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2008年4月 6日 (日)

郊外型大規模店と中心街商店

米国では、住宅バブル崩壊で、郊外型大店舗を前提とした郊外居住地区開発について黄色信号が点滅してきたと騒がしい。「The End of Suburbia」Suburbia(郊外)の終焉だ。自家用車社会を前提とし、買い物はその地域の郊外型大店舗を前提とする。

中心街居住と郊外居住 2008年3月16日 (日)

北米はこのスタイルで郊外開発がなされてきた。特に2000年以降その開発面積は急速に増え、住宅個数も莫大になったところで、サブプライム問題に端を発してさまざまな問題が一気に溢れ出している。(住宅バブル崩壊)。特に原油の値上げで、車の燃料費が高騰していること。この傾向がこれから先続いていったら、郊外での生活が出来なくなると煽られている。日本に限らず北米でも旧商店街というのは、テナント募集の張り紙がかかっている店舗が多い。大昔の建物なので、駐車場施設がなく、またあっても遠いなどが大きな原因の一つとなっている。

日本のシャッター通りの大型版だ。日本も知識人と云われている人達の間では、日本での「Suburbia問題」について様々な反省意見続出で、キーワードとして「コンパクトシティー」が今時流みたいだが。

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↑「ホーム・ディポ」郊外大規模店では、有名な建材を中心としたセンター。北米中どこにもある。プロ・セミプロ・アマ みなここでカード払いで購入。周囲には食料品専門・雑貨専門等様々な大規模店が点在している。

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↑郊外に開発されたタウンハウス(1台用車庫付連続住宅=長屋)。

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↑郊外に開発されたタウンハウス(2台用車庫付連続住宅=長屋)。

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↑郊外の一戸建て住宅(必ず車庫が組み込まれている)

さてさて、まず車社会=自家用車社会は崩壊するのか?。日本で今暫定税率期限切れだがその分を入れて1リットル=145円前後とする。ということは北米的には1ガロン=3.785L×145円≒550円だ。米国では原則無税なので1ガロン=1.5ドル前後から値上がり現在3.5ドル前後だそうだ。米国民皆ヒイヒイ云っているが、350円前後だ。有料道路代はない(これは大きいよ)。こらから先どうなるか分からないが、欧州は付随税金が高く日本よりもっと高い。米国民は郊外生活が燃料高騰で崩壊するというのは大袈裟だ。勿論通勤距離(遠距離で約100kmとか)が問題かもしれないが、厳しくなれば、ある区間だけ大型バス利用になるかもしれない。住めなくなって郊外(Suburbia)がゴーストタウン化するというのは、ちょと大袈裟であろう。

歩いて生活が出来る東京などの大都会が繁栄して、車がなくては生活が出来ない地方が衰退するのは必然なのだ。

郊外型大規模店は、地元の利益を吸い上げ、それを中央(東京)に持って行ってしまう。地元から、商品を仕入れるわけでもない。

上記ブログページを読んで、オイラにはどうも説得力がないように思えて仕方がない。オイラへそ曲がりの天邪鬼なので、反論を考えてみた。

道路特定財源の暫定税率が廃止になって、ガソリンスタンドでは安くなったガソリンを求めて車の列ができている。4月から値上げラッシュの中でガソリンの値下げは消費者たちからは歓迎されるだろう。地方では車無しでの生活が成り立たなくなっている。地方の一人のガソリンの消費量は都会の6倍もあるからだ

この言は、一種のトリックで、電車・バス・タクシーの損失分まで含めた燃料消費量は一切考えていない。オイラ郊外住まいなので、自分用・愚妻(愚かなる夫の妻)用・軽トラの3台体制だ。車検代が大変だよ。

しかし道路は整備されても工場はやってこなかった。人件費の安い中国や東南アジアに工場は引っ越してしまったからだ。そしてモータリゼーションは進んで郊外型住宅が建てられた。アメリカをモデルとした車を中心とした郊外の開発が進んで果てしなく住宅が点在する住宅政策が進められて、国道沿いには巨大ショッピングセンターが作られた。

この事によって地方は発展したのだろうか? 地方都市の中心街は寂れてシャッターが閉まりっぱなしの商店が立ち並び、それまであった百貨店やスーパーも閉店して地方都市も寂れてしまった。「ファスト風土化する日本」に書かれているように日本全国が画一的に広がった都市づくりが行なわれて、車なしでは成り立たない地方の生活が成立した。

