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2011年4月の6件の記事

2011年4月29日 (金)

2011年の4月のスペイン。なんと「セマナ・サンタ」の真っ最中に滞在してしまった。

さすが、世界有数の観光地スペインであった。ドイツから、フランスから、英国から、イタリアから、他の近隣諸国から、この欧州圏だけでも、莫大な数の人々が行き交っている。だから、ドイツ語、フランス語、英語、イタリア語、よく分からない語が街で飛び交っていた。しかし、さすがというか現地人は、スペイン語一辺倒。特殊層以外、英語は片言しか通じない。反対にスペイン語で捲くし立てられる。

滞在した時が「セマナ・サンタ(Semana Santa)」の真っ最中(約一週間)で、行く先々でこれの観光目的のお客でごった返していた。お陰で普段のスペインの街の雰囲気を捕らえることが出来なかったのが残念。出発前には、この「セマナ・サンタ」のファスティバルがあるとは聞いていたが、こんなに街が一色になるとは思っていなかった。

このフェスタは、国民の95%が聖母マリア信仰であるカトリック教のスペインならではの巡行行事。キリストがユダの裏切りで、十字架を背負い、街を連れ回されそして十字架にクギ付けされて処刑。悲しむ聖母マリア。しかしその一週間後キリストが甦る復活祭まで、その物語絵巻を巡行によって再現するフェスタだ。なんたってその一週間とオイラの滞在期間が交差してしまった。

このスペインは、南端ジブラルタル海峡が北緯36度、北端が北緯43度30分になり、日本に当て嵌めれば、南端が関東北部、北端が北海道札幌のちょい北ぐらいになる。横幅が広いので、国土としては、日本の約1.34倍といったところ。日本が国土の30%ぐらいしか平地がないのに、このスペインの国土は、その逆といったところか、全土が北海道のように平地が続いている。そう地平線が見えるのだ。その中で人口は日本の38%ぐらい。

時差的には、フランス・ドイツ・イタリア等と同様にしてあり、且つ3月28日から10月31日までサマータイムが実施されていて、この間は1時間早くなる。実際として、滞在中は周囲が明るくなるのが、午前7時半ごろで、暗くなるのが午後8時ごろ。因みに日本のオイラのところでは、同じ期間では、明るくなるのが午前5時ごろ、暗くなるのが午後7時ごろ。これだけでも街の雰囲気は変わってくる。

気候としては、南スペインの方だからもっと暖かいと思っていたのだが、この4月に関しては、ほぼ日本の関東と同じくらいで、晴天で昼頃であれば半袖でもいいが、曇りや朝晩は長袖にチョッキ+上着といった具合で少し寒かった。寒暖の差は激しいようだった。よく半袖の肩にカーディガンを巻いたりしているが、これ別にお洒落ではなく、温度差が激しいからだということが実感できた。

今回滞在したところは、

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2011年4月 9日 (土)

いよいよ、予定通りポルトガルにも火がついた。2012年はカオスの年になりそうだ。日本も他の国のことまでカマッチャいられない国になった。

ちょこっとしばらくの間、記事の更新を休みます。以前から予定していた出張です。欧州の、生活習慣の全く違う国に行ってきます。それも失業率20%の国、スペインなのですが・・。

円高でウハウハだったのですが、イワジワ円は安くなる傾向です。

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2011年4月 7日 (木)

放射性物質の濃度って、実際どこまでが許容範囲なのか分からなくなってしまっている。ただ数値だけがひとり歩きで、日本・世界を恐怖のどん底にいざなう

先ほど町内の広報放送で、「8日~10日の計画停電は中止になりました」とあった。一昨日の6日に小学入学を控えて記念にと、その孫と2人で裏山を越えたところにある、伊豆サイクルスポーツセンターに行ったのだが、毎年この時期は、平日でも結構お客が集まるのだが、閑散としていた。自粛ムードとまた施設側でもいつ停電になるかも分からない。自転車主体の遊園地といっても、エスカレーターや、電動のものも沢山ある。アルバイト従業員もいなく、この社員のオジサン達が各乗り物の運営していた。大幅な減収だろう。春の行楽シーズンなのに、伊豆方面に行く県道135号線も極端に車の台数が落ちている。

テレビで、物知り顔のコメンテーターが、大きい施設には自家発電施設があるはずだと。これを全各所東電に供給すればいいと物知り顔で述べていた。確かに昔は、イザの時用の非常照明、非常警報装置、屋内消火栓ポンプを動かす為の、ディーゼル発電機が法的にも設置が義務付けられ、設置されていた。しかしこれを動かすと大きな騒音はするし、また排気ガスの匂いが充満する。しかし滅多に使用することがないので、動かないことが多いし、発電容量も目的が目的なので、非常に小さい。いわばセミの小便のようなもの。また今は、性能のよい充電式バッテリーが普及していて、それにとって変わっている。自家発電装置は、ほとんど撤去されている事実を知らない。

昨日は、昨年注文していた柑橘類の苗木8本が近くのJAの職員が持ってきた。これすぐ植えなければ、ダメになってしまうので、仕事を中断、急いでみかん山に行き、植え付けをしてきた。その最中には、福島の会津若松にいる義理の甥っ子から携帯が入り、放射能汚染が心配だから、どこかに疎開するべきかと聞いてきた。原発から100kmも離れているので、そんな心配は必要ないと言った。ある一方向の情報だけを集めるとそのような気持ちになるのは致し方がないだろう。参考になるか分からないが、オイラのブログを読んでみたらと助言しておいた。彼、芸大卒なのだが、幼児が2人もいるので、その気持ちは理解できる。

