帆は盛んに被災地での自分達の活躍を美談で語っていたが、今や現地では、本職が経済を活性化するための出番で、無責任な素人が無償で現場をウロウロするのは返って復興を遅らせる原因にもなるだろう。

客観的材料としてみれば、今の若者は物的にも精神的にも豊かだ。少なくともオイラ達老人の若い頃より。東京の一般的貸家では、親子4人が四畳半に住んで、風呂は銭湯、共用便所はクソ溜めだ。風の強い日には2階の共用便所にしゃがんでクソをしると拭いたちり紙が下から煽られてフアフア浮いてくる。

大学生だって、大手企業に就職するには楽なことはなかった。そもそも今のように大学の数が少ないから、大学生も少なかった。休みの日はその頃多くあった喫茶店で長話と3本立ての劇場映画が一番の楽しみだった。電車も長距離となると席の奪い合いだ。立ったまま2時間なんて当たり前の時代だった。この長い期間税金や消費を払い続けて、交通網や公共施設、福祉のより充実を創りあげてきて、今の若者達はそれに乗っているのだ。

それでも一生懸命、自分の将来を夢見て、分相応な就職先を見つけて、自分を向上して来た。始めから人生はそんな甘いものではない。それを社会のせいにして、暴れまくったのが学生運動だ。田原がよく自慢するが。そんな奴らを横目で見ながらも、自分の将来に向かって歩んできた。全て自分の責任として。そんな人達がやがて小さくても起業し、そしてこんにちまでを支えているのだ。

今回の番組でも、元女優とかいうデカパイ見せの千葉麗子とかいうピント外れも参加して。なんのことははない、ただ知名度を上げたかっただけの参加だったようだ。まぁ、テレビ側の人材集めが底をついていたのだろう。それともある筋からの推薦か?お馬鹿な意見も意見の内と云われればそうなのだろうが、卑しくも公共の電波を使って流すほどの価値があるのか?ますます観ている人々の程度を劣化させる。不快にさせる。

不幸なのは社会、政治のせいだと煽ることによって、「そうかオレは不幸なのか」と錯覚することになる。何かのせいにする国民が増えていくキッカケとなっていく。アフリカ難民、中東難民、北朝鮮の庶民を見れば、どのくらい幸福なのか。曽野綾子は世界中のそのような人々を見てきているので、彼女の思考は説得力がある。

まぁ、このようにダラダラ3時間、無駄とも思える議論が続いた2月朝生でした。もう田原総一朗も後輩に席を譲るときが来たのではないだろうか。お前が若者にとって一番のガンだったりして(笑)。

一粒で二度おいしいオイラのブログ:今日の音楽 

幸福とはあくまでも自分の形而上の概念だ。 

抽象的な範疇に入るものだろう。 

そして、それは身近なところにあるものだ。 

それをガラスを扱うように大切にし続ける 

幸せな人は、そのような人だと思う

 

Judy Garland - Over The Rainbow (Subtitiles)

Sammy Davis Jr- Over the Rainbow

|

« 今の年金とは”生きるリスク”に対する保険なのか?それとも老人手当てなのか?3号被保険者って大盤振る舞いか? | トップページ | オセロ中島報道も、もういい加減にしてくれ。超能力だの、霊能者だの、カルト番組だのって、視聴者を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。 »

コメント

千葉麗子って反原発の運動をしているのか分からないが、この手の人物は共通性があるね。

自分達は正しいことをやっているのだから、無礼な態度で話しても、エチケットを守らなくてもいいんだという不遜な態度。

人の話に、関係のない話で入り込むやら、無礼な態度で話すは。始終頬杖をつきながら、ツイッターをやりながら、自分は正義をやっているんだ。格好がいいでしょ!ってやつ。話させれば話しはトンチンカンの馬鹿女だったね。気分が悪くなったよ。

投稿: マッハ2 | 2012年2月29日 (水) 18時57分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 今の年金とは”生きるリスク”に対する保険なのか?それとも老人手当てなのか?3号被保険者って大盤振る舞いか? | トップページ | オセロ中島報道も、もういい加減にしてくれ。超能力だの、霊能者だの、カルト番組だのって、視聴者を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。 »