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2009年12月30日 (水)

地方の生きる道は観光か? 観光について考える。

鳩ポッポにまた新たな、政治資金規正法違反が出てきたり、小沢書記長の5月ごろ騒がれた疑惑が再燃してきて、その関連元秘書で今年故中川を破って当選した石川知裕衆院議員が事情聴取。立件されそうな。鳩ポッポも長年に渡っての不正。この小沢書記長も細川擁立以前から続いてきた不正が暴かれるかどうかといったところ。世も末だね。いまだにマスゴミはこの2人にマンセー状態、温情的だ。いかにマスゴミ界への実弾工作が大きかったを覗わせる。

さて、今も、古くて新しいのが、「地方の再生」。劣化マスゴミが相変わらず騒いでいる。結局地方は「観光と農業」だって。先日の日曜日の「報道2001」を録画してあったのを観た。後半は、星野リゾートとかいう旅館再生の特集だった。この星野というカリスマを追っ掛けたような旅館再生屋番組は過去から飽きるほど見せられた。面白いのだが、やがて壁にぶつかり消えていく。もちろんその中の幾つかは有益ではあるが。

これを、旅館組合・自治体が丸呑みで追っ掛ける。その繰り返しだったように総括できる。まぁ、過去その中に一部オイラもいたわけで、あまり偉そうには云えない。

日本を観光立国にする。これが前原のポリシーとか。

今日はそれについて考えてみる。

オイラ、30代半ばから40代後半まで、地元の観光活性化のプロジェクトにも入り、また自分でプロジェクトを立ち上げもした。日本が不動産バブルに沸き立ち、崩壊に至るころだ。

その後、一切手を引いたわけだが(バカバカしくなって)、今も地方や外国に行くと、常にその関連を考える習慣がついている。

今年、北海道の礼文島や旭川・富良野等に行ったり、四国高知の方に行ったり。どこも開発が進み、田舎とはいえないほど最新なものに生まれ変わっている。この頃事件の報道で、各地の現場が映し出されるが、ほとんどの家もそれなりに新しい造りになり、昔のイメージではないことに驚いてしまう。

海外先進国と比べても、総体的には、まぁ、遜色はない。

昔プロジェクトの時、「リゾート法」などの絡みもあって、よく考えたものだ。「観光地」と「リゾート地」その違いは?結論は同じなのだとやっと分かった。だから規模でいえば、「東京は日本一の観光地だ。」と「東京は日本一のリゾート地だ」といっても違いがないだろう。なんたって「不特定の人々が、その地を楽しむために訪れる地」なのだから。

オイラの地元は、古くからの観光地だったので、戦後復興が早かった。そして東京オリンピックの付属として、資本投下も頻繁になされ、最高年間宿泊客数が500万人の時もあった。まぁ、その頃は温泉街に客が溢れていた。現在は300万人をはるかに切ったと聞いている。

その頃は、日頃倹約して働き続け、年数回の団体旅行を楽しみに、ポケットに大金をネジませて、芸者をあげてドンちゃん騒ぎをするリゾートだった。厳しい東京の風俗に対する規制もこちらではちょと緩んでいて、それが楽しみで来る客も相当いた。

まぁ、これは、オイラの地元だけじゃなく、日本中の有名な観光地では同じようなものだっただろう。しかし団体旅行相手というビジネスモデルも崩れ、過去からの有名温泉地のブランドも崩れ、全国各地リゾート化で観光客の奪い合いから、過去の有名温泉地は凋落の一途。観光客のパイが大きくならなければ、お客の奪い合いをするしかなくなる。

また、海外旅行で世界の観光を体験した国民は、従来からの温泉中心のビジネスモデルには満足しなくなってきた。ただそれ以上のものが無ければ「温泉⇒旅館料理」にこだわるのも、いまだに事実ではある。日本のように四季がはっきりしている国では、オールシーズン一つの地で勝負できる地というのは少ない。結局オールシーズンは温泉のみということになってしまう。

アーバン(都市)リゾートとしては、東京・京都などオールシーズン楽しめるので、やはり宿泊客数としては、トップとなる。建物空間・その間にある小自然・買い物リゾート・ショービジネス・・・・・切りがない。「地方は観光だ」と云う声も数十年前から言われてきたことだし、「一村一品」なんて運動もあったが、やはり競争のなかで、やがて中折れしてしまい、累々と過去の負債が溜まっていく。

