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2011年3月20日 (日)

スーパー堤防の町、田老町にみる、今回の巨大地震に依る大津波について考える。

テレビ報道番組で、今回の福島第一原発の汚染物質による各地の濃度について、あるときはミリシーベルト、あるときはマイクロシーベルトの単位を恣意的に使っているのか、と思わせるほどな表示している。1ミリシーベルト=1,000マイクロシーベルトだが、人体に影響を及ぼすか否かについての表示なのだから、この場合マイクロシーベルト単位は必要がない。

例えば、200マイクロシーベルト/hが、400マイクロシーベルト/hになったとして、単位を変えると0.2ミリシーベルト/hから0.4シーベルト/hに変わっただけ。因みに1.0ミリシーベルト/hになったとしても、人体に影響はない。もちろん24時間360日その状態なら、そして何年も続くなら問題は生じるが。マイクロシーベルトを使うなら、もっと時間を掛けた先の時点で表示すべきなのだ。混乱のもとを、テレビが煽っていることになる。単位表示をどちらかに統一すべきだ。因みに放射線業務従事者が3ヶ月さらされても安全な実効線量は5.0ミリシーベルトだそうだ。

今回の巨大地震は、予想を超えた津波にやられたという不条理に出会ってしまった。大津波被害を常に意識して、その対策を延々としてきた三陸海岸と福島県の海岸。全ての地区が破壊されてしまった。現在死者・行方不明者は1万人を軽く超え、2万人を超えることになりそうだ。オイラ建築上の観点から、特に考えさせられたのは、宮古市田老町についてだ。ここは、・・・

1896年の明治三陸地震M8.5と1933年の昭和三陸地震M8.1で、壊滅的な大津波に襲われた。明治の時、最高15mの大津波には午後8時頃襲われ1800人近くが死亡、町は全壊した。次に、昭和の時には真夜中の2時、最大10mの津波で、人口1800人中、800人近くの死者を出して町は全壊した。この時には近くの大船渡市では最大28.7mの津波の記録が残っている。

比べて気がついたのは、過去からもこの海溝型地震というのは、一般に陸地の震度は小さいことだ。明治の時はM8.5もあったが、震度は最大3、昭和の時はM8.1で震度は最大5だった。これなら、現在の建物はほとんど致命的影響を受けない。今回も震度6強という表示だったが、ほとんどの建物は影響を受けていない。つまり直下型地震の阪神大震災の時のような大きい震度(最大地震加速度800ガル)ではなかったようだ。福島第一原発の記録では、昨日地震加速度が507ガルとか報道していたが、果たして本当だろうか。津波に襲われた地域の津波にのまれる寸前画面を見ると、せいぜい震度4~5程度だったような気がする。よく言われる「津波地震はゆっくり地震」と云われる由縁かもしれない。

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そのような過去を抱え、津波防災対策で1958年最初の防潮堤完成から1982年までに高さ10m、総延長2500mの巨大防潮堤が築かれていた。そして1960年にこの地も襲われたチリ地震からの津波を最小限度食い止められたことが有名になった。その後もこのスパー堤防の整備は続いてきた。現在人口は、約4,500人の町だった。

まずこの町をグーグルアースから画像化してみた。

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そのアップ。赤い線はオイラが記入してみた、スパー防潮堤の位置。

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さらにアップして、そのスーパー防潮堤のズームアップ。

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川にも、港からの道路も、津波進入防止用の非常用ゲートが守っている。

以上のように、高さ10mのスーパー防潮堤で町が囲われていた。各電柱には過去の15m・10mの津波の位置に赤い線まで表示をしていたようだった。

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頑丈な水門ゲート

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明治29年津波水位15mと画像右山に付けられていた。

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町の各所には避難所案内が表示されていた。

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万里の長城とまで言われたこのスーパー防潮堤で守られた町。

