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2011年5月 5日 (木)

2011年の4月のスペイン。セビリア編:セマナ・サンタ(聖週間)に巻き込まれた。

この4月5月、体感的には寒いように感じる。”人為的CO2温暖化説”はどうなったのでしょうか?シナリオ通りなら、もっと暑くなるはずだったはずですね。この説を決定としたのはIPCCなる組織で、はるかに遡ることになるが、英国元サッチャー首相らが、原発反対世論で電力政策が行き詰まっていくなかで、仕掛けられたスキームとも云える。工場等から排出するCO2が温暖化の原因だからと、日本中の産業場所のCO2の削減や、買取制度をやっていたが、本音はCO2の削減にはやはり原子力発電が相応しいという結論になるように仕掛けられていたのではないか?。人為的CO2温暖化説を煽っていたのは、気象庁、国立環境研究所などとかは、他のマスゴミを含めて、この流れに乗せられていたのだ。それに各政府・行政・政党ものっかていた構図なのだ。多分この温暖化説はこれから屁のように消えていくだろう。これにこれまで費やした数兆円のカネはいったいなんだったのだろう。

オイラ、原発には反対の立場ではない。なぜなら安全に運営されれば、これほど経済的に有利な電力産業はないからだ。社会が豊かになり、電化製品が満ち溢れ、また繁華街も昼を思わせるようなネオンの輝き。これらを賄うためには、原子力発電がどうしても必要だったわけだ。今回原子力発電施設が数百年の、いや1000年に一度の大津波に、それもディーゼル自家発電機やポンプの設計配置ミスという、周辺設備がやられた結果で災害が起こってしまったという、いわば喜劇のようなもの。

水力発電を補うダムとて、そこが1000年に一度のとてつもない直下型地震でダムが決壊したら?。大洪水で下流の人家はあっという間に押し流されてしまう。さらにコンクリート自体の寿命もある。火力発電や石油備蓄場に今回のような大津波がまともに来て、それに火がついたら、その辺一体は焼き尽くされてしまう。それでも国民に豊かな生活、伴う産業・経済の発展のためには、甘んじなければならない。それが厭なら、電気の使用量を極端に少なくするしかない。夜は電球一個の照明。冷蔵庫はなく、その日買い物をした食材をその日の内に平らげてしまう。洗濯は、タライと洗濯板で洗って、外で干す。エアコンなんてとんでもない。つまり今や出来もしないことなのだ。かくして原発反対、ダム反対の理論も、出来もしないことを極端云ってくる。また、太陽光発電、風力発電、地熱発電をメインの電力発電にしろなんてまともに云ってくる。これらは永続性がないのが特徴なのに。

スペインの夜の街並みを体験すると、不夜城のようなアジアの繁華街、北米の繁華街、そして日本の繁華街と比べると極端に電力を法的に落としている。賛否は別にして、それでも十分に楽しめる夜の街だった。

さて本題。

マドリードから、セビリア(セビーリャ)に行った。交通はスペインの新幹線Renfeだ。日本のように自由席が一切ない。全て指定席しかない。これオイラが感じるには、・・・・・・

車幅が狭い上に、両側2席並びで、しかも通路が狭い。だから乗車券は確実性を求めるなら、事前に指定便を購入しておかなければならない、バルセロナからトレドに行った時も含めて、バルセロナの中央駅サンツ(Sants)駅で、その後予定している便も含めて全て購入した。そこに至るまでは、ガイドブック片手に駅の構内を相当うろうろしてしまった。

幸い、担当した発券の係員(親切そうな女性)で、尚且つ60歳以上は外国人も割引があるとかで、パスポートを提出して、「老人?割引用証明」ももらった。これ他の用途にも使えるとか。

Dscf7457_r 当初、何がなんだかわかりませーん状態。

Dscf7458_r 今の日本の銀行と同じで、事前に対面順番券を受取り、その番号が表示されたら、対面に挑むことになる。オイラの場合、この16番の美人の女性。受け答が知的で他と違って穏やかだった。スペインでは珍しく感じた。

Dscf8019_r 新幹線Renfeの専用駅。マドリードから行き先セビリアまでは直線距離は390kmある。東京-大阪が直線距離で約400kmなので、それより10キロ短い。乗車代は老人割引で63.00€=7,875円だった。東京~新大阪間は、乗車券8、510円+特急券4,730円=13,240円。それに同条件として指定席とすると特急券は5,540円でこの場合は、14,050円になる。なんとスペインの新幹線は日本の半分の金額だよ。JRさん、いい値段で商売をしているね!

