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2009年6月18日 (木)

人の死について:臓器移植法案「A案可決」賛成263票

オイラのポン友の兄貴が、実業家で金はタップリあった。過去形なのは、今はどうなのか解らないからだ。

1993年にその当時、その兄貴が所有していた別荘(2ヶ所)に観光とゴルフを兼ねてその兄貴・ポン友3人で行った。場所はオーストラリア(AUS)のゴールドコーストから車で30分ぐらいにある、サンクチュアリー・コープ(聖なる入り江)というリゾート開発エリアだった。’90年前後の日本バブル期あの高橋治則が率いていたEIEグループが一時買収していたこともあったところだ。拡張建設には熊谷組が担当していた。

ほとんどが、別荘の建物で真ん中にゴルフ場。入り江にはプレジャーボートやハウスボート。とにかく広大で、エリア内はよくゴルフ場で使う電動カートが自家用車代わり。各家のガレージに収まるようになっている。

まあそんなことは、本題から外れるが、その兄貴にオイラ無粋な質問をした。なぜここを買ったのか。一つは投機、一つはこの別荘で将来満喫したゴルフ三昧の生活をしたい。その他もあったが、最後に彼は糖尿を原発として腎臓をやられ近々人工透析の人生になってしまうとのこと。

日本では、規制により臓器移植はその順番待ちでとてもじゃないが可能性は大変少ない。ところがAUSでは、フィリピン人からの臓器買等で、臓器移植の道が開かれているとのこと。だからその際には、AUSの病院で臓器移植をして、この別荘で療養する計画だとのことだった。

数年前にこの臓器売買についての特集番組を観たが、実際フィリピン等では、元気な若者が、片方の腎臓や肝臓を売るという行為は行われているらしい。河野太郎は父親の洋平に自分の肝臓を提供したなんて報道もあった。また中国では死刑囚や法輪功メンバーを逮捕して、生きたまま腑分けして各病院に売るとか、凄まじい報道も聞いたことがある。

医学の進歩は、従来からの人の死についての哲学を超えてさせている。巷には自分の幼児が心臓病で移植するしかない。それには米国に行ってその手術をするしか方法がない。日本での幼児の臓器提供は禁止されている。それにはなんだかんだで費用は約1億円以上掛かるので、その費用を募金で集めている。大変な額だ。

中にはどうも怪しいなんてのも発生して、その募金活動自体に賛否が沸きあがっているようだ。オイラ思うのは、渡航費用の金額は計算できるが、一体手術の費用はいくらなのか。その臓器は買うことになるのか。その病院での入院費用はいくらなのか。想像を絶する金額だと思う。

腎臓や肝臓と違って心臓は一つしかないので、死の判定とそこから先の臓器を提供する意思決定との問題は2つあり、まず人の死は、脳死なのか、いや心臓死なのかということ。人間は脳死の判定がなされても、心臓が止まるまで長い場合1ヶ月を越すこともあるらしい。また提供の事前意思決定も幼児には出来ない。その場合両親が決定できるようにすべきだとか。

目的は、米国も含めてこの臓器移植の問題は、国境を越えるな!自国内で処理しろ!という流れになってきたことだ。渡航移植は認めない。そこで今回この臓器移植法の改正が審議されたのだ。この法案については、党議拘束は外され(共産党以外)、また採決もまずA案、そこで過半数の賛成が無ければ次B案というように進められる。あまりなかった採決の方法を取った。

9日の衆院本会議での臓器移植法改正4案提出者の意見表明要旨は次の通り。(産経ニュースより)

 【A案】中山太郎氏(自民) 

臓器移植法が成立して11年余が経過した。多くの患者、とりわけ国内で移植が認められていない小児患者が海外で臓器移植を受ける状態が続き、102人に上る。

昨年9月に国際移植学会で渡航移植は認められないと決定され、世界保健機関(WHO)に報告されている。A案は国際的にほとんどの国で認められており、本人意思が不明の場合でも家族の承諾で臓器移植を可能にする。小児の移植の道も開かれる。

 一方で脳死を受け入れられない家族が拒否する道も開かれている。家族が臓器移植を承諾し1回目の法的脳死判定で脳死と判定された後、2回目の判定の際に家族が臓器提供を拒否した場合には、脳死と判定されても臓器移植は行えない。患者は医療保険で引き続き治療を受けることになる。

 【B案】石井啓一氏(公明) 

B案は本人意思を尊重する自己決定の枠組みを残し、意思決定できる年齢を初等教育が終わる12歳にする内容だ。臓器移植法が成立して12年たつが、いまだに「脳死を人の死」とするのは国民的なコンセンサスを得ていない。

移植件数が増えないとの批判もあるが、ドナーカードを所持している人は8・4%にとどまる。免許証など身近な意思表示手段を確保できれば、臓器提供は増えると期待する。 

また移植医療の教育が充実すれば、さらに意思決定可能な年齢を引き下げることができる。社会的な合意がない中で「脳死を人の死」と法的に位置付けるのは拙速だ。段階的で着実にアプローチすることで移植医療の信頼を確保する。長いスパンで見れば臓器提供を増やすことになる。