しかし東日本大震災 防潮堤「油断あった」 宮古市田老 岩手2011.3.17 02:16産経

東日本大震災では岩手県宮古市田老地区(旧田老町)も津波で壊滅的な被害を受けた。田老地区は明治29年以来3度も津波の被害を受けた。昭和8年の三陸地震津波を教訓に日本でもトップクラスの防潮堤を備えた。だが今回の津波はその防潮堤を越えて地区を破壊した。避難した人たちは「防潮堤があるので油断があった」と話している。

中略

ある70代の女性は「年を取った母と2人暮らしの息子さんが『おふくろを(家に)おいてきた。おれは馬鹿だ』と叫んでいた姿を見た」と話す。その息子によれば、体の不自由な母親は「また(津波は)3メートルぐらいだから、上がっているから」と2階に上がった直後に家ごと流されたという。  

宮古市の15日午後2時現在の死者は157人、うち田老地区の死者は20人。市全体では1658人が行方不明。市の人口のおよそ4人に1人、8836人が避難している。

オイラ、この田老町の人々は、このスーパー防潮堤に守られているという油断が、かなりあったと思う。なぜこんな簡単に町民を守るべき堤防が破壊してしまったのか。これを見ていただきたい。

信じていた強固な防潮堤粉々に 津波防災の岩手・宮古市2011.3.18 08:52産経

津波で破壊された岩手県宮古市田老の防潮堤=16日 産経

Photo

そして再度この画像を

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これオイラの推測なのだが、この防潮堤、当初は国の津波防災基準の平均海水面から7mで造られていたのだが、あとから7mでは足りないと、10mにかさ上げされたようだ。上の画像を見ると、コンクリート表面の色が上3m分が違う。そして、破壊されたコンクリート塊を見ると、従来からあった堤防の上端に、なんの鉄筋での定着もしないで、ただ載せるような考えで、付けたし堤防を構築している。横筋は入っているが、縦にには下部の堤防とは一体に鉄筋の定着が一切ない。

これでは、台風の高潮用ならいいが、いわばダム堤防で守らなくてはいけない、今回の津波では、簡単にその部分だけ破壊され、そこから津波が勢いよく町内に流れ込み、町を全壊したことになる。ダムを造るとき、一体として造られるのが常識なのに、高さばかりに注目して、ただ3mのかさ上げをしたに過ぎなかったのだ。これでは、最初に造った7mの堤防しかなかったことになる。結果は約1、000人を超える犠牲者に迫ろうとしているらしい。

莫大な年月とカネを掛け、スーパー防潮堤を造り、それが基本的な設計で、それも専門家ならすぐ気がつくような欠陥設計・欠陥工事での防潮堤を信頼していた、そしてその犠牲になった町民ほど哀れなことはない。この責任者達は、もう昔のことなので責任を問われることにはなりそうもないだろう。

この津波の高さは、果たして何mだったのか。10mを超えていたのは確かだが、もしこの崩壊がなかったら、被害はかなり減ったはずだと思う。今後の検証を待つことにする。

しかし、テレビで見た限りだが、防潮堤に守られていると思っていたからか、あまりにも予想される津波に弱いはずの木造家屋の多さには、驚いてしまった。一部被害はあったが、鉄筋コンクリート造の建物は、数こそ少ないが健在だった。あくまでも結果論で申し訳ないが、中層階のコンクリート造マンションなら、流されず屋上避難で回避されたことになる。そんなスーパー堤防の予算があれば、それ以内の費用で済んだともいえる。

今後の再開発については、選択が難しい。もうこれから100年近くは、理論的には、エネルギー放出により、今回のような海溝型巨大地震は起きないだろう。その為にこのリアス式海岸地域に、また莫大な予算を掛けて、これまでよりもっと巨大なスーパー防潮堤を造るより、避難しやすいような市街地再開発計画で、尚且つ、一定の津波危険地域は、耐震構造の鉄筋コンクリート構造(RC造)の建物しか建てられないような規制を造るのがベストではなかろうか。

