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2009年4月20日 (月)

世界恐慌:カジノ金融の発生と詐欺金融の犯人たち・・今ここ

昨日日曜日は、午後から例のみかん栽培のマシン油の散布。これはサビダニ等の予防で、いわゆる農薬ではない。本来3月と6月に行なうのが望ましい。ガソリンエンジンの圧水ポンプと水タンクを軽トラに積込み、いざ出陣。200リットルを散布した。だんだん畑を上がったり下がったり。今、快い筋肉痛を楽しんでいる。これほどのいい運動はない。

昨夜9時からのNHKスペシャルは秀作だった。「マネー資本主義」第1回「暴走ななぜ止められなかったか-アメリカ投資銀行の興亡」

特にBGMにオイラ大好きなチャップリン作曲の♪SMILE♪ を使っていた。何か皮肉を込めた選曲。素晴らしい、センスがいい。NHKに払っている金が活きたような番組だった。

<シリーズ マネー資本主義> スケジュール

■第1回 “暴走”はなぜ止められなかったのか ~アメリカ投資銀行の興亡~ 2009年4月19日(日)午後9時00分~ 総合

■第2回 超金余りはなぜ起きたのか? ~検証 アメリカの金融・通貨政策~(仮) 2009年5月17日(日)午後9時00分~ 総合

■第3回 「老後の備え」もマネーゲームに踊った ~年金基金とヘッジファンド~(仮) 2009年6月14日(日)午後9時00分~ 総合

■第4回 天才たちが作り出した「禁断の果実」 ~金融工学・夢と暴走の軌跡~(仮) 2009年7月19日(日)午後9時00分~ 総合

■第5回 世界はバブルの誘惑を断ち切れるか ~世界の賢者に聞く~(仮) 2009年7月20日(月)午後9時00分~ 総合

第1回目のあらすじ

金融危機はなぜ起きたのか。巨大マネーはどのように膨張していったのか。マネー資本主義の主役として批判の的となっているのが、リーマンショックを起こした当事者でもある「投資銀行」である。

かつて企業への財務アドバイザー部門が中心だった投資銀行は、1970年以降の規制緩和と金融資本の膨張を背景に債券市場という新たな場で、次々と新手の金融商品や取引手法を編み出し、金融の枠組みそのものを変えていった。

ソロモンブラザーズをはじめ、伝説的な企業が攻防を繰り返しながら、アメリカ経済、ひいては世界経済を牽引する回路を作り上げていく。「超レバレッジ」「莫大な成功報酬」「リスク管理の限界」など、サブプライム・ローンにつながる巨大なリスクを、投資銀行が激しい競争を繰り広げる中で自ら抱え込んでいったのである。

投資銀行を変質させ、最後には破たんにまで追い詰めたターニングポイントはどこにあったのか。いま、その当事者たちが沈黙を破り、真相を語り始めた。 数々のヘッジファンドの産みの親となり、歴代アメリカ財務長官を輩出、バブル経済のけん引力となって最後は業界ごと消滅する「投資銀行」の劇的な攻防を描いていく。

オイラは昨年からこの米・英国発のカジノ金融・詐欺金融についてシリーズとして記事にしている。それらは、当ブログのカテゴリーの中の「バブル崩壊」で纏めてある。今回の番組ではもっと掘り下げた、最新の検証がなされていて、他の金融・経済専門ブログでは見つけられなかったことが詳しく検証されている。もちろん米国・英国の経済・金融専門家の協力は大きくあったと思うが。

1980年代の投資銀行の興亡

この検証では、発生を1980年初頭ソロモンブラザーズ投資銀行としている。かつてウォール街の帝王と云われた元ソロモンブラザーズ会長ジョン・グッドフレンドがインタビューに応じている。

もともと投資銀行(インベストメント・バンク)は証券・債権の売りと買いを仲介してその手数料を利益としていた。日本でいう証券会社の一種だ。

長年低迷していたソロモン・ブラザーズは、債券市場にうって出て、一つの発明をした。それは時期的に規制緩和で債権の金利が自由化された機会を見逃さなかった。

そこで創り出したのは、新型債権「モーゲージ債」なるものだった。これが金融市場を一変させた発明品だった。二桁の高利回りにウォール街は驚いた。しかしこれが後にサブプライムまで行き着く云わばパンドラの箱を開けることになった。

これを開発した元トレーダーのジェフ・クロンソールが登場して、「債権市場の成長がいかにすごいか想像しただけで、職場はワクワクしました。」と云っていた。

この新型債権は、それまで仲介を業務としていたのを、直接自分のところで債権を買い、加工して別の債権として売るという「自己勘定」という新しいビジネスの誕生だった。そして目を着けたのが、新しいブームとして沸いていた住宅ローンだった。

