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2010年5月15日 (土)

宮古島を訪ねて級友と再会。そしてダイビングやら島の観光やら。

1週間宮古島・沖縄に行っていまして、ブログの更新がご無沙汰でした。

高校時代の級友が宮古島に4年間住んでいて、前から訪問する話になっていたのですが、所有していた自宅を売る話がついて、今月で東京に戻ることとなり、それもキッカケで、ぶらり一人で宮古島に行った次第。

日常空間から離れて、現地にて様々な体験を楽しんできました。

羽田(8時45分発)から、那覇で乗り継ぎで宮古島到着が12時40分。4時間で着いてしまった。その後予約していたホテル到着。級友の案内で島一周と島での暮らしの語らい。宮古島でのダイビング。

最後の1日は那覇にて宿泊。那覇では普天間基地周囲を探索、その後名護を通り過ぎて、昔行った沖縄海洋博覧会の跡地のリゾート公園、次の日首里城見学と国際通りの見学。これまで数回行った沖縄本島の記憶を辿る旅でした。

昨年今年と沖縄地方でも、温暖化ではなく寒冷化を感じているとのことでした。

まずは宮古島から、

ホテルは、マリンロッジ・マレアというところ。シングル朝食付きで8千円ここに3泊した。夕日がきれいな前浜という場所にある。隣は広大な敷地にある東急リゾート。こちらはシングルでも2倍3倍の宿泊料。オイラの一人旅にはもったいない。ただ隣接しているので、借景のようなもので、こちらの施設も勝手に利用させてもらった。

Dscn8560_r マリンロッジ・マレアHP

館内で白人とすれ違ったので、どこから来たのかと聞いたら、フィンランドからだという。だけど、なにもフィンランドから、なんで宮古島なのか疑問に思って再質問をしたら、ダイビングで遊びにきたわけじゃなくて、スキージャンプの選手のトレーニングのコーチで来ているとのこと。砂場で走ったり、まぁ、オイラじゃ解らないトレーニングがあるようだ。再度会ったら、その選手は、この前のバンクーバーオリンピックで活躍した、カミカゼカサイこと・・・葛西紀明選手だった。食事の時普通の青年に見えたのだが。日本人の体調マネージャースタッフも一緒だった。聞いたらここで心身トレーニングをした後、フィンランドに本格トレーニングをしに行く予定とか。そのフィンランド人は有名なコーチらしい。今回のオリンピックで年齢から最後かもしれないと噂されていたが、まだまだやる気満々のようだ。真剣に体調調整に励んでいるようだった。がんばれ!加油!加油!

Dscn8483_r 左が葛西選手

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オイラの級友について

オイラ達ほど、そわそわした大学時代を送った世代はなかったと思う。オイラの日大理工学部では、大学経営者が金をくすねていたのが発覚、学園紛争が始まった。東大は医学部から紛争の始まり。皆70年安保関連に流れ着いていった。そしてそこらじゅうのそれなりの大学で、学園紛争が流行した。彼は横浜国立大学だったが同じく。大学は封鎖され、戦争ごっこの好きな連中は、革マルだの、中核だの、赤軍だのと励んでいた。

オイラ達彼も含めて、政治運動に関心のないノンポリ派は大学の授業が無いことを理由にアルバイト稼ぎと放浪に熱中した。彼の場合は沖永良部島・与論島で農家の手伝いをしながら過ごし、そこからエスカレートしてシルクロード一人旅まで発展していった。

1975年7月から始まった沖縄海洋博覧会に亡父親とカミさんの3人で行ったのだが、そこで彼とバッタリ出会った。なんでもそれを当て込んで多く出来た民宿でアルバイトをしていた。夜ホテルに遊びに来て、翌日は彼アルバイトを休み、島内を民宿の自家用車を使って案内してくれた。

その後数年後、東京で入院しているという知らせを聞いて見舞いに行った。なんでもネフローゼ症候群に罹っているとのこと。もちろん大学は中退していた。就職用に受けた健康診断で発覚したらしい。退院後は、ゴルフ場開発会社に就職できたのだが、36歳前後には人工透析をしなければならない状態になってしまった。そこで退職せざるを得なくなり、以後障害者年金に頼る人生を送っている。

