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2009年6月24日 (水)

世界恐慌:年金マネーの”熱狂”はなぜ起きたのか?・・今ここ

シリーズの番組NHK「マネー資本主義」の第3回なのだが。だんだん解き明かされてくる。今回は年金資金に絞って、当事者達の証言を中心に番組が作られていた。もちろんこれも一部分を無理やり切り取ったもの。様々が折り重なって今回のバブルが形成され、そして崩壊していった。

2000年代に入って、たかがHPの請け負い作成から勢力を伸ばしていったあのライブドアのホリエモンとか、ギョロメの村上とか。”もの言う株主”?なんて偉そうにマスメディアで叫んでいたね。ありゃ米国の受け売りじゃないかい。ところで村上はどこへ行ってしまったの?

オリックスの宮内だとか、楽天だとか。新興不動産会社だとか。そのバックにいた経済・金融の評論家だとか学者だとか。そのまたバックにいた議員だとか。みんな米国の投資銀行やヘッジファンドの手先だったんじゃない?この番組を見ると、なんとなくその情景が浮かんでくるよ。今世界は一旦平静を取り戻しつつあるかに見えるが、理論的にこんなものではすまないほどのボリューム崩壊だ。この無理が今度は違うところで膨らんで、それがまた弾け、またまた弾けそしてなんとか落ち着いた世界金融・経済になる。ただその未来の姿(世界)はまだ誰も見えていない、もしかしたら想像していない世界なのかも知れない。

日本での日本郵政の西川とその愉快な仲間たちだとか、そのバックにゴールドマンサックスがいるとか、いないとか。最近の報告ではゴールドマンサックスはこんな中、凄い利益を出したとか。そうだねここは昔から、米国等政府と癒着ミエミエの旧投資銀行だからね。巷では竹中平蔵・小泉らの評判が悪いね。もうちょっとで郵政の莫大なカネが外資に流れるところだったとか、もうすでに流れてしまっているとか。どっちなんだい!

マネー資本主義第3回:年金マネーの”熱狂”はなぜ起きたのか。

プロローグ

「全国中央市場青果卸売厚生年金」は、 今年4月に運用責任者に今年一年の最終結果が送られてきた。株も債権も軒並み損失を出した。損失は合わせて64億円。年金基金の資産の実に1/5が失われていました。(この番組では例としてここをモデル年金基金として番組を進めた)

一番の痛手は、4年前から取引を始めたヘッジファンドでの運用が大きく落ち込んだことだった。マネー資本主義の寵児ヘッジファンド。投資家のためにあらゆる手段を駆使して高い利回りを稼ぐプロ集団。その代わり損を出すリスクも高く、しかも取引の中身はほとんど明らかにされません。

運用責任者の回りでも、多くが損失を出しました。ある調査によれば、日本の年金基金の7割り近くがヘッジファンドと取引をしていました。5,000兆円が一瞬にして消滅した今回の金融危機。ヘッジファンド経由で流れていた世界の年金マネーが巨額の損失を出しました。

老後の備えを奪われた世界中の高齢者、米国最大の公的年金基金カルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)は7兆円の資金を失い、100万人以上が影響を受けました。

年金基金をマネーゲームに引き釣り込んだ冠たるヘッジファンドは、責任は年金基金側にもあると主張しています。ヘッジファンド社長「世界中の年金基金が高いリターンをほしいと言ってきました。強欲でした。とてつもなく金儲けに踊ったのです。」

一人ひとりの老後の備えを守り、安全第一の運用に徹してきたはずの年金基金。それがなぜバブルの真っ只中に飛び込んで行くことになったのか。年金マネーの熱狂。当事者達がその舞台裏を明かします。

本題

今回の「百年に一度の金融危機」それを引き起こしたのは、一体誰なのか。それは一つは強欲なまでに利益を追求した投資銀行、もう一つはある時期米国に世界中の金を集めた米国の金融財務当局であるわけですが。今回はこの二つ以外に壮絶なマネーゲームに参加したもう一つのプレイヤー、それは何かと言えば、私達の老後を支える年金基金であったということです。

