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2010年1月11日 (月)

あまりにも私的な話。・・・・・・愛猫が死んだ。

昨年も「喪中につき・・・・」の知らせが何通も来たが。まぁ、ほとんどがオイラの知らない親の逝去だ。冷たいようだが「ああ、そうなんだ。」と感じるだけで、当事者の深い悲しみというものは、こちらには伝わってこないものだ。オイラの父親も7年ぐらい前に逝去して、喪中葉書を送ったが、受け取った方々の大半は同じだったと思う。まったくの私的な出来事なのだろう。

ましてペットとなると、当人達にしか、その悲しみは解らないものだ。昨日10日に、突然それは起こった。

オイラのウチの愛猫は雄のアビシニオン。例のエジプトのクレオパトラが抱いていた猫だとか言われている。我が家に来たのは、17年前。今年の春の誕生日が来れば18歳だった。

オイラもともと猫好きだった。幼少の頃、数代飼ったこともある。人にへつらわない、わが道を行くという生き方がなんとも魅力だった。だから子供と一緒に猫のいる家庭というのも理想で、それを実現してきた。

三人の娘達が幼いころ、最初にアメリカンショートヘアーの猫を飼ったのだが、1年目、家族旅行の間、知り合いの動物病院に預けたその後、しばらくして突然、おかしな症状になり、垂れ流しと苦しみが始まり、その病院に連れていって、診てもらったのだが、その時の注射のショック死ということで、その猫を失った。

その後半年たって、この猫を購入した。3人の娘それぞれの成長に、この猫が連れ添ったわけだが。我が家の猫の飼い方は、一切外には出さない座敷猫。これは交通事故や、誘拐、病気の伝染、グレないようにとイロイロの配慮があってのことだが。もちろんオスなので、タマタマは削除手術はした。まぁ、宦官猫といったところか。

しかし、これって結構大変なのだ。窓をうっかり開けたままにしておくと、そこからすぐ逃げてしまう。アミ戸は破いて突破。窓のクレセントを外しておくと、自分で開けて脱出。それからが大変。一家総出で探しまくり、美味しいエサで釣ってなんとか捕獲。この繰り返し。

この猫3歳ごろ、そんなこんなで家脱出、1ヶ月帰ってこなかった。多分一時は誰かの囚われの身になっていたのかもしれない。アッチこっちで探しまくったのだが、発見できず。もうあきらめかけていた頃、突然我が家のテラスに、餓死寸前の姿で現れた。テラス戸を開けると自分から助けを求めるように、家の中に入ってきた。めでたし、めでたしだった。

また、あるときには、その季節だけだったが、山からサルが下りてきて、窓を開けたら飛び出して、屋根の上で戦っていた。顔をサルにひっかかれたような。オイラも参戦して、サルを追い散らした。家のなかにいると、飼い主の言うことには素直なのだが、外にでると人?が変わったように野生に変貌する。

娘達もやがてひとりづつ、家を離れ、またそれまで猫さま様だったのが、だんだんそこからも卒業していった。一つ困ったのが、娘達、一旦家から出て生活をすると、なぜか猫アレルギーに変容していった。だから帰郷して猫を抱くと、目の周りが真っ赤になり、鼻水っぽくなり、完全に猫アレルギー反応となった。

それで、猫の日常生活は2階廊下⇒階段⇒3階廊下となってしまい、従来からのLDKには入れないようにした。3階廊下が猫寝室、2階廊下が猫トイレとエサ場。3階のオイラの寝室には入れたが、そのうち食べた猫フーズを吐くようになり、合わせて、飲んだ水をも吐くようになり、フローリングも胃酸でシミだらけで、居室にはほとんど入れないようになった。まして数年前からは、孫も遊びにくるようになったので、2階LDKには完全締め出しだった。人が廊下・階段を歩く時は、吐いたものを踏んづけないよう要注意だった。発見するとトイレペーパーで始末した。

人間で言えば、もう70歳80歳といったところらしい。若い頃は寡黙な猫だったが歳とともに、何かを訴えるときはよく鳴くようになった。

別棟の屋上に3階の廊下の窓から渡れるようになっていて、天気の良い日には、首に紐をつけて、良く遊ばせていた。太陽の下でブラッシングをしてもらうのが楽しみだったようだ。しかし1年半前、屋上で放っておいたら、屋上から間違って地面に転落。命は別状なかったが、顔には傷があった。その後それも回復して元気になった。

歳のせいか、ほとんど保温機のついたペットブースいることがなおさら多くなった。時々命尽きたときの際はどうするか、皆で話し合ったこともある。とりあえず土葬か火葬かはその時になって考えようと。

毎日の日課は、猫トイレでの宝探しと猫フードと水。だから夫婦で4日以上の旅行はあまりできない。長期旅行は「その後」にしようと決めていた。ただその時はいつになるだろう。長寿だと20歳を超える猫もいるとネットにあった。たびたび危ない時もあったが、すぐ回復してしまう。ハッピーなのだが。娘達が帰郷すると、懐かしいのか、LDKに入りたくてしょうがない。横桟ガラスドアーによじ登って入りたいと表現をする。娘達も猫に会えるのを楽しみにしている。家族写真のときには、いつも誰かに抱かれて写っていた。今年の正月もだった。