↓オイラの級友。高校時代にガモフの「不思議の国のトムキンス」の本を紹介してくれた。

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そこで彼、居直り、死ぬまでに世界中を見てやると、人工透析を受けながら興味のある国々へ旅行をしまくってきた。ギリシャのミコノス島・エジプト・ハワイ・カナダの各地・オーストラリヤのゴールドコーストやイエローストーン等等。もちろん節約旅行というか、貧乏旅行というかだったらしいが。現地で人工透析を受けながらだから常人の旅行とは大変なハンディーがある。そのために英語でのその関係の言葉は賢明に覚えたそうだ。そりゃそうだ、意味が通じなければ現地で命取りになってしまう。

そんなこんなで、還暦近くなり、たまたま東京の自宅が火災になり、その保証金や保険金が手に入ったので、大好きだった南の島で余生を送ろうと宮古島にその金で150坪の土地と20坪の自宅を建て今年で4年を迎えた。最初のころは、暇を見つけては、一人で島の素晴らしい海で潜って(シュノーケリング)貝やさかなを獲って楽しんでいたが、昨年夏から、泳いでいて、下半身が不自由となり、危険を察知して泳ぐことを止めてしまったとか。

そこで、不動産を売りにだし、その金で東京で不動産を購入して、再度東京での生活を始めるとのこと。現地でパート的に農業の手伝いもしたが、島の経済は厳しい。また島の住人とよそ者との付き合いの難しさ、高度医療施設が貧弱なこと等いろいろあるようだった。彼曰く、印象としてここは日本ではないと思うことがあるとのこと。まぁ、建物の形態も違うし、現地語でやられたら、まったく理解ができない。

方言と言えば、沖縄本島人と宮古島人とはまったく違うし、石垣島人はこれまた違うらしい。沖縄本島から宮古島は南に300キロも離れていることも理由の一つ。昔なら異民族という感じだ。

障害者用年金についても、東京の方が2万円ぐらい地方補助が高いとも言っていたが、東京は何かと島の生活より金はよりかかるからだと思うが。彼曰く、人工透析をしながら生きた期間で一番長かった人のギネスブックを、ネットで調べたら、35年だったそうだ。自分が現在25年。なんとしてでも、その記録を抜いてやると冗談めいて話した。あと今まで自分に関して、人工透析含め、あれやこれや、障害者として国、地方から補助してもらった金を計算したら、1億円を超えていると豪語していた。そうなんだ、健康な人間の使いもしない健康保険料や税金や年金の一部が、このような障害者の為に支払われている、日本はいい国なんだよ。(人工透析医療についてはイロイロ問題があるが、それについてはまた別の記事にしたい)

宮古島について

彼の車で島を半日で一周した。山と川のないほぼ平坦な地形。土地の大半はサトウキビ・タバコ葉畑だ。なんでも政府が、その相場金額の1.5倍ぐらい補助をつけて買い取ってくれているそうだ。それ以外は観光が主たる産業。人口5万人の市だ。とにかく景勝地だらけだ。素晴らしいダイビングポイントが沢山あるので、大きな収入源となっており、ダイビングショップ大小100ぐらいあるとか言っていた。また隣接する島が海上大橋で繋がれている。北にある池間島を結ぶ池間大橋、左下にある来間島を結ぶ来間大橋(地図画像には表示がないが)。また今西隣の伊良部島とを結ぶ橋が建設中で、数年後には完成とのこと。国から超莫大なインフラ整備をしてもらっている。

(以下クリックで大)

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その他としては、マングローブ群の見られるところとか、道路から、ところどころ細道で多くの数の白砂の浜に徒歩で出られる。1771年に襲った大津波で、海底にあった大岩が陸やリーフ内にごろごろと運ばれた奇勝地。「日本の渚100選」にも選ばれている灯台のある佐和田の浜。この日の締めは、平良地区の大通りに面した「海鮮悟空」というところで夕食を2人で摂った。みな美味しい料理で堪能した。特に沖縄特有のさかな「グルクマ」のから揚げは最高だった。寿司も美味しかった。ここは「ヤシガニ」もメニューにあったが、高額なのでやめた。