世界は今急速に高齢化しています。2007年の(世界の)年金マネーは2,500兆円を超えました。これは世界のGDPのおおよそ半分、いかにこの年金基金が巨大な機関投資家であることがわかります。

この年金基金が、この金融危機の直前にヘッジファンドとの取引を急激に拡大した。ヘッジファンドはプロの投資集団、もうちょっというなら、普通の株取引なら得られない高い利回りを追い求めるプロの投資集団と理解できます。

しかし、当然のことながらいつも高い利回りが入るわけではない。ハイリターンがあれば、ハイリスクもある。そのヘッジファンドに年金基金が年金マネーの運用を頼むわけです。このことによって、お金にお金を稼がせるという壮絶なマネーゲームの中に年金基金は入っていくわけです。

ウォール街のマネーゲームと暴走が、自分たちの老後の備えと直結していたことを、年金基金側幹部たちは初めて実感しました。加入者一人当たり70万円を超える損失。挽回する目処は立っていません。

日本の年金基金はもともと手堅い国債などの割合などを高くし、しかも5.5%以上の利回りを出すことが求められていました。それでも高度成長の時代は、信託銀行などに任せておけば、なんなく達成できました。しかし高齢化で年金受給者への給付が急増し、このままでは基金の収入、掛け金を上回るおそれが出てきました。その上低成長の時代、予定利回りは引き下げられましたが、それでも厳しい状況は続きます。

日本では1997年運用に課せられていた規制が撤廃され、この当年金基金は他で経験のあったこの運用者を雇いました。しかし、投資顧問会社などに託した株などへの投資は、当初は好調でしたが、2000年から3年連続でマイナスに転落、このままでは給付を減らすか、掛け金を引き上げるしかない。そんな状況の中で目を向けたのがヘッジファンドでした。

多くの年金基金が資金の運用を託したヘッジファンドとはいかなるものか。ニューヨーク郊外にひっそりたたずむヘッジファンドのオフィイス。この周辺だけで100以上のヘッジファンドが点在している。

この日本の当年金基金の運用を任されたのが、アラディン・キャピトルというヘッジファンドでこの番組の取材に応じた。投資銀行から独立したアミンカーン・アラディン社長らが6人で設立、株価が大きく落ち込んだ2000年代初頭、脅威的利回りを上げて評判を呼び、運用資金は数年で2兆円を突破しました。社長「2001年の不況の時も非常にすばやく動いたので、18%の利回りを得ることができました。年金基金に説明すると喜んで飛びついてきました。」

このヘッジファンドは債権取引専門。わずかな値動きを捕らえては、大量の資金を一挙につぎ込み大きな利ざやを稼ぎ、そしてすばやく引く。こうして短期に莫大な利益を獲得していく。しかし取引の詳しい中身は、客である年金基金にもあかしません。年金基金は資金を託し、あとは結果が出るのを待つしかないのです。

契約するに当たって運用者に見せられたのが、運用実績のグラフ。運用実績は株価指標と比較するかたちで示されていました。株価が激しく上下する時でも、確実にプラスを続けほとんどマイナスにはなっていないと説明されました。オルタナティブ(ヘッジファンドなどへの投資)は安全なんだと。下がるなどということはないよと。

こうしてヘッジファンドは、日本、米国を始め世界の年金マネーを集め、扱う資金を急速に伸ばしていきました。年金マネーは一部のヘッジファンドによって、低所得者向け住宅ローン、サブプライムローンを組み込んだ金融商品に流れていきます。

そして住宅バブル崩壊。一時は180兆円を超えたヘッジファンドの資金は50兆円以上も落ち込み、巨額の年金マネーが失われることになりました。金融危機後、2008年11月に米国議会の公聴会に集められたヘッジファンドの幹部たち。取引の中身を明かさない不透明さが厳しく追求されましたが、これまでの姿勢を崩そうとはしませんでした。