総額1兆ドル(100兆円)を越す住宅ローンを舞台にローンという借用書を買い取り、それを加工して新しい債権として売り出した。そしてその利ザヤで大儲けビジネスが拡大していった。

そのおかげで、並みいる投資銀行の中で、ソロモンブラザーズの売り上げは1984年、212億ドルというダントツの1位となった。そのはるか下には、ドレクセル・モルガンスタンレー・ゴールドマンサックス・リーマンブラザーズ・メリルリンチ・ファーストボストンなど名門企業がいた。

その後その手法を追い抜かれた名門企業がやり始めた。自己勘定型のビジネスを。

そうなると、材料を買う莫大な資金が必要となった。まず株式発行で資金を調達、そしてそれら自己資金を担保に銀行からその何倍もの金を借り入れた。いわゆるレバレッジだ。それはうまく当たれば莫大な利益、当たらなければ莫大な損失。丁半バクチの世界、リスクの大きい世界に入っていった。

それでもこのとき社内で警告を発した人物がいた。元ソロモン副会長だったヘンリー・カウフマンだった。彼は経験30年。「金融は経済の補佐役であるべき」というのが持論だった。彼は過剰なレバレッジの利用の危険性を訴えたが、それに耳を傾ける役員はいなかった。そのときの空気はイケイケドンドン。半年後彼は経営委員会からはずされた。「手元資金が尽きるまでビジネス拡大からは引き返せない」状態にウォール街はなっていた。

さらに問題が起こった。あまりにも利益が上がるので、一律に給料を抑えられていた担当社員達が、もっと高い報酬をよこせとの談判が始まった。そのリーダーは、モーゲージ債を開発したトレーダのクロンソールだった。「モーゲージ部門は収益の大半を稼ぎ出していた」ので強い。そのとき彼は24歳だった。

これには会長でさえ抑えることが出来なかった。なんたってモーゲージ債の仕組みを取り入れたいと、他の名門企業から莫大な報酬で引き抜きが掛けられていたからだ。ソロモンはあいつぐ引き抜きと社員役員の報酬アップで、最終的に稼いだ分に連動する巨額ボーナスの導入を決断せざるを得なかった。

これが社内だけでなく業界全体に広がり、さらなる収益競争が激化していった。社員の報酬とレバレッジの拡大はこのときから無限の膨張を始めることになる。その後ソロモンはレバレッジの取引失敗や社員の不正取引で会長は辞任、そして最終的に買収となり、その名は消滅した。しかしその反省もなく投資銀行の競争はさらに激化していった。マネーを使ってマネーを生み出すカジノ経済は世界を巻き込んでいった。

そして1980年初頭には、世界の総GDPと世界の金融商品(借金)額は、ほぼ拮抗していたが、その後わずか10年1990年初頭には、金融商品額は2倍に膨れ上がっていた。

1990年代の投資銀行の興亡

東西冷戦が終わり、投資銀行ビジネスは米国家の中心産業になり始めていた。そのなかで大きく巻き返したのが、ゴールドマン・サックスだった。そこで登場するのがその元トレーダーだったラリー・ベセラだ。彼は1992年に大量の資金をロンドン市場に投入、為替や英国債の売買で莫大な利益をあげた。これをきっかけとしてゴールドマンは世界規模の自己勘定ビジネスを展開していった。海外の債権を使って巨額な利益を上げていった。

そしてそのゴールドマン出身の財務長官ロバート・ルービンだ。ゴールドマンは政権との太いパイプと圧倒的な情報力をフルに活用していく。新たなターゲットはアジヤ等の新興国だ。市場開放・規制緩和の情報を一歩先に掴み、確固たる足場を築いていった。こうして世界の投資傾向を創っていった。ゴールドマンは「市場の神様」企業になっていった。

やがて投資銀行業界の売り上げは10年で十倍に膨れ上がっていった。投資銀行の競争は益々激しくなり、新しい新型債権(ヒット商品)の開発競争がより激しくなった。

モルガンスタンレーの元社員フランク・パートノイは同僚と2年間で10億ドルの収益を稼ぎ出した。彼は会社からのプレッシャーのもと、南米やアジアの債権を金融工学を使って複雑に組み替え、様々な新型債権を作り出した。

その結果新型債権の中身は複雑になりすぎて、ますます見えにくくなっていった。「客をひんむしるのです」「年金資金とか保険会社とか世間知らずの投資家が中身も理解しないまま膨大なリスクを背負い込んでいました」「公平なゲームじゃないです。売り手は買い手よりはるかに情報を持っていますから」