とにかく、特に朝日系の今回の原発に関しての報道は、一見正しい情報公開に徹しますというポーズを取りながらも、逆に従来の反原発の一貫した報道姿勢を貫いているのか、恐怖を煽りに煽り、逆に風評被害のどん底に国民を落とし入れているような。これ考え方次第では、公序良俗に反しているような気がする。

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2011年4月 5日 (火)

放射性物質の公表単位がこんなにバラバラでは、素人の国民はまったく分からなくなってしまう。

オイラ頭があまりよくないのか、元号と西暦をその場ですぐ変換が出来ない。例えば今年は平成23年で2011年。これならすぐ分かる。昭和54年の西暦は?と来るといちいち、54+25=79で1979年と頭計算が必要。その逆の1998年は?98-25=73 昭和73年なんてない、昭和は63年で終わる。それで73-63=10。あー平成10年か。と言う具合。日本人は過去を元号で記憶している派と西暦で記憶している派と2つに分かれる。

オイラなるべくこのごろは西暦で覚えるようにしている。この方が時系列的に一貫していて、年期間を計算するのに便利だからだ。しかし公的文書では元号を使うのでこちらにも気にしていなくてはならない。よく英語圏の人間と話しをすると、やたらに****年には何をした、****年にはこんなことが起こったとよく年数が出てくる。日本ではつい面倒くさくなって、昔ね・・、数年前、数十年前という曖昧言葉でその場を凌ぐことが多い。このように単位が変わるというのは、常に頭を混乱させるし、それを避けて曖昧言葉に逃げることになる。元号と西暦のたった二つの単位の間でもだ。

今回の放射能線に関しても、様々な単位が飛び交い、まことに混乱してしまっている。科学の世界の言語だから致し方がないことは分かっているのだが。放射性物質についてもだが。

シベールト(Sv)とは、放射線を受ける量の単位で、これは直接身体に影響を及ぼす単位。マイクロシーベルト⇒ミリシーベルト⇒シーベルト。

1シーベルト(Sv)=1000ミリシーベルト(mSv)=100万マイクロシーベルト(μSv)

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2011年4月 3日 (日)

オイラ静岡県民だが、嘗ての古巣、東京都知事選について言わせてもらう。原発事故現場の未公開画像もあるよ。

ウチの八朔の販売は終了致しました。ご注文ありがとうございました。来年も宜しくお願い致します。

今朝の「新報道2001」には、東京都知事選候補者4人の討論があった。知事選の出馬について、明確にして来なかった石原慎太郎(78)は約束通り、午前の都議会本会議終了後、出馬を表明した。そして、その午後2時46分に三陸沖で巨大地震が起こった。

石原知事は、国民の多くが国家破綻への危機感を感じていると強調。そして「日本の心臓部、頭脳部である東京が混乱し破綻することは、国家の喪失につながりかねない」「国家の命運を支え抜くため(都政の多くの成果を)失うわけにいかない」と述べた。議会閉会後に記者会見を予定していたが、直後に発生した東北沖大地震のために中止した。(毎日)

まさに、石原のような強い個性を持った政治家が、大災害の発生により非常に求められる状態になった。オイラ静岡県だからこの選挙は蚊帳の外だが、嘗て美濃部と石原の一騎打ちの時は、東京にいて左翼陣営を背景とした美濃部の当選には涙したものだ。その結果、東京の経済発展は止まり、財政赤字は累々増えていった。美濃部は3期やって次に鈴木俊一が4期務め、タレント青島幸男が1期で無能ぶりを発揮屁のように消え、そして1999年から石原慎太郎が3期務め、今回再出馬となった。

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2011年4月 1日 (金)

孫と2人旅で、ダムばかりの渓谷に行って来た。国民は、電力について、放射能について多いに勉強させられた

今回の東日本大震災をきっかけに様々な防災に対する考え方が大きく変わることだろう。どのように変わるのかは、現在オイラとしては断定が出来ない。しかし、この国土の30%しか、平地がなく、あとは人が気楽に入っていけないような山々が連なる地形、毎年襲う台風、毎年どこかで起こる地震、そして数百年に一回は起こる大津波。しかし災害に襲われた地域も、数十年経ち、数百年経つと、記憶は薄れて防災の意識はあっても、便利さ、経済優先などなどの名目で、単なる防災は惰性化、又は形骸化して行く。

ここ十数年、パフォーマンスも加わって、コンクリートの公共事業はもういらないキャンペーンが、マスゴミを通じて持てはやされた。確かに古くからこの公共事業に関しては、政官業の利権トライアングルを造り、多くの無駄に国の財政が投下されてきた。やがてタレント田中康夫のように、パフォマンス知事に代表さるように「ダムは中止」、民主党の「コンクリートから人へ」とマスゴミ誘導で世論が変わって来た。

だが、この考え方も行き過ぎだとオイラ思ってきた。「襟タテメストカゲ」の蓮舫のように、「数百年に一度の予測災害に備えるための公共事業なんてナンセンスだ」と。確かに一理ある。数十年も掛け、莫大な財政をつぎ込んで来た津波防波堤が、数百年に、数千年に一度の大津波で、破壊されその機能を果たせなかった。町は全滅した。しかし忘れてはならないのは、少なくとも数十年に一回の津波には耐えたし、台風の高潮には守ってくれた。その実績が返って大地震や伴う大津波への安全を過信させてしまったのかもしれない。

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