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面白いのは、川のないこの島で水はどうしているのかを聞いたのだが、なんでも地下に大貯水槽を造ってあり、雨水がそこに貯水されている。そこから生活水を汲み上げているそうだ。しかしもともとサンゴ礁の島。カルシウムが多くていわゆる硬水。長年飲み続ければ体がおかしくなってしまうので、島民はミネラルウォーターか浄水器で飲んでいるそうだ。フランスやドイツと同じような地域。

排水に関しては、これも川も水路がないので、各家は浄化槽から浄化水をそのまま地下に沈殿させ浸透させている。カルスト地層だから浸透には申し分ない。だから人口が増えすぎて浄化水が増えすぎると問題が起こる可能性がある。ということは、畑の面積は補助金を払っても守る価値があるらしい。

ダイビングについて

オイラはダイビングをするので、これも楽しみの一つ。毎回どのダイビングショップを選ぶのかが、重要な課題だ。ホテルに置いてあったガイドブックで調べたのだが皆価格が高い。ほとんど海外でのダイビングが多いので特に高く感じる。

ファンダイブ(ボンベ背負って潜るやつ)で、船からの2回ダイブで装備一式で約2万円前後の高額スポーツだ。3ダイブだと4000円増しという世界。ゴルフよりも高い。この頃は日本でもゴルフは値段が下がっているので、ダイビングの値段の高さは、際立ってきている。少し前の景気の良い時の価格が据え置きになっているみたいだ。これじゃ若者は遠ざかる。昨年セブ島に行ったのだが、3ダイブで3日で現地人の運営で合計3.5万円だった。もちろん物価や貨幣価値が違うので安いのだが。

そこで、彼と一緒に望みのショップを探して偶然見つけたのが、カラカラダイビング。

カラカラ先生のダイビングスクール

下地島のダイビングスポットのアントニオガウディーとロウニンアジのたまり場の本ドロップでダイブで、2ダイブ+装備一式で1.5万円だと。直ぐ翌日用で申し込みをした。朝8時にホテルに迎えに来てくれた。本島西にある平良港より下地島へ。この下地島には、パイロットの訓練用の滑走路があり、この日もタッチアンドゴーをやっていた。

Map

最初は「アントニオガウディー」というスペインの過去の有名な建築家の名前を頂いたポイント。ここは数ヶ所のアーチ形洞窟が交差しているという空間。

なんか彼の作風のようなアーチやアールが重複してくる。水深は15mぐらいだった。

2本目は、「本ドロップ」でダイビング。ここは海の中の断崖絶壁。そこかしこに洞窟があり、そこにでっかいロウニンアジが常駐で十数匹がたむろしている。オイラが見たのは、体長1.5mはあった大物だった。

ここのダイビングショップは、珍しくも女性が経営しているとか。だからかスタッフは皆女性。船の操船のみ男性。皆いわば現在独身状態。オイラにとって嬉しさ1パイ花1パイ。まるで父親の面倒見るかのごとく、いたわるように看てくれた。

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やはり、女性ならでの心遣いを感じさせてくれた。橘幸枝ちゃん、工藤佐和子ちゃん、中村まゆりちゃん。

土産にと、取れたばかりのモズクをパックで貰った。今年は異常気象で取り入れが遅れ、今がちょうどいい状態だと言っていた。こちらで買うのよりモズクが細くて大変美味しかったです。

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↑ログブックに書き込み用の、この日の成果

ダイビングスポットとしてはまだまだ沢山ある。その他のスポットとしては

Map2_2

「 八重千瀬」と書いて「ヤビジ」と言う。島の北にある大サンゴ礁エリア。

Map3_2

まさにダイビングスポットだらけ。機会があったらまた行きたくなる宮古島だった。

長くなりましたので、後編はまた次の記事で紹介します。

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