1990年代の終わりには、投資銀行の競争はいよいよピークに達した。1999年には法改正(規制緩和)によって投資銀行業界に巨大な商業銀行が参入してきた。シティーバンク・UBS・Deutsche Bank等だ。

競争の結果レバレッジは30倍にも達し、社員の報酬も莫大になっていった。会社の利益も上がったが、社員のボーナスも同じように上がって、時には社員のボーナスのほうが会社利益を上回ることまであった。

そんな中で有名なCDOという証券も生まれてきた。いろいろな債権を合成加工したデリバティブ商品の福袋だ。中身が判らないので格付会社の登場だ。そこで「安全」というお墨付きをもらって世界にばら撒かれていった。この格付会社は結局金を貰っていい格付けをしたという詐欺が発生するのだ。

そして、サブプライムローンといって返済できる資格のない人々にまで住宅ローン融資をし、そのローン債まで福袋に入れて世界中に売り歩いた。

2000年代の投資銀行の興亡

そこで倒産したリーマンブラザースの登場だ。なんたって元リーマンブラザースCEOのリチャード・ファルドだ。彼の豪邸に交渉の上、取材班が訪れたが、突然連絡が取れなくなり、司法当局の追及が激しくなったのか、行方知れずになっていた。彼の顔がドアップになってその顔がまさに悪魔のような顔つきだったので笑ってしまった。本当に悪魔の化身ような怖い顔つきだ。まあ、よく選んだものだ。

リーマンが目を付けたのがサブプライム住宅ローンをもとにしたモーゲージ債だった。いわばこの界に先陣を切ったのだ。リーマンの内部報告書には、ローン会社が支払い能力のないサブプライム層にまでローンを貸し付けているので危険であるとあった。

そこでこれに関しての公聴会の模様が映し出される。リーマンは危険であることを承知の上で、ローン会社からの危険債権を買い取り、CDOの合成加工の1つに入れていった。

なぜそんなことをしたのか。元リーマン幹部のウォルター・グラシモビッチ登場。この時期は他に先を越され収益を出せる分野が少なくなって来ていた。「他社との競争のため高いレバレッジと複雑な商品に深入りしていくことになりました。」「この競争を降りればたちまち仕事を失ってしまう。投資銀行業務も客も全て失うという感覚でした。」

このリーマンが大きく舵を切ったのは99年の時だった。サブプライムローンをローン会社ごと抱え込むという話が出た。しかし内部資料では2月1日に担当の幹部が警戒のシグナルを発した。「やがてわが社なサブプライムの嵐の真ん中に立たされる」と。

数々の警戒の声があったのに、最終の投資方針を決める6日の投資委員会では、なぜかメリットばかりが強調された。11日の文書には「ローン会社には卓越したノウハウがある。」「リーマン自身が証券化を深めるチャンスだ」「債権発行で莫大な手数料を得ることが見込める」結局全員一致でローン会社の囲い込みを決定した。それ以後続々とリスクの高いローン会社の買収を進めていった。

このリーマンの行動に他のライバル銀行は戸惑った。元モルガンスタンレー副社長ジョーゼブ・ペレラ登場。「何度も頭をひねった。事業の競争入札でなぜかリーマンに取られてしまう。」「こちらの方が大きいのに、なぜ彼らはあんなにやれるのか」「実際リーマンは我々よりリスクを取り巻くっていた。」

リーマンのCEOはさらに引き抜きに力を入れ、収益の51%を社員に還元するという破格の待遇をぶち上げた。そしてこの報酬の多くが自社株だった。なので会社も社員も収益に駆り立てていった。ウォルター・グラシモビッチは「このころから社員はリスクに対する慎重さを失い、リスク管理より利回りを追い求め、株価を上げることを優先し始めたのです。」

低金利政策が住宅バブルに火を付け、95年当たりから住宅価格が上がり、それを担保にした住宅ローンに金融界が傾斜していった。先駆けリーマンはレバレッジを40倍まで引き上げ突き進んでいった。

危ういローンを材料にしたモーゲージ債の大量生産。それは住宅価格が下落すればたちまち価値を失う時限爆弾だったのだ。2005年リーマンが強豪を抜き、4225億ドルの収益をあげ総合トップになった。そしてリーマンのリチャード・ファルドは業界1位のCEOとなった。因みに2位は、ヘンリー・ポールソン(G.S.)だった。

面白いのは、「金融は経済の補佐役であるべき」というのが持論だった、元ソロモン副会長だったヘンリー・カウフマンがなんとリーマンの取締役だった。最後に彼は「金融機関というのは、許されれば極限までリスクをとり続けるものなのです。それは制裁を受けるまで止まらないのです。」と云った。彼もやがてCEOと一緒に制裁を受けるのかもしれない。