そして、インターネットで15日ぐらい前までに予約購入すると33.30€だとか、別の方法で事前購入をすると50.00€だとか、オイラのように数日前に窓口で老人割引で事前購入すると、63.00€だとか。不可解に思うほどチケット購入価格が複雑。ちなみに上代定価は一般席は83.30€で、その上のクラス席が124.90€。最高クラス席が149.90€となっている。

また予約日を変更したり、取り消しだとかは、事情によって10%~50%のペナルティーを取られる。航空機の格安チケットのネット販売のような感じ。ネットではスペイン語表示。慣れていない人は、各地の中央駅の専用窓口で全行程のチケットを相談しながら直接買った方がいいかもしれない(オイラのように)。空路のフライトチケットの世界と同じだと思う必要がある。

ちなみにスペインの鉄道の場合は、国有の公社型で、運行部門とインフラ整備部門を分けている。日本のような株式会社の民営ではない。

Dscf8027_r 時おり時速も表示され、最高300km/hを出していた。

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車中からの景色。マドリードから最初はトンネルが幾つかあったが、それ以降は大平地を突っ走る。だいたい線路は一直線。何の畑か分からないが多分麦畑のような。それ以降延々のオリーブ畑が続く。写真は撮るのを忘れてしまったが、この後もの凄いオリーブ畑の連続に圧倒されてしまった。やがて、オリーブ畑に混じって、オレンジの畑が続いた。こちらはオレンジ栽培で有名なところだ。平坦地なのでどちらも大型機械で消毒、除草、収穫がされているようだ。これじゃあ、オレンジも安いわけだ。日本のネーブルオレンジに良く似ている。

セルビアの駅からタクシーで滞在ホテルに向かった。タクシーの運転手が、フェスタに巻き込まれないといいのだがと云っていた。なんとかスムースに着いたのだが、あとからその訳が分かった。ちょうどこの日が、4月17日の日曜日。実はこの日から1週間、セマナ・サンタのフェスタがスペイン各地で始まるのだった。毎年開催日は前後する(移動祝祭日)。特にこのセルビアとマラガが凄いらしい。

セマナ・サンタ(Semana Santa)-聖週間

「マリアに祈る ~スペイン・120万人が祝う聖週間」  (NHK放送の番組案内文より)

世界で一番篤いマリア信仰の伝統を持つといわれるスペイン・セビリア。聖週間には金銀を散りばめた豪華絢爛たる衣装を纏った1.5トンもあるマリア像やキリスト像の山車が昼夜街を練り歩く。人々はこの山車を囲んで熱狂に包まれる。

古くからセビリアの男たちにとって、このマリア像をかつぐコスタレロに選ばれることが最大の信仰の証であり、名誉とされてきた。また職人にとってはマリア像を飾る精緻な細工を作ることが最高の仕事とされてきた。  

街では砂袋をかついで筋力トレーニングをする若者の姿が目につく季節になった。今年のコスタレロ選抜やマリア像の補修作業を経て、祭りに至る1か月を記録し、セビリア人の深いマリア信仰と圧倒的なエネルギーを紹介する。

セビリアにおいては、聖週間にパソと呼ばれる山車のようなものを担いで、市内の各教会から世界で3番目の大きさといわれるセビリア大聖堂までを往復する。 番組ではサン・セバスチャン教会の準備から本番までを追っていた。