「マチオコシ」としてのイベントも沢山あった。もちろん伝統的な祭りを盛大にして客を呼ぼうなんてのも行われている。これはこれで住民達の誇りとしてやっているのだが、よほど住民を巻き込まなければ長続きしない。地域が経済的に凋落していけば資金集めが不如意になっていって、沈下していく。またこれらの演出は所詮素人が即席で行うので、完成度が低く、長期の戦略に応えることが出来ない。

中には「イベント屋」なんていう組織が入ってきて、「マチオコシに協力します」なんていう触れ込みで、旅館組合・観光協会あたりから入って、市のトップまでその気にさせ、住民を動員させ、それなりのイベントを成功させるが、美味しいところはしっかりもって行き、あとはカスだけ残り、それが借金となり大騒ぎとなる。みっともないから公表はしない。そしてそれら「イベント屋」はテレビメディアとしっかり組んでいて、結局つるんでアトを濁して次の「イベント屋」に後を継ぐ。

地方の観光地はなんとかテレビで紹介されたい。確かにその効果は一時的にはかなりある。そのスケベ心が、次から次へと「イベント屋」を繁盛させる。親しい元助役に聞いたのだが、よくテレビの番組で紹介される観光地。ありゃ無料で番組制作してくれるわけじゃない。間接的に結構な金額を助成させられているらしい。特定の旅館紹介番組なども巧妙に金が掛かる仕組みになっている。もちろんそれで一時的に客が集まるから、このビジネスモデルは続いている。

それにしても、地方の再生は「観光と農業」と云われると腹が立つね。昔(45年程前)日本でも全国観光化政策で、「民宿」というのが許可された。それまでの旅館業法のなかに、従来よりもっと規制緩和された分野を認めた。個人住家でも、規定をクリアすれば、客を泊めて商売してよいことに。4.5帖の部屋にバス・トイレなしで客2人までOK。全国民宿ブームになり、オイラの世代はよく利用したものだ。当時の旅館代の半分以下だった。

この民宿ブームは、貧しい者達にも全国観光ブームを起こさせた功績は認めざるを得ない。気軽に学生も旅行が出来た。

しかし、隣の客とは、襖一枚なんてのもあって、いまから思うと劣悪な環境だった。それがやがてすたれ、今度はペンションブーム。これはそれでも専用に建てられるので、そこそこのグレードはもっていた。しかし初期のころは、ベッド二つが並んで、奥にもう一つベッドがソファーの代わり。3人でも違法に泊める仕掛け。部屋面積も規制ぎりぎりの狭さ。もちろんバス・トイレは共同。しかし食堂はなるたけ豪華に。オイラ、ペンションってのも設計したことがあるので、そのビジネスモデルの記憶が残っている。現在はさすがに客が満足しなくなって、トイレとシャワールームを部屋に増設するべく改造しているのが多い。

そんななか、男女の客なら、アレを目的にしているのだから、アレ専用を造ればいいじゃんと、いわゆるラブホテルが全盛に。全国各地、地元の需要も兼ねてゴージャスな造りで建設ブーム。この段階になってくると、建設費だけで億を超えるので特定の事業者しかできない。これもオイラ、設計したことがある。テーマをディズニーにして、「未来の世界」・「冒険の世界」・「おとぎの世界」・・・・・・なんたらかんたらのデザインにした。天井や壁に規制以内サイズのカガミを付けたり、コンピュータ制御にしたり。風俗営業法の規制を逃れるため脳味噌を振り絞った。

おっと、いつもの様にだんだん話しがそれて来た。

日本に温泉を楽しむ習慣がなかったら、または温泉がなかったら、日本人の観光旅行ってどんなものになっていたのか。やっぱり欧米風の旅行になっていたことだろう。そもそも温泉入浴を目玉にしたホテル(旅館)というのは、グローバルで見ると数パーセントで、日本と戦前影響を受けていた台湾・韓国・中国のそれぞれ極一部程度らしい。

ニュージーランドも火山国で、各所温泉は出るが、誰か好き者が池穴を掘って野天風呂ぐらい。米国・カナダも同じような扱い。これらは民族的文化で、幼いころから訓練していないと馴染めないものらしい。ドイツは、バーデン・バーデンが、温泉保養地になっていて、公共の歴史的浴場施設が多くあるが、療養地といったイメージが強い。もちろん水着着用。

だから、日本でいう温泉旅館(ホテル)という形態は世界的にも珍しいビジネスモデルとも言える。まぁ、温泉第一主義だ。温泉さえあれば結構安心して満足する。そのようなのが日本の観光地の最大公約数だった。