たとえ、2階建てのRC造の建物でも、すぐ近くに中高層のRC造の建物があれば、すぐ避難できる。そして自分の建物は流されないので、災害以後の立ち上がりは早い。これについて、国、地方行政は補助をしたほうが、廉価に済むはずだ。後は、私有地について我欲にならず、都市計画に協力することが町民として大事なことだと思う。

この地が、これから10年後どのようになっているのか見てみたい。

一粒で二度おいしいオイラのブログ:今日の画像

いま、ネットでは、あちらこちらで、

「地震前兆の雲」が出現という画像が出回っている。

オイラはあまりこの手は信用していない。

ただ・・・・・・・・・

ただ・・・・・・・・・

このような地震雲なら

信じるが。

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コメント

 記事を興味深く読ませて頂きました。
 岩手出身の者ですが、ここまで詳しく書かれているブログはないと思います。この度の津波被害について、私は郷里沿岸部復興案を国や自治体などが早期に打ち出さないと、被災者の方々が困窮すると思われ、学んだ農業土木を基に不完全ではありますが、案を練らせて頂きました。
 15m級堤防とその根元から山の土を切り崩した土砂を転圧埋立てし、暗渠を巡らし、被害地域を一様に10mほど底上げして平坦地にするというものです。突端は5mほどの高さの堤防となり、人工の岸壁を形成させて、巨大津波の莫大なモーメント力・破壊力に対抗するものです。その底上げした10m平坦地には極力居住区を設けず、山を切り崩して平らにしたところに住宅を建造します。従って、10m底上げ平坦地は倉庫や水産施設、あるいは農用地にするなどの配慮がいるかもしれません。あとは、主要な港湾においては対策として、静岡の沼津港のような40m級の水門を構築するなどが必要かと思います。但し、小さい港の対策がまだ見えないです。
 以上のような内容の復興計画案を私のブログに掲載させて頂きました。忌憚のないご意見を頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。
ブログURL http://blog.goo.ne.jp/yuyu-hakusho

投稿: 北神(ホクシン) | 2011年3月21日 (月) 15時41分

スーパー堤防方式で、スーパー防潮堤も作れば
粉々に破壊まではいかなかっただろうね。。。

なかった事を想定してみたら、今回堤防があった事で
被害がかなり軽減されたのではないだろうか。

投稿: とくに | 2011年3月30日 (水) 13時24分

えっと色々書かれてるようですけどスーパー防潮堤が決壊したんですか?ググルアースには残ってますけど?もちろん引き波によるものと思われる防潮堤内側の損傷も確認できますし、第1波による甚大な被害も確認できます。
また、スーパー防潮堤ではなくその外側に追加された防潮堤が観る影も無くなっているのも判別できますね。
私はこの地方出身者ではありませんがNETの情報ではスーパー防潮堤の外側には家を建てないよう現地で言い伝えられているようです。残念なことにスーパー防潮堤の外にも工場などの建物は多くでき、初期の報道でもそれらのスーパー防潮堤の外側を保護するための追加の防潮堤が破壊されるショッキングな映像が流されました。
自衛隊による空撮ではスーパー防潮堤が乗り越えられその内側の道路沿いに海水が流れているのがよくわかります。また、ソースはありませんが2波以降はほぼ防げているのではないでしょうか。これは一波目で破壊をまぬがれた建造物には十分な効果があったと思われます。 多くの方が亡くなられた事実を持って用を成さなかったというのは時期尚早に思われます。

投稿:   | 2011年4月 7日 (木) 20時24分

もともとこの規模の津波を防ぐようには設計されていなかったと記憶しています。
そのために街中に津波に関する注意看板があるようですし、
避難場所に高台が指定されているようです。
今回は津波到達がかなり早かったのと、
大津波ではないという誤った判断が被害を拡大させたようです。
その意味では防潮堤がなければ人的被害が減ったかもしれない
というのは可能性としてありです。

投稿: | 2011年4月 8日 (金) 15時56分

田老町の皆様! この度の被災に対して心からお見舞い申し上げます!