パソ:山車のようなものと紹介されていた。確かに台の上は山車そのものだ。しかし、山車と大きく違うのは、車輪がついているのでなく、下から1.5tほどの重量物を担ぐ。その点から言えば、神輿みたいなものといったほうがよさそう。ただし、神輿と違って、キリスト像またはマリア像を載せ、太く長い多数の蝋燭をあしらい、銀細工を随所に施した白と銀とに色調を統一した荘厳なもので、摺り足でしずしずと運ぶ。信徒会はパソを美しく華やかにものにしたいと心を砕く。熱狂する様はまさしくキリスト教国の本場のそれだった。

マリア信仰:紀元4世紀頃盛んになったという。その後、イスラムの支配を受けるが、マリア様への信仰はひそかに続けられていた。そして、13世紀に国土回復運動に成功し、ロシオからはイスラムの支配にも耐えて残ったマリア像が発見されたという。本当にスペイン人のマリア信仰は強烈なように思う。

:担ぐ人はコスタレロという。コスタレロに選ばれることは、セビリアの男性にとっては、非常に名誉なことのようだ。自分がコスタレロに選ばれるよう、各人が努力している。屈強の若人達の後頭部にパソの横木を載せて担ぐ。サン・セバスチャン教会のパソは、マリア像を載せたほうが1.2t、キリスト像を載せたほうが1.6t。相当に重い。

コスタレロは後頭部に柔らかい芯を巻いて膨らませた部分がくるような特殊な頭巾を被り、そこにパソを載せる。強烈な筋力、持久力を要するハードなものだ。マリア信仰に支えられた強烈な信仰心があるからこそできることなのだろう。

コスタレロは、垂れ幕で覆われた中に入っており、外は一切見えない。それでカパタスと呼ばれるリーダーが外から合図する。その指示に基づき、コスタレロが一糸乱れぬ動きをする。

キリスト像・マリア像の巡行: 騎馬隊、ブラスバンド、ナザレーノと呼ばれる懺悔者等が露払いをした後を、時速600mほどのスピードで大聖堂を目指す。聖週間の7日間、昼夜を問わず行進が続けられる。聖堂内のキリスト像、諸聖人の像にパソに載せたキリスト像・マリア像をまみえさせ、スペイン広場等を経てまた教会に戻る。

教会に無事にパソが戻り、解放されたコスタレロの面々が、晴れ晴れとした表情でいるのには感動した。「マリア様を守りきった」充実感に充ちている。羨ましく思えた。

Dscf8075 これは、どこかのお店で、ある年の”バソ”のミニチュア模型が飾ってあったもの。載せるものも飾り等は毎年変わるようだ。下は幕になっていて、その中に数十人のその年のコスタレロが、頭に横木を載せそれで支えて歩く。しかしその様子は幕に覆われ見ることはできない。もちろん交代をするようで、各所で交代要員が待機していた。皆いかついカラダをしていた。あと、時々とまる。この時は中に台脚のようなものが、据えつけられていて、それが支えになり一時の休憩。その後、日本の神輿にもある、和ダンスの取っ手金具のようなものを、リーダーが数回打ち付けると、すうっと立ち上がり、また行進をする。この時、観客は拍手する。

オイラはコースの通りを歩くことが出来ず、迂回しながら歩くわけだが、日本の祭りの規模の数倍はあるだろう。もちろんコースの通りは歩行のみで交通機関は遮断。歩く人と場所取りで頑張っている人との戦いが展開されている。

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Dscn0346_r 観覧用特設会場広場

広い道路や広場には、有料の観覧席が数々設けられていて、事前に観覧券を買った人達用。まぁ、日本の祭りと似たようなものだが、そのボリュームが途方もなく多い。

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テレビでは、実況中継がされていて、解説なしで朝から真夜中まで放映されていた。これは、そのテレビ画面をカメラで撮ったもの。各種の飾り付けがされた”バソ”があるようだ。人の賑わいは、祇園祭と三社祭とどこかの時代祭りが一緒くたに、一つ街で行なわれているようなイメージ。これがこれから訪ねる街々でも行なわれていた一週間だった。

