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2008年10月 6日 (月)

平成の太閤検地は始まっている:土地を分筆登記するときウソはばれるよ。

今日の日経225と一週間お休みだった上海総合の株価が気になるところ。またその後のNYダウがブラック・マンデーとなるかどうか。それを受けての今週の世界中の株価。また特に10月に入った韓国危機。    恐々の10月となりました。

これから世界中が日本の金を当てにする事態にもなりかねない。太郎君しっかり日本の国益を守っておくれ。テレビもデブ達が八百長したのどうのこうのと、そんなのばかりだし。や、になっちゃうね。

今日は土地についてのお話。

1976年の初版で、司馬遼太郎対談集「土地と日本人」という本があり、オイラ昔何回もこの本は読んだ。ちょうど田中角栄の列島改造論によって、全国総不動産屋になっていく兆しのころ出された。対談相手は、野坂昭如・石井紫朗・高橋裕・ぬやま・ひろし・松下幸之助だ。

オイラ建築関係でも、土地の登記関係については専門外だが、同事務所にいたオイラのオヤジは、土地家屋調査士だったのでお手伝いもしながら多少の知識を身につけていた。特にこの本を読んだときには、目からウロコの境地でいまでもときどき反芻している。

このなかで、

「ちょっと信じがたいことだが、日本では国土の全てが精密に測量されて地積簿として役所に収まっているわけではない。国土の七割強が山林であるということはよく知られているが、その山林についての測量が行われておらず、役所であつかわれる台帳といえば江戸期もしくはそれ以前からの慣習による目分量でしかない。」

「ふつう”山三倍”といわれる。実測すれば台帳記載の面積の二倍、三倍はあるといわれている。国土の七割強がそういうあいまいさの上に立っているということは、土地革命をそれぞれの歴史の変革期において終えてしまっている先進国ではありえない」

「日本において全国的規模で土地を測量したのは、いわゆる太閤検地である。この検地の規模の大きさと精密さはこんにちふりかえっても驚嘆すべきものだし、秀吉の統一事業のなかではの最大のものといっていい。が、それは国土の二割ほどの農耕地にかぎられ、山林は直接的には貢租を生み出さないものとして、放置された」

「そのまま明治維新にいたるが、この変革期にも山林は実測されることがない。土地についても基本的な政策はなく、その後、敗戦のあとの農地解放においてわずかに農地の所有についての平衡操作がされただけで、あらかたは16世紀末の太閤検地で成立した原形のままでこんにちにいたっている。」

「フランスの場合、全土を検地をするのにフランス革命の後50年かかったそうですな。スタンダールも一時、その検地の事務所に勤めていたそうですが。だから戦後、農地開放をやったGHQたちが、山林検地は大変だからやめようと言ったらしいという話を聞いたことがあります。」

この本で司馬遼太郎は土地公有論主義だと分かった。この部分だけ共産主義的だったような。ただ今読んでも十分通じる秀作だ。とくに土地バブルが始まるその前夜の日本を知るには大変参考になる。

日本の土地に関する登記関係の流れはこんな感じでこんにちまできている。特に戦後は国民が自分で測量・登記申請費用を出して検地するという方式なのだ。法務局は偉そうにして受け付けるだけ。

一般に公図というのが、その地域を包括する各法務局に備えられていて、目的の土地の地番で、その辺一体がはいっている地番図(公図)を見たり、コピーが出来る。普通縮尺は1/600だ。地番とはその特定の土地につけられた標識番号(筆番)で、住居表示の番地とは違う。住居表示地域では、法務局でその番地を言えばその地番を調べることが出来る。

そして、土地台帳があり各地番(筆)ごと登記簿として記録されている。調べるときには、登記簿謄本(抄本)をとることになる。そこにその土地一筆ごとの登記上の面積が記載されている。そのあと甲区・乙区の記載が続く。

上記の記述のように、土地の面積について、そもそもいい加減にきているので、まず公図(土地の地図)があてにならない。ということは登記面積も同じだ。戦後までは測量もしないで土地の登記面積を変えることができたなんてざらだった。(税金を安くするために面積を減らしたり、売ったり担保にするために増やしたり)ほら巷で土地の「縄のび」「縄縮み」なんて用語がとびかうでしょう。

オイラが昔関係した物件でも、ある土地で大昔から登記上は850㎡でそれを根拠に固定資産税と獲られていたが、一部分筆するために、実際に実測量してみたら1240㎡。390㎡分の固定資産税+都市計画税を数十年に渡って免れていたことになる。そしてその後分筆したわけだが、不動産登記法では分筆の場合「残地」に関して測量図を提出しなくてもよかった。だから上記の例に従えば、分筆面積270㎡が引かれて、残地の登記上は580㎡で相変わらず390㎡の余禄は継続できた。

ところが平成17年(2005年)より、不動産登記法の改正が行われて、その残地をも測量して証拠の測量図をつけなければ、分筆登記が出来なくなった。この意味は、分筆の際にその土地の面積について100%登記上捕獲するということ。上記の例でいえば、残地は正確に580+390=970㎡との更正登記を分筆登記の際一緒にしなければならなくなった。ということは、次の年の固定資産税+都市計画税は970㎡で計算された金額が請求されることになる。

分筆登記をする際に法務局へ提供する土地の地積測量図は、原則として分筆後の土地の全てについて

 1)地積(土地の面積)の求積方法
 2)筆界点間の距離
 3)筆界点の座標値

を明らかにしなければならなくなりました。

ここでの、「全ての土地の地積を求めなければならない」という縛りがポイントになります。

もし分筆前の地積と分筆後の地積の差が誤差の限度を超えるときには、「地積の更正の登記」の申請をしてからでなければ分筆登記をすることができなくなってしまったのです。

そんなこんなで従来のように気軽に土地の分筆が出来なくなり、また費用も多分数倍に掛かるようになったようだ。土地家屋調査士は土地分筆の仕事が減って泣いているとか。ともかく受益者負担ということで、日本では国民が直接費用を払って検地を進めていまーす。

まあ・・なんだ。国は法務局を通して、国民の費用犠牲のもとに戦後60年経って、やっと16世紀後半の太閤検地を継続したということだ。平成検地が始まった。民間主導なので多分永遠に完了はしないでしょう。

こんなのもついでに:違反建築は国交省(旧建設省)と法務省の縦割り行政から:2008年7月26日 (土)

大地主の方々、うっかり昔の様に気楽に分筆なぞすると「藪を突っついたらヘビがでた」なんてことになりますよ。また小面積の土地でも「残地」の場合、実際の実測量面積とは違う場合がたくさんあることがご理解できたでしょうか。

一粒で二度美味しいオイラのブログ:   今日の画像

白人達って、このような住宅街をつくりあげる感性は凄いといつも思う。

単にデザイン力だけではなく、法律も絡めての強烈な規制の中から可能になると思う。

例えば、グァム島の住宅街と沖縄の住宅街を比べてみれば一目りょう然。

沖縄の住宅街はこのようににはならない。なぜだろう。

Exclusive

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コメント

さすがに国で全国の確定測量は無理ですよねw
国で確定測量をしてくれれば境界裁判はなくなります。

取得時効の問題とか色々絡んでくるんでしょうね~

投稿: とりたに | 2016年3月25日 (金) 17時21分

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