下院議員「社会を脅かしているのだから情報を開示しなさい」

ヘッジファンド社長「取引の内容は企業秘密です。コカコーラだってレシピは公開しません」

ほとんどマイナスには陥らないと信頼し、株などの投資を減らしてヘッジファンドへの投資につぎ込んでいた運用者の年金基金。ところが金融危機で20%以上のマイナスに転落、隠されていたリスクを思い知らされることになりました。

そもそも、老後の安心を保障する年金の運用というのは、安全第一でなければなりません。しかし年金基金が当初の理念を変換して、そのリスクを十分承知の上で、お金・オカネと傾斜していったのは何故でありましょうか。

ここで歴史を見てみましょう。時間を80年前に戻します。

1929年世界恐慌の年、米国の労働者は職を失いました。人々は今後経済が破綻してもお金に困らない仕組みを造りたいという思いが湧き上がりました。カリフォルニアのそういう思いの人々が、世界恐慌の3年後1932年に新しい組織をつくりました。それはカルフォルニア州職員退職年金基金:カルパース(CALPERS)であった。

そのカルパースの80年の歩みを表したのがこのグラフです。資金量がこんなに増えたというのがよくわかりますが。このグラフで注目すべきは二つあります。一つは1980年代このときカルパースは初期の理念を変換して株の取引を本格的に拡大させたのです。そしてもう一つは2000年ごろ、このときにヘッジファンドとの取引を始めた。

それでは、なぜ年金基金がなぜヘッジファンドと取引をするようになったのか、そこに至るまでの経緯を見てみましょう。

第1部

カルパースから年金の支給を受けるこの元警察官の男性。毎月受け取る額は30万円あまりにのぼります。「カルパースのおかげさ!カルパースのない世界さんて考えられないよ!」今年もおよそ2万人が加わります。

この年金受給者は48万人。総給付額は年間1兆円に膨れかえっています。それを支えてきたのは、年金基金のトレーディングルームで行われる株などの運用です。運用にかかわるのは実に250人。ウォール街の投資銀行に人材を輩出する名門大学の出身者も少なくありません。

世界に先駆けて守り中心だった年金基金の戦略を攻めの運用に転換させた人物が取材に応じました。1970年代から30年余りに渡ってカルパースの理事を務めたロバート・カールソンさんです。「私が理事になった1971年の資産は10億ドルだったよ。それを一気に1000億ドルにしたんだ。カネがカネを産む、それを私は証明したんだ」

自動車などの産業が輸入品におされ、勢いを失っていった1980年代、州の財政が赤字に転落する中で、カールソーさんは株への投資を本格化させるために州の法律が定める制限の撤廃に乗り出しました。州の法律ではカルパースの資産はおもに国債などで運用し、株式はその25%以下でなければならない。しかも株の銘柄は、10年単位で安定的に配当を出し続ける優良企業に限ると定められていました。

しかし制限を外すことに新聞などのメディアは猛反発、そこに強力な助っ人が現れました。次々と金融商品の開発を進めていたウォール街の投資銀行です。メディアや政治家などに語りかける為の資金数百万ドルを提供したと言われています。「私たちは投資銀行と接触し話し合いました。法改正が実現すればウォール街に巨額の投資ができると」問い「どのような反応でしたか?」「もちろん協力すると答えました。投資銀行にとってこんなにいい話はないからね」

1984年カリフォルニア州住民投票で過半数を獲得し、運用を規制する法律を撤廃。カルパースのこの転換を大きな契機として世界の年金基金のマネーがウォール街に流れ込んで行きました。さらにカルパースは、たとえ株価が下がっても、その企業に経営対策を迫り、株価を上げていく戦略に乗り出しました。当時基金のCEOデール・ハンソンさん「これは経済誌の記事なんだけど、”大株主がほえる”というタイトルだ」いわゆる”物言う株主”の登場でした。