さてセビリアは、スペインのアンダルシア州の州都。人口は70万人で都市圏人口は130万人だそうだ。やはり年間観光客は人口を凌ぐほど欧州から集まる。紀元前の古代ローマ時代からの都市で2千数百年の歴史がある。1992年にセルビア万博があり、その時にかなり現代的に整備がされたらしいが。

以下、グーグルアースより

Sebiria 都市の周囲は広大な平地が続き、大規模農業が行なわれているようだ。またこの川は、大西洋の海岸まで繋がっていて、船が行き来することが出来、これが太古の時代から栄えた地政学的資産となっている。

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しかし、バルセロナのような大規模な再開発計画は行なわれていなく、中世よりの迷路のような街並みが続く。幅の狭い道路(4m~6m)の道路に、日本のように道路斜線規制もないままに、中層の建物が建てられているので、道路空間としては圧迫感はあるが、真夏の強い日差しを防ぐにはちょうど良いように思う。また、途中途中には、急に道路幅が広いところがあり、これが広場を兼ねているようだ。しかし、初めてのオイラは、景観の見通しが利かず、地図と方位計に頼って街の中を歩いた。

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ところどころにある、道路広場。この地の街路樹は、ほとんどが、オレンジの木だった。これ良いアイディアに感じた。ちょうど残り少なかったが、オレンジの実がなっていた。オイラの地区の熱海の街路樹はこれで統一すべき。まぁ、同じオレンジって訳にもいかないので、この地方の伝統のあるダイダイの木にしたらどうだろう。この木は、ダイダイ=代々=橙で縁起はいいし、大変寿命の強い木だ。ポン酢やダイダイのマーマレードは特産品になる。現在熱海は統一された街路樹はない(街路樹そのものが僅かだ)。

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まず、街一番のランドマークになる、カテドラル(大聖堂)に出かけたが、この日はフェスタのために、中には入れなかった。

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それで、隣にある”アルカサル”を見学した。ここイスラム時代の城を、キリスト教徒達が改造したもの。1350年にはペドロ1世がグラダナのアルハンブラ宮殿を彷彿させる宮殿に仕上げた。拝観料は7.50€=950円。場内には様々な様式の庭を見ることができた。

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そこから、川側に向かって歩いた。このように観光用馬車も活躍していた。

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巡行を避けながら、やっと川側に行くことができた。この橋はサン・テレモ橋という名前だそうだ。このように、自転車用路線も区分されている。大昔からこの川は大西洋に通じていて、船での交易が盛んだったそうだ。特に大航海時代には、多くの富が、南米の植民地からもたらされたであろう。

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これ、川を渡って対岸地区の街並み。

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これは、対岸からの街の景観。ここのシンボルとなっている”黄金の塔”(右画像の右端に写っている)

この”黄金の塔”の付近に闘牛場のスタジアムがあった。

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スペインといえば闘牛。マエストランサ闘牛場。闘牛場は各都市にほとんどある。当日は休場で翌日からの前売り券を販売していた。場内の見学はOKで、観客席に座ることが出来たし、歴史的展示物を見ることも出来た。見学料は6€=750円でガイドが案内する。といってもスペイン語だからねー。

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Dscf8110_r_3 歩き疲れたので、また展望ツアーバスに乗った。セマナ・サンタの巡行中なので、バスは外周の大通りを主に走っていたようだった。大きな建設現場のも遭遇した。ここは大きな川の周辺になるので、垂直掘りをして、各所アースアンカーで留めている。

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Dscf8140_r 市街地で見つけた魚屋さんの陳列棚。これでこの辺の魚の種類が分かる。生食はしないので、陳列は結構いいかげん。鮮魚は望めないようだ。またその近くにあった果物屋さん。

その他、群集を掻き分けながらの市街地のそぞろ歩きと、セビーリャ美術館の見学をしてセビリアを発った。中心街のサンタ・クルス街もゴミゴミしていて面白かった。

次はいよいよグラナダだ。

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