その後のことは、昨年からの金融バブルの崩壊で皆ご存知の通り。

そしてその後

ゴールドマンサックスは、投資銀行ではなく、商業銀行に転換

モルガンスタンレーも同じく、投資銀行ではなく、商業銀行に転換

メリルリンチは買収された。

リーマンブラザースは倒産。

ベアースターンズは買収された。

投資銀行30年の物語は、行き過ぎた競争の果てに終わりを迎えた。

リーマンが倒産する寸前には、GDPの3.7倍にまで金融資産は膨れあがっていた。実際の金の4倍近い借金で世界は回り続けていた。そしてここに至ってマネー資本主義は限界に達して爆発した。一説では世界で4000兆円の損失とも。

本来社会の脇役、渡し役が使命だったはずの金融が、社会の主役になってしまったマネー資本主義の時代。こうしたウォール街のつわもの達の夢と飽くなき欲望が世界各国の金融政策など様々な要因と複雑に絡み合って、結果として歴史を動かしてしまった。今日の状況を作り上げてしまった。

このことから私達はなにを学ぶことができるか、そして私達の世界はこれからどこへ向かおうとしているのか。

ウォール街の金融博物館に、投資銀行が生み出したあのソロモンブラザーズのモーゲージ債30年満期が展示されている。そしてこの債権の元本償還は来年2010年8月15日になっている。皮肉にもこれを迎える前に巨大投資銀行は消滅した。

人々の欲望が歴史を変えたマネー資本主義。時代の検証はさらに続く。

お時間のある方はご覧あれ。 その1

その2

その3

一粒で二度美味しいオイラのブログ:  今日の画像動画

さて、さて、長くなって恐縮なのだが。

Smileといえばイロイロの歌手の唄が思い出される。

どれがいいか。

やっぱり、オイラの子守唄。

NAT KING COLEに決めた。

Smile - Nat King Cole

追記:7月27日

上は著作権で削除されたようだ。youtubeはすぐ削除するからね!

オイラ、しつこい。これならどうだ!

Michael Jackson sings his favorite,'SMILE' by Charlie Chaplin

Smile - Chaplin by Nat King Cole

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コメント

米国財務長官だったルービンにしてもポールソンにしても、ゴールドマンサックスの元CEO。

いわばスケールが違うが、イメージとして、ホリエモン・村上・宮内を金融庁長官にするようなもの。

政府の政策は筒抜け、合法的にインサイダーはやり放題。
昨年6月ごろ、原油は1バーレル200ドルまで行くとゴールドマンサックスは発表した。結局170ドル前後まで行ったが、ありゃ、ゴールドマンの情報操作だったんじゃないのか?

ともかく、米国ではトップに登りつめた人間達が、金融会社のCEOや役員から行政のトップになる。米国の人事は昔から人脈ツルミ社会なんだ。

今回のこの弊害が出たと思われる

投稿: hyoutan | 2009年4月21日 (火) 10時08分

第1回を見ました

直接番組内容と関係有りませんが

当時の政権がレーガン政権でその時の財務責任者
で連邦準備制度理事会の理事長がポール・ボルガーと
言う人です。

この人が、「国内預金の不足は、実質のところ海外からの資金、おもに借入金が大量に流入することによって補われている。この流入は一時、アメリカの個人預金総額よりもはるかに高い割合に達し、私の予測をはるかに上回る結果となった。と言っています。

また、その時の行政管理局局長がストックマンと言う人です

この人がこんな事を言っています

日本がどこからともなく現れてアメリカの財政赤字を賄うことになると予想していた者など、当時のレーガン政権の側近には誰一人としていなかったことを、それから十二年後に認めていると、とある書籍に書いてありました。

このような状況が投資銀行の暴走を後押ししたと思いませんか?

また、最初のモゲージ債の償還日が2010年の8月15日になっています。8月15日は、日本の終戦記念日です

こんな所にも、日本と深く関係しているような気がしますが如何でしょうか?

投稿: デンスケ | 2009年4月22日 (水) 05時16分

>また、最初のモゲージ債の償還日が2010年の8月15日になっています。8月15日は、日本の終戦記念日です<

オイラもその日付にドキっとしました。ユーモアの一種か?

詳しいことは、知識の積み重ねのないオイラには分かりませんが、金利の安い円が、世界中で大いに活躍(?)したことは確かでしょうね。(円キャリー)

投稿: オイラ | 2009年4月22日 (水) 07時08分

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