ハンソンさんを中心にカルパースが圧力を掛けた企業は40余り。中でも強く経営対策を迫ったのが、業績の低迷を続けていたGMゼネラル・モーターズでした。「株主が優先されるべきだ。GMは株主の声を聞いていない」赤字が続いていた1990年と92年ほかの株主とともに二人のCEOを相次いで辞任に追い込みました。

こうしてハンソンさんが40余りの企業から上げた利回りは、5年で40%。カルパースは米国が低成長時代に入る中でも、高い利回りを上げ続けたのです。「”物言う株主”の活動が利回りを増やすことを私たちは証明しました。長期間に渡って株価を上昇させることに成功したのです」

財政に余裕のできたカルパースは年金受給者へのサービスをさらに向上させて行きます。50歳で退職しても満額に近い年金をすぐに受給できるという、新たな制度を警察官に導入したのです。48歳になるこの警察官は50歳で年金生活者になることを夢見ています。「年をとると、若い犯罪者を追いかけるのが大変なんだ。彼らの方が足が速いし、走れる距離だって違うからね。50歳ぐらいが僕の限界だよ。」

カルパースに続けと世界中の年金マネーが市場に流入、日本も投資の制限を撤廃、バブルを引き起こして行きます。

1999年ニューヨークの株価は1万ドルの大台を突破しました。ところが明くる2000年、早くもそのバブルは弾けます。ITバブルの崩壊です。カルパースは2年で3兆8千億円もの資金を失いました。理事会は連日議論を続けました。どうしたら失った資金を取り戻し、給付の水準を維持できるか。しかし株価が回復する見込みはありません。

このとき理事長だったチャールズ・バルデスさん。ヘッジファンドへの投資を始めるべきだと主張しました。「ウォール街や世界各地のヘッジファンドが、不況の中でも非常にいい成績を出していました。それが採用しようという大きな動機になりました。」これに対し反対の声を上げた理事がいました。

80年代に自由な株取引の道を開いたあのロバート・カールソンさんでした。「ヘッジファンドには抵抗感がありました。ギャンブル性が高いと思ったからです。しかもどのような取引をしているのか中身がほとんど分かりませんでした。」真っ二つに分かれた理事会。結局まず500億円余りを試験的にヘッジファンドで運用してみるという結論に至りました。しかし推進の先頭にたったバルデスさんでさへ、うまく行くという確信はなかったと言います。「理事たちはヘッジファンドのことを理解していませんでした。試験的に投資をして、その結果で判断するしかありませんでした。結局のところ、疑問は残ったのです。最後まで」

その後ヘッジファンドは、高い利回りを上げ、カールソンさんも最後は賛成に回りました。カルパースは損失がでたら高い利回りで挽回するという宿命を背負うことになります。カルパースは1980年代から株への投資を始めてから高い利回りを上げていましたが2000年になってITバブルが弾けますと、ついに行き詰まりを見せるのでございます。IT株は2年間半に渡って実に70%以上も下落いたしました。そしてその株価対策の上で打ち出された超低金利政策によって債権の利回りも落ち込んだわけです。株もダメ、債権もダメ、という状況に追い込まれたのです。

そこで年金基金側が注目したのがヘッジファンドだったのです。なぜならそういう時期でもヘッジファンドは高い利回りを保っていたからです。年金基金側は一旦上げた水準をお金がなくなったから下げるということは容易なことではないのです。老齢人口もますます増えてくる。お金がほしかった訳ですね。

そんな時にハイリスク・ハイリターンで利益を上げているヘッジファンド。この年金基金側の理事会は100%の確証はないけれど、しかしとりあえずその運用をヘッジファンドに頼んでみようということになりました。そして一念大成功になったわけです。しかしその一念の成功が皮肉なことに、後のマネー暴走に繋がっていくことになるのです。