漁業者が多い町と伺っており、高台へ居を移そうか?海岸から離れがたいし! とお困りのようですが、私の愚策?をお聞きください。
アンケートを行い、希望者が多ければ、超高層住宅と漁業に必要な施設を丸ごと包含した建築物を国に建築させてはいかがですか?
この超高層多目的ビルの“津波安全階”を巨大ペデストリアンデッキで連結して“空中都市広場”を建設して、更にその延長線上は主要道路に高架橋の形で接続すれば、万が一の場合も安心です。 後期は5年以内・耐用年数は300年以上。 “箱モノ好き”の役人も国会のセンセイも賛成するだろうし、国の投資額も散漫にならず、決定速度が速いと思いますが如何?
詳細なアイデアは省略しますが、荒唐無稽な計画と考えないで真剣にご検討ください。 巨大津波に対応できる建築土木技術は心配ないと思います。
大学や官僚機構に開発を委託してもむりです!官僚と国は金を出せばいいのです。民間間企業の連合体は必ず解決するでしょう。

投稿: 水田 博 | 2011年6月14日 (火) 08時28分

先日田老町を見てきましたが、緩傾斜の防潮堤(いわゆるスーパー堤防)の方は決壊していません。新しく建設されたスーパー堤防よりも海側の防潮堤と、湾の入り口の防波堤はみごとに壊れていました。

新しい方の(構造計算がなされた)防潮堤が壊れていることから、完全に計算想定以上の波・力が加わったと思われます。

街の被害が大きくなったのは、スーパー防潮堤が想定した波よりも高い波が来たからで、地元の方の話では水面が盛り上がり防潮堤を悠々乗り越えたとおっしゃっていました。

投稿: minitsu | 2011年6月20日 (月) 02時26分

4月8日の投稿ですが、あまりにも現実離れしていると思います。
津波が来ても耐えられる強度の建築物を建築するとなるとそれに見合った底面積、もしくはそれなりの強度が必要になる。
それを考慮していただけますか。

投稿: 破壊王 | 2011年7月20日 (水) 16時53分

千葉県旭市の津波被害を記録する会の春川と申します。8月に参考のために田老を訪れました。つきましてはこのブログの2011年3月20日の東京タワー(地震雲)の写真の一つ上に掲載されています「漁港脇の防潮堤の写真」の出典をお教えいただきたいのですが。こちらのオリジナルでしたら、撮影者のお名前をお教えいただけないでしょうか。

投稿: 春川 | 2011年12月10日 (土) 02時29分

この記事について、現在でも異常に多くのアクセスだ続いています。累積アクセスとすれば、全記事の中で、ベスト3に入ります。なぜこの記事のアクセスが多いのか理由が分かりません。

さて、この田老町のご指摘の写真ですが、たしか、この田老町を訪れた人の旅行記のブログから、コピペしたものだと記憶しています。このころは、検索しても”田老町”に関してまだあまり津波と関連する記事は少なかったので、キャッチすることができたのかと思います。

検索で”田老町”で開き、”画像”をクリックしてみますと、http://www.google.co.jp/search?q=%E7%94%B0%E8%80%81%E7%94%BA&hl=ja&prmd=imvns&source=lnms&tbm=isch&ei=DKLiTriUIqfEmQXF_4CFBQ&sa=X&oi=mode_link&ct=mode&cd=2&ved=0CBUQ_AUoAQ&biw=1400&bih=933
ここから、辿ったらいかがでしょうか。

