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2010年10月12日 (火)

「ハーバード白熱教室」で「正義」について深く考えてみよう。

昨日の体育の日には、久しぶりに船をだして、海釣りをした。前数日まで海が荒れていたのだが、当日にはすっかり納まった。いつもの釣り名人ケン坊と一緒だった。ここのところ、イカ(スルメイカ)があまり獲れないので、期待しなくて、他の魚種用仕掛けも用意していった。

ところが、久しぶりにイカが大漁だった。ちょうどこの日は中潮で、12時に干潮を迎える。水温14.5℃。午前中に40杯、午後2時までに10杯。総計50杯の大漁だった。間違って掛かったサバが5杯。早々に切り上げて帰港した。

10杯ぐらいを船上で開いて、生干しを作り、あとは新鮮な透明なイカ刺しとイカソーメン。残りを手製塩辛にして保存。サバは甘いオボロ調理。ただ、久しぶりの船釣りだったので、当夜ビールを飲んだら、床が揺れ回っているような気分だった。オイラの電動リールが調子が悪く、また仕掛けが絡まったりで、これらの中断だ無かったら、あと30杯は硬かったと思う。我が家の食料自給率はまた上がった。

明日から、青島・スーヤン・南京・蘇州・上海に、偵察(笑)に行ってきますので、ブログはちょっと滞ります。

さて本題

たまには、NHKの教育テレビを覗いてみるのもいいものだ。偶然にこの番組に出くわし、録画をした。NHKオンデマンドで観る方法もあるが、1番組210円とか。そもそも公共放送で我々からカネを取っているくせに、ネットで販売するという神経には、まいってしまう。しかし管理経費も掛かることだから、仕方が無いということにしよう。

「ハーバード白熱教室@東京大学」という番組だ。

ハーバード大学マイケル・サンデル(Michael Sandel)教授による政治哲学の講義『Justice(正義)』だ。東京大学の安田講堂で8月25日に行われた講義を、数回に渡って番組としている。

10月3日(日)教育 午後6時~6時58分 「イチローの年俸は高すぎる?」

イチロー、オバマ大統領、日本人の教師、3者の年俸を比較しながら、富の分配の公正について議論をしていく。果たして、イチローはオバマ大統領の42倍もの年俸に値するのだろうか。さらには東大への入学資格をお金で買うことの是非についても考える。

10月10日 教育 午後6時~6時58分「戦争責任を議論する」

現在の世代は、過去の世代が犯した過ちを償う義務があるのだろうか。日本、アメリカそれぞれの戦争責任を今の世代が負うべきかどうかを議論する。そして3時間半を超える日本での白熱教室は感動のフィナーレを迎える。

10月17日 教育 午後6時~6時58分「『白熱教室』の衝撃」(仮)

サンデル教授の講義に参加してくださった方々のインタビューを交えながら、「ハーバード白熱教室」が日本の社会や教育に与えたインパクトを特集します。

また11月中旬には、衛星ハイビジョンで、東大での特別講義に加え、サンデル教授が対話型講義のテクニックを語る特集番組も放送の予定です。

まさに、本場ディベート形式の講義とはこういうものかと、内容よりパフォーマンスに関心した。教授が1人舞台に立ち、あっちこっち動きながら、片方の手はポケットに、片方はマイクを持ち、会場の東大生達に様々質問を浴びせかけ、その意見を土台にして、コーディネートしていく。

ただ、よくあるのだが、散々多数の考え方を絞っていって、最後自分の考えに近いものに纏め挙げるのではなく、様々な考え方があるという、多肢性を暴き出すということが目的な講義だった。だから結果を期待していると、消化不良を起こしかねない。これが本来哲学の姿であることが、しみじみ理解できた。

そう、歴史的にも様々な哲学者が、自分の哲学を語ってきたが、万世普遍的な真理などというものは、生まれなかった。いや生まれると思うことが錯覚なのだろう。だからオイラは例えば「正義」というものは、多数あると考えている。一神教ではなく多神教のような。だから一神教の欧米に影響を与えられるような日本の哲学者の出現は少なかったと思っている。

ヘーゲルの言葉に「この世に、正義と邪悪との戦いなどというものはない。あるのは常に正義と正義の戦い・対決なのだ。だから人間のこの世は悲劇なのだ」というのがあるが、オイラいまでもこれを考えの基礎としている。

多肢に渡る考え方を問う場合、この講義のように単純化し、いわば二者択一の形式を取らざるを得ないのが現実なのだろう。そうしないとカオス状態になってしまう。この講義でオイラの得たものは、このような「講義の仕方」があるという新鮮さだった。

もし、オイラが自分の考えを、強引に広めたいと考えれば、このような方式は打って付けと考える。数人のサクラを配置して、そのサクラが様々パフォーマンス的に意見を変えていき、一つの理論に集約させ、そこには、観衆の感動・賛同を伴うようにシナリオをつくり、実行をする。

悪く使われれば、米国のスーパーチャーチで行われる説教の手法に似てくる。また結論に結びつけなくても、暗黙の結論に導くという方法もある。ディベートに不慣れな日本人にとっては苦手な世界なのだが。

ただ、今回の公演は、印象として布教をするものではなく、あるルールのもとで当然行われているであろうから、そのような心配は無用であったと思う。講師はハーバード大学の哲学者なのだから。

しかし、東大生の発言について、テレビで観ていて、多少がっかりした場面が多くあった。発言の底が浅い。浅薄な学生が多かったということ。東大生といっても20歳代とはアノ程度なのだなと感じた。

もちろん観客の中で、1人立ち上がり、堂々と自分の意見を披露する、出来るということは、大変なことで、かなりの修行が必要だ。上がってしまって、100%の実力を発揮できた学生は、ほとんどいなかったように思える。つまり案の定ディベートの修行が足りない、これに尽きる。

そうであっても、オイラの目の鱗を落とすような主張が無かったことにガッカリ。それも多肢による考えという以前の、人生勉強をあまりしていない次元のものがあまりにも多かったと感じた。東大生にあまりにも期待したオイラがバカだった。

やがて消される運命の番組動画なのだが、消される前にご覧ください。今の内に録画保存する価値はあると思う番組です。

秋の夜長、虫の鳴き声の中で、哲学の「正義」について、深く考えてみましょう。

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