第2部

巨人カルパースがヘッジファンドと手を結んだ。米国の年金基金が一斉にヘッジファンドでの運用に乗り出しました。カルパースが取引したヘッジファンドの一つスミス・フリーデン。多くの年金資金を次々と取り込み、運用資金は一挙に3兆円余りに膨れ上がりました。

そのユージン・フラッド社長は、年金基金の求めに応え、高い利回りを上げ続けました。「年金基金は非常に強欲でした。高いリスクをとっても利回りを増やしたいと要求してきました。」ITバブル崩壊以降ヘッジファンドは急増します。債権取引や株の空売りなど専門分野に特化したヘッジファンドが次々に設立されていきました。

ヘッジファンドは新たな年金マネーを求めて、日本にも続々上陸してきました。ちょうどその頃、多くの日本の年金基金も、新たな投資先を探していました。野菜や果物の卸売り市場の会社で作る年金基金の運用担当者川島英夫さんもその一人でした。ITバブル崩壊で出した損失を取り戻すために米国のヘッジファンドに詳しいというコンサルト会社と契約を結びました。

外資系の投資銀行出身者らが設立したこのコンサルタント会社。この時期年金基金の運用担当者らが続々事務所を訪ねてきたと言います。コンサルタント会社社長田口秀樹さん「外資系の運用機関が例えば年金基金に行くじゃないですか。うちはこういう商品をもっていますから、どうですか、採用しませんかと。そうするとその基金というのはオルタナティブなんてこれまで聞いたことがない。どういうもんだと。その基金としてはどうしてもオルタナティブを採用していかざるを得ない状況になるだろうということで、そこら辺の調査とか研究をいち早く進めたと。」

コンサルタント会社が勧めたヘッジファンドの一つが、日本でのビジネスを拡大していたアラディン・キャピタルでした。川島さんの年金基金は、アラビン・キャピタルを含めて三つのヘッジファンドに資産の15%、50億円余りを投資しました。基金は2000年から3年連続で、失った資金を順調に取り戻して行きました。後に大きな損失を出すとは思ってもみませんでした。

しかしウォール街では、この頃危険な兆候が出始めていました。カルパースが運用を任せていたヘッジファンド、スミス・ブリーデンは投資銀行からある金融商品が大量に持ち込まれていました。「こちらが年金基金に提出したサブプライム商品の目論見書です。」低所得者向け住宅ローン、サブプライムローンを組み込んだ金融商品。年金基金の求める、株価の影響を受けず、利回りも安定しているという条件を満たしていました。

住宅価格が上がり続けていたので、ローンの焦げ付きもほとんど出ていませんでした。やがて年金基金の間でサブプライム商品の中でも格付けの低いものに人気が集まるようになります。それは利回りが高かったからです。

ある商品の説明書、同じサブプライムを組み込んだ商品でも、どこにリスク集中的に配分するかで、いくつものランクの商品が作られています。もっとも安全な格付けトリプルAの商品は、焦げ付くリスクが低い代わりに利回りも年間3.5%程度。一方リスクを集中させた格付けBの商品は、その分、利回りが上がり年間6.3%を超えるものもあります。

年金マネーは利回りを求めて高いリスクの商品に流れ込んでいきました。こうした動きを捉えて、商品をヘッジファンドに提供してきた投資銀行も動き出しました。2003年大手投資銀行ベアー・スターズがヘッジファンドを設立。

それまでリスクの高い商品は、投資銀行が運用に消極的だったため、ヘッジファンドが買い取っていました。年金マネーがリスクが高い商品に流れる中で、利益の大半をヘッジファンドが手に入れていました。そこで投資銀行は、傘下にヘッジファンドをつくり、外から見えないようにして、リスクの高いビジネスに乗り出していったのです。

膨大な年金マネーを巡って、高い商品の争奪戦が加熱していきました。元ベアー・スターンズ幹部「我々投資銀行もITバブル崩壊の影響をひきずっていました。なんとか利益を取り戻さねばならなかったのです。そこでヘッジファンドを作ってリスクの高い取引を始めました。ヘッジファンド投資を始めた年金基金の巨額のマネーが狙いでした。」