 【C案】阿部知子氏(社民) 

C案は人間の尊厳の保持を掲げて脳死に至るまでの治療の担保や生体移植のルールを法制化する。現行の脳死判定は25年前に定められた基準だ。脳死の定義を「脳全体の機能の喪失」とし、判定基準の厳格化を求める。 

子どもからの臓器提供は「第2次脳死臨調」の設置を提案する。救急医療体制は立ち遅れ、虐待を受けた子どもからの臓器摘出を防止する有効な仕組みも確立されていない。子どもの自己決定権、小児の脳死判定基準などを検討すべきだ。拙速な採決は医療現場や子どもたちに禍根を残す。 

A案では臓器提供の場面以外にも「脳死を人の死」とすることが広がるなど人権上問題がある。臓器移植の現状と問題点を伝え、国民的な論議をする必要がある。

【D案】根本匠氏(自民) 

いまだに「脳死を人の死」とする社会的な合意は得られていない。脳死の考え方は人生観、死生観で異なり、臓器移植に慎重な人の心情にも配慮する必要がある。D案は15歳以上は臓器移植法を維持する。

15歳未満は脳死が人の死と受容できる親が子どもの気持ちを忖度(そんたく)し、承諾する場合に臓器提供を可能にする。児童虐待の恐れがないことなどの条件を加え、医療機関の倫理委員会が確認する。 

A案は本人意思を尊重する臓器移植法の立法精神を百八十度転換するもので、欧米の考え方をグローバルスタンダードと見なす。日本には固有の文化的な特質がある。大多数の国民が納得する形で社会的な合意を得ながら、一歩一歩着実に進めるべきだ。

そして今日衆議院で採決された。

一転、臓器移植法案「A案可決」賛成263票

 子供の臓器移植に道を開くかどうかが焦点となっている臓器移植法改正4案は、18日午後の衆院本会議で採決が始まった。臓器移植をめぐる法案の採決は平成9年以来12年ぶり。

採決は国会提出順にA~D案が採決され、最初に採決にかけられたA案が263票と過半数を得て可決された。反対は167票だった。今後、参院で審議されるが、A案を成立させる流れが強まった。

宗教色の強い国の方が、「脳死は人の死ではない!」と考えると思っていたが、どうやら逆だったようだ。これで日本もグローバルな考え方となった。「いまだに「脳死を人の死」とする社会的な合意は得られていない」とあるが、この合意はこれまでのままでは永遠に得られないだろう。

この心臓移植に限らず人の死の判定は、様々に影響する。遺産相続の問題、犯罪の問題、年金受給や健康保険、民間保険・・・・・等々。多分これから「人の死は脳死」という概念が日本で定着して行くことになるのであろう。このほうがすっきりしている。

これからも、リッチは長く生きられ、プアーは高額医療を受けられなくこの世とオサラバ。これは太古の昔からあったことだ。それが今も続いているだけ。

しかしだ。「合成の誤謬」の言葉通り、個々の命が現代医学で助かり、個々はその時幸せだが、また次の難関が控えている。(まったくの健康人になるというのは難しいのが多い)果たして、人間は天命に逆らって無理やり長生きすることが、本当にいいことなのか。その結果世界は60億人を超える人口増加。その負担は世界中で増えている。

スペイン風邪流行の1919年ごろは、世界の人口はたった18億人だったとか。それ以後戦争・虐殺・疫病を経ていても現在は60億人を超えている。しぶとく増殖するのが人間だね。

もちろん、もしオイラの子供が同じようになったらどうするか。そこに人工移植という手段しかなければ、またそれが可能なら、藁をもすがる思いで挑戦するだろう。その費用の為に経済犯罪だって犯すかもしれない。しかし、もし人工移植という手段がなかったら、その子の天命だと思ってあきらめるだろう。

オイラ人工移植には反対の考えを持っている。決して宗教的ではなく。医療界も半分は人道上の見地から、しかし半分は高額医療費収入を目標にして高度医療に励んでいる。このままで行けば、もっと難しい人工移植も可能になっていくだろう。医療界も莫大な医療費の収入を見込める。果たしてこのままでいいのだろうか。複雑で難しい問題だ。

オイラ将来、植物人間になるのなら、尊厳死を望みたい。ただし自分の臓器を人様に提供する気はない。また自分の臓器がいかれて、人工移植しかない場合には自分の天命だと思って移植を断る。そして悪化してきたら願わくば尊厳死をしたい。

オイラの愛娘達や愛妻がそれを許さないとは思うが・・・とカミさんに聞いたら、そうねその通りねという、ご返事を頂いた。そして同じように私の場合もそのようにさせてほしいだって。まあ夫婦気が合っていいのだが、ちょと何か淋しい気がした。

一粒で二度おいしいオイラのブログ:今日の画像

まあ!人間こんなに元気な頃が一番いい!

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