これは事実だ。ただ昔から商店への導線は変化するのは当然だ。問題はそのスピードなんだろう。また駅の周囲などの歴史的確実性が崩壊しつつあることも事実だ。それぞれが自家用車を持つ前の大昔は、日常のものは、ごく近くの小さなお店で品揃えも少ないそこにあるものだけを買うしかなく、たまにバス・電車を乗り継いで買い物に出かけだった。便利になるには、商店街の近くのアパートに住むことだった。それが自家用車社会になり、郊外に土地を取得し、カーポートとあぜ道のような狭い庭のある一戸建ての主になることができるようになったのだ。そしてそこから郊外に出来た広い駐車場のある大規模店に通うという便利さを味わってしまったのだ。まさに天国だ。パンドラの箱を開けてしまったのだ。需要者のこれまでの願望が実現したのだ。

しかしそれは正しい国土計画といえるだろうか? 日本全国中に国道沿いにはけばけばしい看板が立ち並び、広い駐車場を備えたスーパーが立ち並ぶ光景が見られるようになった。地方都市のコミュニティーも農村のコミュニティーも崩壊してしまって、犯罪が起きても迷宮入りする事件が増えてしまった。道路整備が進んで犯罪までもが地方に入り込むようになってしまったのだ。

もちろん社会の詳細は変わっていく。旧コミュニティーに関しては、崩壊という言葉がよく使われるが実は変化・移行なのだ。大昔のコミュニティーというのは、決してそんなにいいものじゃなかった。非常に強制力・締め付けの強いもので、それがいやでその田舎を捨て都会での束縛されない生活を選んだ人もおびただしくいたのが現実だ。いまは皆が暮らしよくするために昔の常識は排除する傾向がある。昔の隣保制(隣組制度)の名残りからの脱却だ。それを現場をあまり良く知らない自称評論家は崩壊という言葉を使うことが多い。オイラ、隣とは回覧板の回し合い程度に交際を留めている。


日本全国どこへ行っても同じファーストフードの店が立ち並んで、ここは日本かアメリカか分からないような町並みが国道沿いに現れている。大店法の規制緩和政策がそうさせたのでしょうが、これが正しい街づくりといえるのでしょうか? そのおかげで地方文化は破壊されて歴史的な町並みは消えて行きつつある。

「地方文化」というのも実は抽象的で、もしあるとすれば、新参者にはかなりきつい強制力が待っていることだろう。また欧米では当たり前なのだが、歴史的町並みを守るには非情ともいえる法律で規制して守る以外にはない。

若い人たちが集まる代表的な町といえば、渋谷や原宿などの繁華街であり歩いて生活が出来る町だ。まさか渋谷や原宿に車で行こうなどという若者はいないだろう。だいいち中学生や高校生は車の免許も持てないし、だから関東近県から鉄道に乗ってやって来る。しかし地方都市には渋谷や原宿のような歩いてショッピングが出来る繁華街がなくなってしまった。

郊外の超大規模ショッピングモールの目指すものは、渋谷・原宿で歩きながら買い物ができることを再現しているのだ。地方都市の旧繁華街では、地価も高く自分の土地を提供して理想的な再開発をする計画を作っても、個々の欲でみずから潰してしまった。なにもない郊外の広地には変な利権もなく、それなりに理想的な大規模店が出来るのだ。そしてそこをめがけて、広い周囲からお客が集まる。

今盛んに閉ざされたシャッター街からの脱却として、「コンパクトシティー」のキーワードをつかった戦略構想がマスコミをにぎわしているが、どうもオイラにはピンとこない。

コンパクトシティーの再開発の問題は、市街地の地権者の無知・無自覚・無能」こそが商店街の活性化を阻む最大の要因である。

まず「歩いて生活できる」の歩いてとはどのくらいの距離を云うのであろうか。毎日のことである。周囲距離0.5kmなのか1kmなのか。オイラの感覚では1キロメートル(徒歩15分)を毎日歩いて通うことは結構きつい。2キロメートル(徒歩30分)では不可能でしょう(もちろん、「おしん」の時代ならともかく)。

オイラの愚妻(愚かなる夫の妻)は、徒歩4分ぐらいのスーパーに車で通う。そのことを厳しく問いたら、猫の便所砂と餌・L単位のペットボトル・オイラ用発泡酒とL単位の焼酎プラス日々の食料品。こんなのもって歩いて帰れるわけないでしょ。で一喝された。そんなんだね。買い物とは買う行為だけでなく、買ったものを家まで運ぶ行為まで含んでいるんだ。

で、そのコンパクトシティーのコンセプトで成功するには、旧繁華街を中心として半径1km以内に、超高層の共同住宅(マンション)をいくつもつくることでしか、繁華街を営業的に確実に守るすべがない。おや?かなりある種の別の戦略が裏からチラチラ見えるのはオイラだけであろうか。イデオロギー的な匂いもしてきた。

米国の郊外住居生活=自家用車生活もゴーストタウンになることなく、これまでの延長線上でいくであろう。日本のそれも同じだと思う。パンドラの箱は開いてしまった。自家用車社会の便利さ・有益さ・ありがたやありがたやなのである。

原油が超値上がれば、次世代エネルギーで自家用車は走っていることだろう。

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