お盆です。今坊さんを待っています。
オイラの地元は、いわゆる旧盆で8月13・14・15・16日だ。そして16日は送り火として海に面した湾岸道路沿いに、たいまつを焚く。その数、百八体。そしてローカル花火付。また灯篭流しも行う。それは非日常空間(ハレの日)になって大変幻想的だ。
お盆についてネットで調べると、
どうも、お盆の行事(盂蘭盆)は、仏教と神道的行事がミックスされて今日まできているみたいだ。都会では、7月15日を中心に。地方では、8月15日を中心に。また8月1日を中心にというところもあるらしい。この前グァムに一緒に行った三津の(三津シーパラダイスのあるところ)坊さんのお寺は、8月1日を中心とのこと。
オイラのところは、8月12日夕方から13日にかけて、墓掃除と墓参り。そして迎え火として墓の脇でマコモやたいまつを燃やす。これは霊が帰ってくるときの案内目印だそうで。自宅玄関脇でも迎え火を焚く。オイラの地元では追加があって、何でも霊が東京神田に寄って本を買ってくるそうで、仏前にその為のお金を置いておく。
13・14・15日には、菩提寺(浄土宗)の坊さんが自宅仏前にお経(棚経)を唱えにくる。オイラの家には今日14日と決まっているが、何時にくるかわからない。ひたすら待つのみ。まあ待っている間、家族で四方山話が出来るので、まんざら悪いことでもない。
精霊棚として葉の付いた細竹で仏壇を両側から囲むように設置し、上から、山葡萄の蔓、山柿、山栗等を吊るす。また仏壇の手前に簡易棚を付け、マコモゴザを敷きその上に果物や菓子を置き、精霊馬としてきゅうりに割り箸4本を刺して馬、ナスも同じくしてこれは牛。オヤジの七回忌を過ぎた今年から、精霊棚を造るのはやめた。理由は材料集めも大変だし、多分後を継ぐのもいないだろうから、この辺は簡単にしようと思った。
本来仏壇は、真ん中に本尊(浄土宗なら法然像または掛け軸)右側に直近の位牌、左側には繰り出し位牌(先祖合併位牌)を置くらしい。オイラは別に浄土宗という宗教心は持っていないので、オイラなりに並べている。真ん中にオイラのオヤジの位牌、右側にはオヤジの遺影写真、左側には繰り出し位牌。本来は仏壇に写真を飾ってはならないらしいが、オイラにとっては、位牌より遺影の方が尊いと感じるのでそうしている。棚経に来たお坊さんは、なにも言わないし、なにも言わせない。オイラ無宗教という宗派だから。
お盆にしても、法事にしてもオイラはこう考えている。人の記憶(悲しみも含めて)というのは頼りないもので、節目節目にこのような伝統に基づいた行事を通して、また故人を思い出すこと。これに尽きると思う。お経よりもっと大事なのは、故人の思い出を語り合うこと。故人を偲ぶこと。今元気でいられるのは、故人のお陰だと思うこと(なんたって自分を製造してくれた人なのだから)。オイラも死んだあと、たまにでいいから、存在をしたことを思い出してほしい。オヤジも多分そうだっただろう。
この前NHKで「どこからきたのか日本のヒト」という秀番組があったが、あなた一人を逆算すると、500年前の先祖は約100万人以上いるそうなのだと(DNAでの計算)。それを考えると自分の命は、大事なものだなあとも思う。だから粗末にしてはいけないよ。絶対乗り越えられるから大丈夫だよ。
お盆の時、こんなことをボーッと考えるのも、たまにはいいかもしれない。
あ! お坊さんが来た。 失礼しま~す。
追記
今日で、オイラのブログの記事数が100件となりました。どの記事もオイラにとっては可愛い分身のような気がします。皆様、これからも宜しくお願い致します。
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