8日の日、朝オイラ起きて見たらペットブースから、なぜかヨロヨロ這い出してフローリングに横たわっていた。そしてまたブースへ。触ってみたら、普段よりカラダが暖かくない。最近吐く回数が格段に減ってきて、これ幸いと思っていたのだが。ちょっとヤバイかもとカミさんと話した。9日はもっと体力が落ちてきたようだった。この日カミさんの誕生日で、次女と孫とで小さなパーティー。しかし猫は自力で階下のトイレとフードにこれない状態になっていた。なので、予備のトイレと猫フーズを3階にも置いた。

10日になったら、もっと反応がなくなってきたとのこと。夕食時に、なんと、どのように下ったのか、階段を這って降りたのだろう、トイレ(掃除済み)ブースに横たわっているのを発見した。ほとんど反応がない。しばらくそのまま見ていたら、最後の、最後の力を振り絞って、這いずりながらLDKに入ってきた。居間の床にタオルを敷きそこに横たえさせた。

懐かしい家具の匂いを嗅ぐかのように、動いた。ちょうどその両側にオイラとカミさんが見守っている。タラダはもっと冷えてきたような感じだった。そして30分ぐらいたって、連続3回上を向いて小さく喘いだ。そのあとすぐに腹の動きが止まった。触ると少し動いたが、その後一切動きを止め、呼吸も止まった。2人で合掌した。午後8時20分だった。

この夜半、長年お世話になった娘達も駆けつけた。皆に見送られた最後だった。

11日の今日、地元にある動物専用の寺院で火葬して小さな骨壷に納められ、今、ピアノの上に置かれている。昔大好きだった場所だ。さっきその下の食卓で夕食を済ませた。この猫の思い出話をたくさんした。

もうこれからは、窓や各室ドアを開けっぱなしにしてもいいし、トイレの掃除をしなくてもいい。だけどすぐ閉める習慣はしばらく続きそうだ。

オイラ夫婦はもう動物を飼わないだろう。この猫が一番だったから。

この猫の名前は、ルディーといいます。しかしオイラは、あるときはルー介、あるときはルー坊と呼んでいました。今日はまったく私的なお話でした。最後まで読んでくれてありがとうございました。

Dscn8363_r 愛猫ルディーの最後。1月10日没 享年17歳

長い間、オイラ家族の護り猫としてありがとう。安らかに眠ってください。

オイラのかつての投稿動画

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コメント

ご家族の皆様に愛されたルディーちゃん、幸せな一生でしたね。
奥様ともどもお気を落とされませんように。
合掌。

投稿: でんこ | 2010年1月13日 (水) 13時21分

でんこ さん
わざわざ、ニュージランドからのお悔やみ、ありがとうございます。そうです。この猫とは長い付き合いでしたからね。

この猫、食べる前に「お手」をするんです。
「しっぽ!」というと尻尾を振るんです。
「ジャンケン」もしました。パーとグーだけでしたが。
シモのしつけも完璧でした。

毎日の猫トイレでの「宝探し」は、カミさん。
猫フーズの補給と水はオイラと役割が決まっていました。
カミさんは、今日で遺品片付けを終了したみたいです。

投稿: オイラ | 2010年1月13日 (水) 15時42分

うちの実家にも老猫がいます。
最近元気がなく、いつその「連絡」が来るか
びくびくしています。
家族ですからね。
いつかは、と分かっていてもその時が来なければ
いいのにと思います。
賢いルディーちゃんは幸せだったと思います。

投稿: らいおん | 2010年1月14日 (木) 18時02分

そうですね。家族しかその悲しみはわかりません。
私は、4年前愛犬と離別しました。
よく気持ちは理解できます。

お悔やみ申し上げます

投稿: 陳湖臭 | 2010年1月14日 (木) 18時45分

私の場合、ちょうど失業中で、火葬にするお金もなく
友人に聞いたら、ゴミと一緒に清掃車で処分してくれることを聞き、それに任せました。

タマという猫でしたが、泣きながらゴミ置き場に毛布に包んで置いて来ました。

思い出すと今でも合掌です。ゴメンネ!

投稿: アイヤー | 2010年1月14日 (木) 19時49分

ご愁傷さまでした。 
 私の家には、現在五頭の猫さんが同居しています。 みんな、野良猫の子です。 動物保護のNPOに参加しているので、観て観ぬふりが出来ずに、保護した子ばかりです。 中でもキジトラの雄猫とは、もう13年になります。 賢くて、顔立ちが良くて、獣医さんいわく「男前」なんです。 でも眼病で左の眼に濁りが残っています。 亡母が入院中に充分に面倒をみてやれずに、獣医さんに行くのが遅れたからです。 
 日本の猫は、本当に悲惨な状況にあります。 保健所で殺処分される猫は年間で数十万頭にも上ります。 この数字をなんとか少なくしょうとしていますが、数十万頭のうちの五頭を助けたのは気休めにしかなりません。 でも、今では、猫と言うより家族になってしまいました。 今も、私の足元には、一昨年に保護しました茶トラの「イーチ」が寝転がっています。 
 蛇足ですが、犬猫の死体の処理は、多くの市町村でごみとは別に処理しています。 私の住む市では、犬猫専用の焼却炉を作ってごみとは別に処理しています。 ペットをごみと一緒に焼くのは、市職員の中でも抵抗があったようです。

投稿: とら猫イーチ | 2010年1月17日 (日) 22時02分

偶然、同じ命日で驚いています。アビシニアン、毛色もルディ。♀です。名前はモモです。

突然失礼しました。
ご冥福を…。

投稿: 238☆彡 | 2010年1月20日 (水) 06時35分

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