料理と同じで、幼いころから食べなれていないと、大人になっても食べられないものだ。納豆や梅干、塩辛なんて、外国人は食べれても美味しいとは思わない。もちろん例外はいるが。義従兄のサム・ニールにかつて、オイラの設計したホテルの大浴場に案内をし、「正しい入浴の仕方」を手取り足取り教えて、そのあとゆかたに着替えて、芸者を呼んで旅館食の宴会をしたが、その後再度オネダリはしなかった。楽しかっただろうが、そのモデルに惚れ込むことはなかった。やはり一過性の印象なのだろう。

観光産業のアキレス腱は、繁盛期が少しあって、他はほとんど非繁盛期になってしまうことだ。連休には溢れるほどお客がくるが、その他の日はガラガラ。だから嘗ては旅行代理店は強かった。なんたって旅館代の3割4割をリベートとして捕っていた。JTBなどは、旅館紹介雑誌(旅館百選など)などを作り、ランク分けをして、お客を振り分ける。そして旅館同士競わせる。しっかりそれで左団扇だったのだ。

そこに現れたのは、インターネット。旅館・ホテル側が独自のサイトを立ち上げ、独自で客を取れるようになった。オイラでも今はほとんどサイトチェックで予約する。代理店も知恵があってそうなれば、総合旅館案内サイトを立ち上げ、個別予約より廉価な設定を実現している。オイラのカミさんは「一休.com」等を利用しているみたいだ。

これは、グローバルな世界では完成されていて「Agoda」「Hotels.com」などは、世界中、数十万のホテルと提携している。これらを通せば、宿泊金額も廉価、カード決済で面倒なこともほとんどない。ほとんどがあるランク以上のホテルが多い。それでも探せば一室4,000円なんてのもある。2人で泊まれば、一人2,000円だ。まぁ、旅行の世界もこんな時代になって来た。

北海道の礼文島で関心したのは、一人のインストラクターが、10人ぐらいのジジババを引き連れて、いろいろ説明をしながら高原歩きをしている。そんな団体がいくつもあった。カナダのケローナに娘を連れて行った時、はやりインストラクターの先導でサイクリング。途中途中でいろいろ説明をしてくれる。結構楽しかったとのこと。

日本人の国内旅行でも、だんだんに形態というか、掘り起こしというか、アイディアというか、それらを受け入れる側は工夫が求めれることで、他との競争に勝っていくしかない。

「おもてなしの心」とかなんとかで、お迎えや見送りで一同並んでお辞儀をすることが、流行ったことがあったが、あれは嫌な流行だったね。オイラは好きではなかった。お客を一見ほおっておいて、しかし裏ではしっかりサポートしているというのが、本当の「おもてなし」だと思うが。ある伊豆の谷底にある旅館では、お客の車が谷上に到達するまで一同並んで手を振っているとういのが評判だったことがある。疲れるんだよね。付き合うお客としては。

各自治体・宿泊施設等はイロイロ試行錯誤しらがら、打ち出すのもよいが、常にそれは何のためにやるのか、一過性としてやるのか、永続性としてやるのか、やれるのか。その辺のポリシーをしっかり定めることが必要で、それがないと相変わらずの繰り返しになってしまう。

日本から海外へは1600万人も観光客が出かけるのに、海外から日本への観光客は800万人に過ぎない。イタリアやフランスなどは数千万人もの観光客が訪れますが、観光は地域産業の活性化の切り札だ。

とは云われるが、ヨーロッパの場合は近隣国からは国内旅行のようなもの。また長期休暇が法律で定められている。観光に関する歴史も長いし、グレードも高い。また各施設に対しての寿命も日本が数十年ならあちらは数百年をみる。

観光というのは、生きの長い産業なのだ。一ゲンさん商売ではダメな時代になって行っている。焦って一過性になる政策ではなく、長期をにらんだところが、やがて勝利していくことだろう。しかし勝利してもその後は分からない。それが観光産業なのだ。

一粒で二度おいしいオイラのブログ:今日の画像

ほらほら、金なんか掛けなくても

非日常空間街つくりは出来るんだよ。

こんなところ、行ってみたいとは思わないか?

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イタリアの地方リゾート(地名を失念した)

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「カサ・ブランカ」って「白い家」という意味

ギリシャの島々が圧倒している。サン・トリニ島の風景

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こちらは、有名なミコノス島バックが白いと女性は、より美しく、男性は、よりイケメンに写るんじゃい!

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