しかし2006年夏、異変が起きました。15年余りに渡って上がり続けてきた住宅価格がついにピークを打ったのです。価格の下落が進むとサブプライムローンが大量に焦げ付く恐れがあります。ヘッジファンドのなかには、リスクの高い商品への投資を減らすところが出始めました。「リスクがあまり高くなって報酬に見合わなくなってきました。それで私たちは高リスクの商品をできるだけ減らすことにしたのです。」

しかし多くの年金基金は、予定通り高い利回りを出すことにこだわりました。「私はリスクが高いことを口をすっぱくして説明しました。それでも年金基金は危険を顧みず高いリターンを追求しました。」

年金基金の高い要求に応えられないヘッジファンドが出る中で、それをビジネスチャンスと捉えるヘッジファンドがありました。遅れて争奪戦に加わったベアー・スターンズなど投資銀行傘下のヘッジファンドです。業績の低迷を克服する必要にせまわれていました。狙ったのは、格付けAやBのさらに下にあるN/R:Not Rated⇒格付けなし。利回りは20%を超えるものもありましたが、その代わりサブプライムローンが焦げ付けば、真っ先に損を出す商品です。

しかしこのヘッジファンドがN/R:(格付けなし)を持つことは、親会社の投資銀行にとってもメリットがありました。サブプライム商品を作る度に生み出される「格付けなし」を外部に知られることなく捌くことができるからです。「情報開示の義務がないので、どれだけ高いリスクを取っているか隠してしまいました。年金基金からの圧力もあり、どんどん暴走しました。止める人は誰もいませんでした。」

水面下で問題が大きくなっていた2007年5月、川島さんら日本の年金基金運用者らは、コンサルタント会社の案内で、ニューヨークを視察に訪れました。しかし川島さんたちは、金融危機の兆候を感じ取ることはできませんでした。視察でかえって安心感を覚えたほどだった。

その2ヵ月後、格付けなしの商品を抱えるベアー・スターンズのヘッジファンドが、突然投資家への支払いができなくなり、事実上破綻(2007年7月)。ほかの金融機関傘下のヘッジファンドも破綻し(BNPパリバのヘッジファンド:8月破綻)。サブプライムショックが世界を覆っていきました。N/R:(格付けなし)から始まった不渡りの連鎖はBからトリプルAにまで及びました。

サブプライムの商品の総崩れで起きた信用不安は、投資銀行も破綻に追い込み、金融危機が世界へ広がりました。損失を取り戻すためより高い利回りを求めていった年金マネー。膨大なマネーが再びバブルを起こし弾けさせました。世界の年金基金は、利回りと引き換えに背負っていった高いリスクを一気に払うことになりました。

巨大な機関投資家である年金基金とプロの投資集団ヘッジファンドが手を結んだ。その後お互いの動きが結果的にマネーの暴走を加速化し、それがバブルを弾けさせる一因になった。2000年以降膨張を続けていたヘッジファンド1万の内、去年と今年でその15%1500ものヘッジファンドが破綻しています。

ヘッジファンドは自分たちの情報を開示することを義務付けられていませんから、したがって外から見る限り、どのヘンジファンドが危険で、どのヘッジファンドが安全か分からないですね。破綻して初めて危険だったことが分かる。それでは余りにリスキーだということで、この間、開かれたG20では、なんとか情報開示をということで話し合われたんですけれど、しかしいまだに何も具体的に決まっていないというのが実情であります。

それにしても多くの資金を失った年金基金は今後それをどうカバーしていくのでありましょうか。いま先進諸国は軒並み低成長時代に入っています。そして今回の金融危機によって、その実態経済も相当痛んでいます。例えばGM:ゼネラル・モータース。米国の産業を象徴するGMは今月に入って破綻をいたしました。