投稿: オイラ | 2011年12月10日 (土) 09時09分

こんにちは、田老町に住んで居る者です。 偶然このブログを読ませて頂きました。
沢山の方々が田老町の防潮堤に興味を示している事が良く分かりました。
私見を申し上げさせて頂きます。
当初7mに設計し、後に10mにしたと言うのは違うと思います。その当時は田老に居なかったので、詳しくは知りませんが10mの防潮堤の前に7mの防潮堤を作ると言うことは考えられません。 これは、打継箇所のレイタンスを良く取らなかったか、単年度予算の為、翌年度の施工で前年度分になんの処理も行わず、すべり予防の鉄筋も入れず打設した為と思います。つまり、コンクリートの塊をただ積み木のように重ねただけなのです。
しかも断面も普通の擁壁のように静荷重しか考えていない設計です。
 破壊した北側の完成後南側にも新防潮堤を築造していますが、こちらは15mピッチに
バットレスを設計し、前面側の面とも鉄筋で繋がっています。当然縦横とも打継は鉄筋で繋がっています。止水板もあったような気がします。 前面はほとんど壊れていません。 アルミ製の門扉は田老以外の防潮堤もほとんど壊れています。 アルミは鉄よりかなり衝撃に弱いようです。 
 想像外だったのは射流のものすごい力です。 全面は強固に作っているのですが。背面はただ防潮堤内の土砂の表面を覆っているだけなので、どこの防潮堤も背面は壊れているようです。 世界一と言われた釜石の湾口防波堤も射流により、海中の砕石の基礎も簡単に崩壊し上のコンクリートも崩れ去ったようです。 田老の背面の地盤も防潮堤を超えた波の射流によって1~2mえぐり取られていました。
 旧防潮堤は私が子供の頃は前面は擁壁が重なったような作りでした。高さ2m程度で1m程度ずらしてあった気がします。 背面は石張りでした。後に前面、背面とも今のような構造にしました。膨張提の内部は土砂なのです。
前面も背面も鉄筋コンクリートで作れば防潮堤自体は壊れないと思います。
ただ、私が非常に不満に思うのは、チリ地震津波を旧防潮堤が防いだというウソが世界中に広まり各国から視察団が田老に来て、田老の防潮堤が世界標準のようになってしまった事です。田老の防潮堤は今回初めて津波を経験したのです。いささか津波は来たかも知れませんが、チリ地震津波の時私は何も知らず朝学校に行って初めて津波が来た事を知りました。私の家は防潮堤の背面から10m程の所でした。翌日は岸壁に行き海を観にいきましたが防潮堤の外が波を被ったようには見えませんでした。 
チリ地震津波の後、次第に防潮堤の外に家が建ち始めました。 建ててはいけない場所と言われていたのですが建築確認区域外だったのです。 そのうち外側に新防潮堤が出来、急激に住宅が建ち始めました。 昔から建ててはイケナイと言われていた場所です。
公表場所が無いのでここで公表して構いません。

投稿: 小幡 久 | 2012年5月17日 (木) 21時43分

小幡 久 さま

コメントありがとうございます。なぜかこの記事は今でもトップクラスのアクセス数です。どこからリンクしてやってきて、くださるのか分かりませんが。

私は土木の専門家ではないので、ましてこの記事は震災直後の有様の情報に頼ったのもですから、どこまで指摘が正確なのか自信はありません。

しかし、結果論で騒いでも、仕方がないと思います。”想定外”の言葉を糾弾する世論も無責任と考えます。なんたって数百年ぶりの大津波だったのですからね。私は”想定外”が正しいと思っています。明日富士山が大爆発するかもしれないし、都会の真ん中に旅客機が落ちるかもしれません。これ想定外か、想定内なのか?

