上海出張の思いで-日中酒呑み戦争
ある知り合いの中小企業が中国に会社(100%会社)を作り、そこで工場を開設して国内向け製品を作っていた。設備機械は当初国内にあったものを移設した。ちょうど2000年の時(開始から1年目ぐらい)オイラ数ヶ月顧問として出張滞在した。上海は初めてだった。
中国への企業進出に関しては、とかく評判は悪いがオイラその触りだけ経験したので、深いところは分からない。「群盲、象を撫でる」ではないが、オイラのその時の印象を披露する。
7月に初めて上海に着き、社宅(一軒家)をあてがわれた。門番がいてそこからが云わば社宅の建物が10軒ぐらいあった。2階建てで、1階に個室2居間1台所1バストイレ1、2階が個室2居間1バストイレ1といったところ。庭は無かったがまあまあの施設だった。
外に出ると、とにかく暑かった。多分40℃はあったのではないか。また湿気が凄い。ジトー、アツーといったところ。会社専用のマイクロバス(ベンツだよ)が向かえに来て、他と一緒に会社に向かう。
とにかく不思議な感じだったのは、滞在中青空というのを見ることができなかった。空はいつもどんよりしていて、スモッグ状態。かといって回りに煙を吐く施設はない。聞くと田舎(ずっと西の方の地域)にある石炭の発電所や工場からの排煙が原因らしい。まるで火星の空のような状態だった。これが年中らしい。だからジョギングやパワーウォーキングはしなかった。もっともそのころチェーンスモーカーだったので、偉そうなことは云えない。
途中庶民相手の露店で、「焼き饅頭」を買う。それを食べながら朝の打合せ(会議)をする。焼き饅頭とは多分小籠包(しょうろんぽう)を焼き餃子のように焼いたものだと思う。これが美味しいし安い。1個5円ぐらいだった。肉汁がたっぷり入っていて食べると口の中でとろける。但し、なれないと噛んだ瞬間肉汁が飛び出し、ズボンを汚すことになる。これがなかなか洗っても落ちない。
敷地内には、工場棟、会社棟、食堂棟、倉庫棟らが入り乱れて配置してあった。トイレについては、もちろん水栓洋式トイレなのだが、なぜか横に屑篭が置いてあり、使用後紙は流さないで、屑篭に入れることになっている。多分下水管の流れが悪いのだろう。慣れるまでは、社宅以外では用を足さなかった。慣れてもオイラは堂々と紙をトイレに流した。
手洗いシンクの前には、使用後手を洗うことと大きく書いてあった。ここには女性も150人近くいたのだが、よく見るとハンカチというものを持っていない。だから皆手を振り振り出てくる。オイラと同じだった。
水道の水は飲めない。歯磨きも水道水を使わないほうがいいと云われた。社宅には昔の米国の映画に出てきた水タンクを置いてあり、調理にもその水を使う。蒸留水に近いのだろう。味も素っ気もない水だった。そこだけ気分は米国映画のようだった。
昔の日本みたいに、すぐ宴会宴会が続く。他社との打合せが終わると料理店に行き親睦飲食会だ。そこから地獄の日中酒飲み戦争が始まる。もちろん酒が飲めない場合はそのことを告げるとパスできるが、一切酒は呑めない。オイラはカンペイというのは日本のカンパイと同じで最初の一回だけだと思っていたが、それは大きな勘違い。
もちろん最初は一同立って、リキュールグラスに入れた焼酎みたいな奴。白酒(バイチュウ)だ。一般にアルコール38度。45度のもある。そしてこれを一気に呑み干し、呑み干した証にグラスの中を皆で見せ合う。ここまでならどってことはない。
飲食が始まる。すると誰かが、立ち上がり誰か(複数もあり)を指名する。指名されたのも立上り何とかかんとかいってまたカンペイ。これを無限に繰り返す。拒否は出来ない。拒否は「アイヤー テメー オレノ酒 呑メナイ アルカ」と。これじゃ大昔の日本と同じだ。
これには秘められた作戦もあるらしく、年寄り用に身代わり部隊もいてそれ専門。軽く一瓶呑み干せるような若いのを用意している。そしてテクニックがうまい。便所に行くと目を真っ赤にしている奴らとすれ違う。ある程度呑んで便所で吐いてまた呑み比べ戦争だ。
オイラ、ケチだからもったいないので吐かないで粛々とこなして行く。さすがに閉会の頃には回ってきて、社宅についてから、洋便器を抱え込んで、ミックスしたものと、ゲイゲイ云いながらオサラバする。次の朝お腹がすいてすいてグルグル言っていた。