この年金基金の問題の解決の道筋はまだ立っていません。激しく揺れ動くマネー資本主義の中で、この年金基金の苦悩は今後も続くことになるのでしょうか。

金融危機で7兆円を失ったカルパース。理事会では損失を取り戻すため、高い利回りを稼ぐ投資先を選ぶ面接を繰り返しています。「あなたたちは、巨大な年金基金の有用に責任をもてますか?あなたたちは他よりもいい結果を出せますか?」

今後も高い給付水準を維持するためには、ヘッジファンドの活用が欠かせないのだと言います。「去年の損失は大きな打撃でしたが、私たちにくよくよしている暇はありません。どのようにして損失を取り戻すか考えなければならないのです。」

一方ヘッジファンドも再び顧客の獲得に動き始めています。アラディン・キャピトル社長が今勧める新商品、それは破産した企業に投資して利回りを上げるという商品です。「破産企業は以前より3~4倍も利回りを出しています。この商品は安全ですし、わが社には優秀なスタッフがいます。とても安心ですよ。」

経済危機、進む高齢化。大きく資産を減らした「青果卸売り市場」年金基金は、厳しい状況に陥っています。「これから先行き、どうなるのと言われると大変心配ですね。じゃあ赤字になって掛け金をそれぞれの会社に上げてくれと言って、ああいいよいいよという会社さんはどこにもないよ。会社だって経営自体が厳しいんだから。」

運用責任者の川島さん、今後の投資について相談するため再びコンサルタント会社を訪れました。

エピローグ

バブル崩壊で、高い利回りを上げることがさらに難しくなっています。世界中の年金資金がしのぎを削るなか、川島さんの厳しい戦いが続きます。

マネー資本主義の主役の一人となった年金マネー。私たちの老後の備えはこれからどう護っていけばいいのでしょうか?

第3部

なんかもう空しいね。ヘッジファンドってのは、私募で(公募ではなく)投資家を集め参加者は米国で99人以下、日本では49人以下が条件。その上で、あらゆる規制から外れることができるファンドだ。詐欺だってしようと思えば多分できるような。

日本の国民年金や厚生年金の運用だって相当の損失を出しているそうな。また米国は当たり前なのだが、欧州が相当酷いらしい。特に高負担・高福祉でやってきた北欧等の国々。国民から高福祉名目で60%だ70%の強制で集めたカネを、当然運用はしなければならない。多分大損だとおもう。いまだに正確な発表がないのだが。社民党の瑞穂ちゃん・清美ちゃん!どうなんですか?

そういえば、ニュージランドの才女・でんこさんが、オーストラリアでは最近年金の受給年齢を65歳から67歳に引き上げる法案が出たとか。同じくニュージランドでも60歳から受給を67歳にする法案が出たとの情報をもらった。同じように、金融危機や年金の運用で大損しているとオイラは見る。

おい!まてよ!日本の年金ってあれやこれやでどうなっているんだ?大丈夫か?そもそもこの番組は、「ね!世界がこのとおりだから、日本も同じなんです。もう受給年齢を67歳に引き上げなければやっていけません!なんたってグローバルですから。」っていう暗示じゃないのか?オイラそうなりそうだったら、国会に行って素っ裸で断食をしてやる!

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コメント

番組のテキスト化って凄い作業になりますね。ご苦労さまです。

さて、この証言の中に、

>次々と金融商品の開発を進めていたウォール街の投資銀行です。メディアや政治家などに語りかける為の資金数百万ドルを提供したと言われています。<

という、ものすごい暴露がありますね。
米国がこんなこと、よくある話なら、日本のマスメディアも同じこと。よく張られるマスメディアのキャンペーン的報道。よくわからない世論調査と言われるもの(たった首都圏500人程度の電話アンケート)

いまの日本の混沌とした、政局報道。我々は常にヤラセの中にいることを、自覚しなくてはなりませんね。

「マスメディアは常に操作されている。」

投稿: asyura | 2009年6月25日 (木) 09時10分

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