堤防も、高波用の防潮堤と、今回のような30m超えの大津波とでは、まず設計が違う。大津波用では、ダムの様な構造が要求されます。また押し寄せる水圧はダムより莫大です。また津波に対してその堤防連は一箇所も落ち度が無いようなものが要求されます。

田老町のような海岸線では、初めから財政的にこれ以上は無理だったでしょう。またそれにより普段の生活や港湾活動にも多大な障害となります。

何度にも渡る防災工事では、間違い設計や施工もあっただろうし、手抜き施工もあったでしょう。でも私は田老町の堤防は及第点を取っていたと思いますよ。

私の妄想かもしれませんが。この田老町には、これから数百年、また大地震を起こすエネルギーが溜まるまで、今回のような大津波に見舞われることはないと思います。

しかし、毎年来る台風などによる高波を防ぐ防潮堤や、過去のチリ地震などの津波をくい止める程度の津波用堤防の整備は必要でしょう。

低地について(街区)は、また将来建物は建つでしょうが、地上高さ40m前後の中心街区を覆うような、鉄骨造の大人工建屋を建造して(謂わば、吊り橋梁を造る考え方)、その下の地上にはそれ以下の高さの建物を建て、上部床は広場と日常的にも使えるような施設を造るという新しい発想の絵はたくさん描けると思います・・・。要は10m前後を超える大津波を遮断する発想ではなく、大津波を街区に迎入れても、人命や財産の損失がなるべく少なくなるような構想はどうかと思います。

まぁ、この構想は憲法の財産権と対立することになりますが。地上権の制約ということになりますからね。

「建ててはいけない場所と言われていたのですが建築確認区域外だったのです。 そのうち外側に新防潮堤が出来、急激に住宅が建ち始めました。 昔から建ててはイケナイと言われていた場所です。」

その街の発展と防災建築規制とは相矛盾するものですね。なまじっか世界に冠たる堤防ということで、町・県の建築課も規制できなくなってしまったかもしれませんね。町の有力者の力も働いていたかもしれません。町の作る建築規制地図がどうだったのか分かりませんが。

小幡さまにおかれましては、田老町の再起と今後の発展のために尽力を尽くすことを期待いたします。

投稿: オイラ | 2012年5月18日 (金) 10時41分

ご返事ありがとうございました。 もう一回だけ投稿させて下さい。
壊れた防潮堤は手抜き工事でも、設計ミスでもないのでしょう、 その当時はそういう
施工が普通だったのでしょう。 昔のコンクリート造は永久構造物と呼ばれていた様な時代ですから。 
 その当時はそれで安全だと思って創ったのですよね。物を創る時は設計条件を10年、30年、50年、100年に一回の災害を想定するものですね。 その重要性を考えながら。 だから想定外というので無く、 どこかで妥協して創るわけですね。つまり、創った人達が現役を離れてから壊れるわけです。
今回の津波で壊れたとしても当時の考えでは100年先の事まで考えて創るほどの、技術も資金もなかったと思います。 だから、明治29年の15mの津波に合わせては創れなかったのでしょう。たった40年ほど前の被災に。
当然いつかは10mの防潮堤を超える津波が来るという啓蒙をするべきだったのでしょう。 誰でも自分だけは交通事故には合わないと思って生きていますからね。
地球規模でみれば日常茶飯事の出来事に人間は太刀打ちできません。
阪神淡路大震災で高速道路が倒壊した後、日本中の橋脚の補強が2,3年のうちに完了したような気がします。 その効果は十分上がったと思います。 創った物を創り直すより 補修、補強の重要性も大切だと思います。 
失敗を重ねなければ進歩はしないのでしょう。

田老町町民歌の一節を書きます。
「手をとり共に 幾たびか 津波の中に 起ち上がり いま楽園を 築きたる 世紀の偉業 仰ぎ見よ 我らは愛す 我が田老」  
津波を苦難 田老を日本 と書きかえても良いと思います。

投稿: 小幡 久 | 2012年5月19日 (土) 22時20分

著者の方。
他人が撮った写真を勝手に自分のブログに張り付けたって事?
信じられない倫理観ですね。

投稿: さとう | 2015年3月11日 (水) 13時57分

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