郊外の役所のような処にいって、そこのボスと会見をした。名刺をみたら**共産党委員長とあったので、お目にかかれて光栄ですといったら、相手は喜んで、昼11時から場所を変えて宴会開始。身代わり部隊もまた進駐してきて、カンペイカンペイで夕方5時まで。オイラこのときなんの用事で行ったのかいまだに分からない。
こんな宴会が平均3日に1度の割合で続く。それ以外は日本食の店に邦人スタッフと行き夕食。100元(1,500円程)で何でも食べられる。そのあと日本人用スナック(クラブ)だ。そこにまた中国スタッフが来てまた酒呑み戦争。こんなこと続けたら死んでしまう。真剣に考えた。
多分仕事の1/3は親睦宴会の国なのだ。酒が強くなくてはならない国なのだ。このようないわば無駄(?)な経費が最低でも掛かるのが常識な国なのだ。まあ汚職・贈収賄は当たり前な環境に感じた。
あと、どうも日本にいる大腸菌と向こうの大腸菌は違うみたいな気がした。別に生ものを食べた覚えが無いのに、1週間に2回平均で下痢。それも強烈な奴。尻穴がヒリヒリ痛い奴だ。そのたびに薬でしのいだ。そのような日には、絶対会社から出なかった。どんな用事があろうとも。何が原因だったのだろう。LEEさん、その辺のところを宜しくお願い致します。
今も中国進出会社は散々な目になっているのが多いと聞く。
国内的には抜け目無く商売をなさっている経営者が なぜ中韓に
簡単に騙されるのか、それは日本人とはまったく異質の国民だと
いう事を知らずに進出するからです。中小企業の悲劇は あまりマスコミは取り上げてくれませんが、
多くの小さな企業が中国で酷い目にあっていますそれからわずか3年でその社長の日本本社も倒産してしまいました、
その後その社長は急死しました、一説には自殺とも言われています。日本国内で「やり手」と言われている人ほど、中国で無茶苦茶にされて
しまいます。中国から見れば、日本人はうぶな処女のようです。日本人は警戒心が強い割には簡単に騙せます、騙した中国人も簡単に
引っかかる日本人を見て信じられなかったと思います。中国はまさにジャングルです、大蛇やワニが口を開けてまっています。
法律や規定がくるくる変わり、契約がいとも簡単に変更を迫られて、
紙くず同然に破棄される。世界のビジネスは信用を土台に成り立っています、中国のビジネスは
裏切り、詐欺が前提としてなりたっています。
オイラその時、深い処までの仕事はしなくて、ただ表面を舐めただけだったのだが。経営者は今も大変な苦労をしていると思うよ。今はこの会社とは緊密ではないから内情は分からない。ただ中国社員や他社との触れ合いのなかで油断は出来ないなと洞察力が働いた。
外見はほとんど日本人と変わらない。人によっては日本人より日本人らしい外見なのだ。ケン坊・カン坊・トシ坊等々そっくりな外見なのだ。だからうっかり錯覚してしまうのかもしれない。内側はしっかりあの中国人なのだ。
オイラの高校時代のポン友は上海から車で2時間ぐらいの蘇州に会社を持って日本国内に完成品を調達している。去年・一昨年と遊びと見学にお邪魔したが、ここのところ連絡しあっていない。順調ならよいが。まあアイツのことだ。なんとか切り抜けていくだろう。
一粒で二度美味しいオイラのブログ: 今日の画像
もうすぐ北京五輪が始まるね。上海株も暴落してるし、不動産も暴落しているし。
いつまで続くことやら、中国共産党。
シナよ、早く生まれ変わっておくれ。
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コメント
恐ろしや。ますます、中国嫌いになりますね。
投稿: LEE | 2008年7月23日 (水) 10時10分
上海に行ったとき、驚いたのは、一般に標準語(北京語)じゃなく上海語なんですよね。この北京語と上海語っていうのが、方言なんてものではなく、外国語ぐらい違うのです。またお隣りの蘇州は蘇州語(すぐ近くなのに)。
台湾は、国民党が中国から逃げて台湾を乗っ取たのですが、そのときの国民党が北京語だったので、正式には北京語です。もともとの台湾語もいまでも健在らしいです。だから中国としては、どの省より北京語を話す数千万人の台湾がほしいんだという人もいます。
投稿: kiisu | 2008年7月25日 (金) 06時24分